#10 後夜祭
洗い物がひと段落した私は、武人が駆け出していった方向へと早歩きを始める。
廊下でいろいろな人々とすれ違うが、その人間一人ひとりから、映像のブレのようなモノを目にしていた。
自分が知恵の神と認識してからも、こういう現象多いなぁー…
「わっ!!?」
すると、反対側から歩いてきた男性と正面からぶつかってしまう。
「あたた…」
男性の胸の中にスッポリ入ってしまっていた私は、すぐに顔を上げる。
自分の視界に入ってきた男性は、外見は20代後半くらいの人だろう。肩まであると思われる髪を一つに結んでいて、灰色の瞳をしていた。
「す…すみません…」
これが元々の表情なのかはわからないが、機嫌が悪そうな表情をしていたので、すぐに謝る。
しかし、男性は何も言葉を発する事なく、両手で私の肩を掴む。虚ろな表情をしながら、私を見下ろす男性だったが、閉じていた口が半開きになり、何かを口にするかと思いきや―---------すぐにそっぽを向けてその場から去っていったのである。
何だったんだろう…?
首を傾げながら、向かっていた方向へと再び歩き出した。
「あ…武人!」
「海見…!!」
その後、校舎内を歩き回ってやっと武人を発見する事ができた。
「あれ!?フェンリルも??」
近くに、縄に繋がれていないフェンリルがいたので、私は驚きを隠せない。
『嗅覚や聴覚なんかは、オイラの方が武人より勝ってるからな!協力を頼まれて探し出したら、一発で見つけたぞ!』
「それが、こそどろの正体…なんだね」
フェンリルの言葉を聞いた私が武人の方を向くと、彼の右手に宙吊りにされている鼠がいた。
「…ええ。どうやらこの栗鼠、アスガルドの者らしいですが…わたしらでは正体がさっぱりなんですよね」
『で、とっ捕まえたから海見に見せるために探そうとしていた矢先ってわけだ!』
武人がため息をつく一方で、フェンリルは得意げに話していた。
尻尾を武人に掴まれている栗鼠は、キーキー鳴きながら、何か言いたげに見える。それを見た武人の眉間にしわが一つ増え、フェンリルが鼻で笑う。
「…この栗鼠、何か言ったの?」
二人の反応を見た私は、何を言っているかわからなくても、そんな気がしたのだ。
『…こいつ、”海に落とされたブサイク蛇なんざ、自分の足元にもおよばねーよ”…だってさ!』
鼠の言葉を解釈するフェンリルだったが、それを聞いて、武人がいらだち始めている理由がわかった。
「その栗鼠…もしかしたら、ユグドラシルの幹に棲むラタトクスじゃない?」
「ラタトクス…?」
私の言葉に反応した武人が、こちらに視線を向ける。
「望硫曰く、このミッドヴェルガの入り口は世界樹ユグドラシルの枝にあるらしいわ。だから、たまたま迷い込んでしまったんじゃないかな?」
『成程ー…流石、海見!』
私の回答に、フェンリルが感心する。
「…何にせよ、泥棒は感心しかねます。何かしら、罰を与えるべきなんじゃないですかね?」
そう告げる武人は、どこか不機嫌そうだった。
「うーん…」
この鼠の処遇をどうしようかと、私は腕を組んで考える。
泥棒といっても、大惨事にはなっていないしなぁー…
考え事をしている私を、武人達が見つめていた。
「ん…?」
すると、ラタトクスが何か言おうと鳴き始める。
それを聴いた武人は、不機嫌というよりは、殺気みたいなのが出始める。
「また何か言ったの?…どうやら、二人みたいに人型でないモノでないとラタトクスの声が聴こえないみたいだから、教えてくれない??」
『あー…』
私の台詞を聞いたフェンリルが、口を濁す。
「…兄さんが言ってください。そうすれば、海見もこいつに罰を与えるのを了承してくれそうですし」
『お前っ…!!』
