#9 対面と遭遇
「ロキー!連れてきたぜー!!」
私を担いだトールは、屋上の扉を閉めた直後に声を張り上げる。
「きゃっ!?」
身体が宙を舞ったかと思うと、お尻に衝撃を感じる。
「ちょっと!!放り投げないでよっ!!」
「あーもう、ピーピー五月蠅い女だなぁ…!」
不平を唱えた私に対し、苛立った声で彼は答えた。
人を邪見に扱っておいて、怒られるなんて、理不尽すぎる…
ゆっくりと立ち上がろうとする私の視界に、差し伸べてくれる手が現れる。
「…大丈夫かい?ミーミル」
「貴方が、ロキ…」
差し伸べられた手を取って立ち上がると、そこには茶髪で赤い瞳を持つ青年が立っていた。
物腰柔らかそうな笑みを浮かべている。
「おい、ロキ!約束のもの、さっさと寄越しやがれ!!」
そんな私たちの間に、トールが割って入ってくる。
「約束のもの…何だったっけ?」
「てめぇ…忘れたとは言わせねぇぞ?」
「…冗談さ。はい、これ」
トールの苛立った態度をものともせず、むしろ完全にスルーしているロキだった。
彼は制服の胸ポケットに入れていた紙切れのようなものを雷神に手渡す。
「食券…?」
手渡す際にほんの一瞬だけ見えた紙の文字に、私は数回瞬きをする。
「おっしゃ、サンキュー♪じゃあ、またなっ!!」
“約束のもの”を受け取ったトールは、満足げな笑みを浮かべながら走り去っていった。
「いくら、今は人目につかないとはいえ…屋上から飛び降りるなんて…」
私は、トール神の破天荒ぶりに、半分あきれていた。
「君をここへ連れてきてもらう見返りとして、彼が行きつけのラーメン屋5000円分の食券をあげるっていう事で取引してたんだ」
「そう…だったんだ」
私が何を渡したか疑問に思っていたのを察したのか、ロキは手渡した食券の事を教えてくれた。
また、オーディンに匹敵する神力の持ち主が食い意地張っているのを見ると、ますます単細胞なんだなという考えが頭をよぎったのである。
「さて…本題に移ろう。トールに君をここへ連れてこさせたのには、話をするためだったが…」
そう言葉を口にしながら、彼は私の顔をまじまじと見た。
「…何か?」
「ん?いや、話には聞いていたが、綺麗な顔立ちをしているなと思って…」
「…貴方にそれ言われると、かなり嫌味なかんじがするんだけど…」
私の容姿を褒めるロキに、皮肉じみた言葉を返す。
「で…だ。ミーミル。君は先日、バルドルとひと悶着があったようだけど…?」
「…何故、貴方までそれを知っているの…?」
「僕の場合は、ミドガルズオルム…いや、ここでは“武人”と呼ぶべきか。彼からその話を聞いただけだけど…?」
「あ…そっか」
そう言われて、すぐに納得した。
あの時はバルドルとの攻防で必死だったが、元は彼に用があって武人と一緒に行動していたのだ。そして、武人はロキの息子。ちょっとした異変は当然、父親に話しているに違いない。
「彼の話だと、君は手から剣を出せるみたいだね。それを、見せてほしいなと思ってさ!」
「えっ…?」
今の台詞を聞いた途端、心臓が抉られたような感覚がした。
私は相手の真意を少しでも探ろうと、ロキの赤い瞳をジッと見つめる。端正な顔立ちが浮かべる笑顔は一見優しそうだが、本音を悟られないようにしているポーカーフェイスのように感じる。
…一筋縄ではいかない神なのかもね…
何を考えているか探ろうにも、彼から感じるオーラにしても、知恵の神たる自分にすら探るのは厳しいなと、詮索するのを諦めた。
「本当なら、“貴方に見せてあげる義理はない”って言いたい所だけど…」
ボソボソと呟きながら、自分の左手を大きく開く。
「流石、知恵の神。察しが良くて助かるよ♪」
私は剣を取り出している間、ロキは満足そうな口調で呟いていた。
というのも、私は彼に“借り”があるような状態なのだ。普段から仲良くしてくれている武人や犬のフェンリル。彼らは私と親しくしてくれているのと同時に、監視兼護衛役でもあるのだ。二人から直接そういった話はしたことないが、“ロキに指示されたから”という事情だけは、自分がミーミルと認識した時に教えてもらっていた。監視という役目はあまり居心地は良くないが、護衛の方は違う。思えば、自分は膨大な知識を持っているだけで、それを除けば、このミッドヴェルガに存在する人間とほとんど変わらないのだ。ウッルやトール神のように、武術に長けている訳でもない。力が制限されているとはいえ、強い神力を持つ者達から襲撃を受ければ、魂が粉々に砕けるだろう。
私の掌から現れた剣。木刀のような形をした“それ”をロキに手渡す。
「この感触…ヤドリギの若木…のようだね」
両手で剣に触れながら、ロキは呟く。
私の剣なんか見て、彼はどういうつもりなのだろう…?
