第27話 星空の待ち人
世の中はいろいろな事が起こる。たとえそれが信じられない出来事でも、人がそれに理由をつけられなくても、さまざまな出来事が起きる。
今日僕が体験した事はまぎれも無く実際に起こった事であり、そして、たぶん、もう二度と体験しない事だと思う。
もう夕暮れが空を覆い尽くして来た頃。気の早い流れ星が降り始める程暗くなってきて、僕はこの日最後の配達を終えて、さて帰ろうかと飛行機に乗り込もうとした時にそのおじいさんに声をかけられた。
島を渡りたいと思っていたところに離陸しようとする僕の飛行機をみかけて、僕の島まで乗せてくれないかと、そのおじいさんは静かに言った。僕としては断る理由もなかったし、別に帰路に人が一人増えたところで時間的にも燃料的にも仕事的にも何の問題もない。乗せてやる理由もなかったけれども、もし断っていたらなんとなく今夜の寝つきが悪くなりそうな気持ちになりそうで、僕はおじいさんと共に空へのぼった。
東の空が夜になろうと濃い群青色に染まり、西の空はとっくに沈んでしまった太陽に赤く焦がされている、そんな時間帯の空はこの世のすべての色彩が空に滲んでいるみたいに思える。目で見て空が色を変えていくのが解る。深い丸みのある立体感を感じるようにものすごく遠くから蓋を閉められた気分だ。
「もう少し高く飛んでもらえないだろうか」
おじいさんは静かに僕に言った。流れ星が見たいのか、僕がゆっくりと高度を上げて行くと、彼は少し恥ずかしそうに小さな声で続けた。
「人を待たせているんだ。もう、ずいぶん長い事待たせている」
奇妙な事を言うなあ、と、僕はこの老人を乗せた事をほんの少し後悔した。こんな時間にこんな高度で誰が待っていると言うのか。
眼下の島は町の明かりが夜空の星の明かりみたいに見え始めた。海の色と陸地の色がくっきりと二色の群青色を見せ、そこに夜空の深い紫色が重なり、僕達の周囲をぐるりと囲む。どこを見ても、夜色の中に小さな光の粒をちりばめている。
僕は気になって聞いてみた。誰を、どこで待たせているのか。
老人は静かに「空に散った戦友だ」と言った。
ずいぶん昔に大きな戦争があった。すごいたくさんの人が死んだ。話によると、世界中の誰もが家族や友人を一人は亡くしてしまったそんな悲劇的な世界戦争があった。「大戦争」と呼ばれる、悲しすぎた戦争の事だ。僕も当然のように歴史の授業で学んだ。
おじいさんは飛行部隊所属だったらしい。
その日、ここらあたりの空域で他の部隊と合流し大陸本土へと偵察へ出る予定だったらしい。しかし、離陸を待っている間に無線が入り、合流するはずだった飛行部隊は奇襲を受けて一機残らず墜落してしまった。空で出会う約束だったおじいさんの親友も、空に消えてしまった。
それ以来おじいさんの時間は止まってしまっているらしい。毎日のように空を見上げて、親友の機体を探す。ちょうど降星祭の頃だったらしく、戦争ではあるけれども流れ星がまぶしく見れるので空を飛ぶのが楽しかったらしい。
降星祭になると、いつも流れ星にまぎれて親友の機体の光が見えると言う。今日、おじいさんは僕を見つけて、約束を果たす時がついにやってきたと空に飛んだ。戦争を一日でも早く止めるために、空で戦う事を誓い合った仲間達のいた空へ。
と、言われても。僕に何ができるだろう?
少し高度をとってゆっくりと遠回りして飛んだ。少しでも長くおじいさんが空を見つめられるように。親友の飛行機を探せるように。それくらいしか手伝えない。戦争がすでに終わっている現在、戦争を止めるために戦争していた仲間達が今もまだ飛んでいる訳がない。でも、約束を果たせなかったおじいさんにはもはや時間なんて何の意味もないものなのだろうか。
不意に、おじいさんがキャノピーの真上を見つめて動かなくなった。何かあるのか? 僕には何も見えなかった。しかし、おじいさんには何かが見えていたのか、何かを目で追っているようにまばたきすらしない。
「戦争を止めると言う約束、わしの代わりにおまえさんが果たしてくれんか?」
今日僕が体験した事はまぎれも無く実際に起こった事である。僕は操縦桿を握りしめ、おじいさんの話を聞いた時からずっと疑問に思っていた事を、やっと口に出す事ができた。
ねえ、おじいさん。戦争は200年前に終わっているんですよね?
振り向くと、おじいさんがいたはずの貨物室には誰の姿もなく、そして僕の頭上を流れ星が編隊を組んで夜空に染み込むように消えて行った。
フウさんにだけ、この事を話してみた。母さんやチェリコ先輩、遊びに来ているコーターさんシンシオさんには話していない。バカにされるだけだろうし。
「じゃあ、プラウタくんは頑張って戦争を止めなきゃね。約束だもん」
明るく笑うフウさん。
今夜はとても静かな夜だった。