武人に言われたフェンリルは、目を細めたが―――――――――意を決したのか、私を見上げて口を開く。
『えっとー…。“アスガルドに、こんなブサイクな女神がいたんだな”…だと…』
ラタトクスが言った言葉をフェンリルから聞いた途端、私は数回瞬きをする。
その場で固まり、少し間を置いてから口を開いた。
「…うん。じゃあ、尻尾掴んだまま振り回しの刑にした後、野良猫の餌にしちゃおうか!」
この時、自分がどんな表情をしていたかはわからないが、武人やフェンリルがその怖さに固まっていたのは、鮮明に覚えていたのである。
結局、ラタトクスは学校の屋上にあるフェンスに、尻尾をくくりつけるだけに留めた。武人がきつく結びつけたからすぐには無理だが、ほどければ自由になれるから、猫の餌になるよりはマシだろう。
“鼠が物を盗んでいた”と本当の事を言うのは信ぴょう性がないので、武人は突然走り出した理由を、何とか別の事にすり替えて誤魔化した。そうして文化祭2日目が終わり、後夜祭の時間となる。
「フレイヤは、何だかんだ言っても、お兄さんと仲良いんだね」
「みたいね」
そう話す私と望琉は、後夜祭の会場である学校の体育館に訪れていた。
後夜祭では、軽音部やビックバンド部による演奏をBGMにダンスパーティーみたいなイベントが催される事となっている。これは男女ペアになっての参加が原則で、私たち2人は、男性陣を待っている最中であった。
また、そんな私たちの目に映ったのは、フレイヤと彼女の兄で同じヴァン神族であるフレイが一緒に手を繋いでいる姿。
「ところで、望琉。貴女は、誰と踊るの?」
「誰って…クラスの男子だけど?」
「それって、誘われたって事なんでしょ?いいなぁ…!」
「…人間の男にモテたって、何も意味ないけどね」
私は彼女のパートナーの話をしたが、当の本人は冷めていた。
まぁ、私も普通の女の子ではないから、愛だの恋だのはよくわからないけどね…
そう思うと、一人浮かれていたのが、バカみたいに思えてくる。
本来、後夜祭のダンスパーティー。通称・ダンパに行く男女は恋人同士の場合が多いみたいが、如何に知識の神といえど、愛や恋といった人間特有の感情については、無知な私であった。ただ、知識としては、このダンパに声をかけられる人数が多いほど、異性にモテるという事を理屈的に知っているくらいか。
「…来たみたいね。じゃあ、とりあえず行ってくるわ」
「うん!」
相手の男子生徒を見つけた望琉は、私に一言告げてからそちらへ歩いて行ったのである。
「…望琉はどうやら、一部の男子生徒にモテているそうですよ」
「わっ!?って、武人!驚かせないでよ…!」
「あはは…すみません、海見」
望琉がいなくなった後、武人に背後から声をかけられて驚く。
「まぁ、あの凛とした雰囲気である一方、スポーツ万能ってのが、草食男子に好まれるのでしょうね、きっと…」
「ふふ…。羨ましいですか?」
「え…?別に…」
何故か楽しそうに話す武人に、私は首を傾げる。
「まぁ、いいでしょう。…それでは、海見。手を」
「あ…うん!」
彼の言葉に従った私は、右手をそっと前に出した。
それを皮切りに、私と武人は踊り始める。ダンパの話が出た際、誰よりも早く声をかけてきたのが彼だった。
…きっと、監視や護衛の任務を果たすためよね…うん。でなきゃ、一番乗りに私なんか誘わないだろうし…
私は武人の手ほどきで踊りながら、そんな事を考えていた。
「それにしても…オーディンによって追放されたこの世界も、捨てたモノではないなと最近思えるようになりました」
「武人…?」
「いえ…。最初は右も左もわからず困惑しましたが…今にして思えば、わたしは世界を覆い尽くしてしまえるほどの巨大な大蛇。アスガルドに存在できたとしても、“異端者”として不当な扱いを受けていたでしょう」