私はその場の成り行きを見守りながら、黙っていた。
この時は気が付かなかったが、ロキの視線が一瞬だけ、階段のあるドアの方に向いていたのである。
「これが唯一、バルドルを傷つける事ができた、ヤドリギの剣…」
「唯一…?」
ロキははっきりとした口調で言い放ったが、全部を聞き取れなかった私は、その単語しか耳に入ってこなかった。
「ん…ありがとう。もういいよ」
首を傾げている私に対し、ロキは剣を手渡した。
「…用はこれだけ?」
受け取った剣を元の位置に戻した私は、彼を見上げる。
「んー…そうだね。本題はこれで終いだけど、せっかくこうして会えたんだから、少しくらい雑談していかない?」
「えっと…」
そう問いかけられ、私は少し悩む。
本当なら、そろそろ教室に戻った方が良い頃合いだが、ロキには、訊きたい事がたくさんある。
特に、どうして私の監視と護衛を武人やフェンリルに命じたのか…そこが、とても気になるしな…
私は、腕を組みながら考える。また、穏やかな雰囲気に見えるが、先ほどから感じる不安感が一向に消えないのだ。ただし、2人の事を訊きたいとはいえ、多少のためらいがある。“知らぬが仏”という人間が考えた言葉にあるように、真実を知らない方が幸せだという考え方もある。
「雑談…してみたいけど、またの機会…でもいいかな?」
「…そっか。僕は全然、構わないよ」
ロキは、私の返答に少し驚いていたようだが、すぐにいつもの表情に戻った。
「じゃあ、私は教室に戻るね」
そう彼に告げた私は、階段の方に向けて歩き出す。
「アスガルドに無事戻れた暁には、君に素敵な景色を見せてあげるよ」
「えっ…?」
後ろからその言葉が聞こえた途端、私は彼の方を振り返る。
しかし、そこにはもう彼の姿はなかった。
何だったんだろう…?
私は、彼が述べた意味深な台詞の意味を考えながら、階段を下りていく。
『ノルンやゲヴュンといい…本当、このミッドヴェルガにたくさんの奴らが入り込んでいるんだな!』
その日の夜、私と望硫。そして武人の3人は、フェンリルのいる学園の警備室を訪れていた。
「ゲヴュンは確か、他の女子生徒と一緒にうちのクラスに来ていたわ」
「ノルンのお三方は、わたしが休憩時間に入った頃に見かけましたね」
フェンリルのいる側で、望硫や武人が語る。
どうやら彼らは、今日の文化祭初日にて、まだ会った事のない神々を見かけていたようだ。
『海見は、どうだったんだ?』
「え…?」
不意に、私を見上げたフェンリルが問いかけてくる。
その時、今日の出来事を彼らに話すべきか一瞬迷った。
「…ううん、特に変わった事はなかったよ」
私は彼らに悟られないよう、いつもの雰囲気で答えた。
どの道、フェンリルや武人には後で知られるかもしれないけど…一応、内緒にしておこうかな…
話すべきか迷った私は、そういった結論を出していたのである。
『そういえば、“あの気配”は何だったんだろうなぁー…』
「フェンリル…?」
会話を続けていく内に、フェンリルが違う話題を出してきた。
不思議に思った私は、その場で首を傾げる。
『いや…今日は外部の人間も多く行き交っていたよな?この警備室があるフロアにも、人の行き来が激しかったんだが…そこで何処かで感じた事あるような“気”を感じてさ!』
「気…ですか。アスガルドの神々ではないのですか?」
武人の問いかけに、フェンリルは目を細める。
『神…ではなかったんだよな!オイラみたいな、人型ではない何か…』
「でも、校舎内は当然、ペットの連れてくるのは禁止だから…人以外の動物の気配は感じないはずだけど…」
『うーん…おいらの気のせいかなぁー…??』
望琉の台詞を聞いたフェンリルは、余計にこんがらがってしまったようだ。