「ここだと、人型を取れるし、あまり不平不満は言われないから…と?」
「そんなかんじですかね。もう一つ、ミッドヴェルガの人間は生きているようで生きていない人間たちゆえ、わたしを知る者はいませんからね。堂々と日常生活を送れるというものですよ」
「成程…」
彼の台詞も一理あるなと、その時は思っていた。
私も、ヨトゥンヘイムならともかく、アスガルドにいれば、“霜の巨人”として好奇な目で見られるだろうし…
そう思うと、武人と私の境遇は本当に似ているんだなと、改めて実感したのである。
気がつくと、BGMで流れている曲も、軽音部からビックバンドによるジャズっぽい曲に変わっていた。
「話が変わりますが…これだけ神々が集っていると、わたしらも目立たなくてすみそうだから、ある意味出てよかったのかもしれませんね」
「うん。本当だね…」
私たちはそんな会話を交わしながら、周囲を時々見る。
先程、仲良く手を繋いでいたフレイ・フレイヤ兄妹。バルドルやウッルは女子生徒と。イズンや望琉は男子生徒と踊っているのが見える。
「あ…トールやロキもいるね…!」
「父上…!」
私は頭上にトールやロキの姿が見えた事を武人に告げると、彼は瞳を輝かせていた。
やはり、敬愛する父親の名前が出てきたせいか。ちなみに、この体育館には、全体を見渡せる2階部分がある。そこでは、ダンパに参加している男女はもちろん、参加できない一人の生徒も立ち入り可能なので、そこで屯っている生徒も結構多い。
今後は、彼とはあまり関わりたくないな…
パートナーがいないのか、一人床に座り込んでいるトール神が見えた時、ふとそんな事を思った。多分、初日に絡まれた時の出来事が原因だろう。一方で、ロキは何故かホズと一緒にいたのが一瞬だけ見えた。しかし、最初見かけた後から数分が経過した時に上を見ると、ホズの姿だけがなくなっていた。
「海見…?」
「あ…ごめん、武人!何…?」
上ばかりを気にしていた私は、武人に声をかけられて我に返る。
「…曲が終わりましたよ?」
「本当だ…」
考え事をしていたせいで、BGMが終わるというダンスタイム終了の合図をすっかり聞き逃していた。
「じゃあ…帰ろうか?」
「…ですね。たまには、わたしが家まで送りますよ、海見」
私が声をかけると、武人は満面の笑みで応えてくれた。
一方、上からダンスをしている私たちを見下ろしていたロキが、独り呟く。
「さて…。準備も整った事だし、後は思惑通り事が進むのを祈るだけだね…」
ほかの人に聴こえないくらいの声で呟いた邪神は、すぐさま体育館を後にするのであった。
如何でしたか。
とりあえず、今回でこの章は終わりです。
次回からまた別のエピソードとなります!!
今回で初めて、神ではない神話に出てくる動物を載せる事ができました★
世界樹ユグドラシルの幹に棲むという栗鼠・ラタトクスは、鷹とニーズホッグを仲違いさせようと走り回るというちょっと性格悪い動物。
そんな事が資料にあったんで、今回は”小物泥棒”をやっていただきました次第です。笑
それにしても、この名前。キーボードで打つ際、一度は”ラタトクス”を”ラタトスク”と入力してしまう自分がいるヽ(´Д`;)ノ
ただでさえ誤字が多いのに、これ以上間違えるのは(○゜д゜)ャバィカモ・・・
で、各回でチラホラ出てきていた盲目の神ホズ。彼はある意味、前半戦のキーパーソンといった所でしょうか。神話をご存知の方は、この後何が起こるのか、ある程度予想できるかと思います!
それでは、次回もお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します!