ちなみに、彼女はフェンリルの言葉を聞き取る事はできないため、この会話では武人や私がフェンリルの台詞を随時伝えているという次第だ。
「まぁ、どちらにせよ…今、我々がすべき事は海見をどうすればアスガルドへ連れ帰る術を探す事のみ…ですね」
『…だな。おいらとしても、なるべくこの世界でひと悶着とか起きてほしくないし、起こしたくもねぇしな!』
「うん…そうだね!」
武人やフェンリル。そして私の一言により、この日の夜における対談は終わったのであった。
そして、翌日の文化祭2日目―――――――――
「あれ?角砂糖ないですよー??」
「えっ…?」
お客さんに出す紅茶を取りに来た売り子の生徒の声で、私たち裏方はざわつく。
「コップに入れた際に、ちゃんとスプーンと一緒に置きましたよー?」
手を動かしながら、武人がそれに答える。
「…んもう!もうちょっと、手際よくやってよね…!!」
その生徒は少し文句を言いながら、代わりの角砂糖をティーカップに添えて、教室へと戻っていった。
「…しっかし、昨日といい、うちのクラスでもない物が出てくるとは…」
「えっ…それって、どういう事??」
裏方の男子生徒の台詞に、私は食らいつく。
「…ああ。昨日、俺が休憩時間の時に、友達がいるクラスを覗いたんだけど、そこで小物とか、小さな物がいくつか紛失してたんだってよ」
「盗み…?」
「…まぁ、備品とかちょっとした物だから、クラス的には困らなかったって話だが…」
「ふーん…」
それを聞いた私は、首をかしげながら、皿洗いを進める。
フェンリルが昨日感じたっていう気配って、もしかして…
作業をしながら、考え事をしていた。すると――――――
「痛っ…!?」
何かに驚いたのか、女子生徒の一人が、その場で顔をしかめていた。
「どうしたの!?」
「何か…固くて小さな何かが、つま先にぶつかったみたい…」
痛そうな表情をしながら、女子生徒が述べた。
「かすったって事は、小動物…?」
私はその場で一人、ボソボソと呟いていた。
「あ…!」
不意に視線が教室の扉にいった際、ドアの隙間から小動物の尻尾らしき物が見えた。
「武人!!」
「はいっ…!!」
私がその名を呼ぶと、彼はすぐにそれに応じた。
その場にエプロンを脱ぎ捨てた彼は、教室の扉を開けて、外へと走り出す。
「九頭竜の奴、一体どうしたってんだ…?」
「ねぇ、黒智さん。何かあったの…?」
武人が走り去った後、不思議に思った裏方の生徒達が、私に問いかけてくる。
「うーん…Gでも見つけたのかな??とりあえず、今ある洗い物終わったら、彼の様子を見に行ってみるね!」
「そうだね…!お願いね、黒智さん!」
そう彼らに約束した後、私は自分の仕事に取り掛かった。
さっき見え隠れしていた尻尾。もしあれが、フェンリルの感じていた“人型ではない者の気”だとしたら、それの正体はおそらく…
私は、今さっき現れた何かの正体の事を考えながらその場の作業を終わらせ、捕まえに行った武人の後を追い始めるのであった。
如何でしたか。
今回は上中下だと真ん中である”中”辺りのお話でしたが、文化祭初日の夜に海見らがしていた会話について…
ノルンやゲヴュンとかは、北欧神話に出てくる女神の一人。今後登場予定の神々なので、ここで詳しい事は書きません。
また、後半で出てきた泥棒な動物も、一応神話に出てくる生き物です(神ではありませんが)。その生き物については次回にて判明します。
次回を読むと、某ゲーム作品のタイトルに出てきた名前の由来がこれなんじゃないか?と、知っている方は気がつくかもしれません。
そんなこんなで、次回もお楽しみに♪
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します!




