第17話 蒸気飛行愛好会
蒸気飛行愛好会。
もはやエンジンとして一世代古い機体となる蒸気飛行機。空に白い蒸気で線を描くように飛ぶあの美しい飛行機は、やはり時代の波に飲み込まれて今や液体燃料エンジンにとって変わられた。
愛好会に参加している人達も、正直言っちゃって一世代古い人達。僕を含めても平均年齢60オーバー。言ってしまえば飛行時代の歴史の証人達か。ちょっと大げさか。ま、引退した飛行士達が趣味で蒸気飛行機を飛ばしているそんな閑人連中だ。僕は閑人じゃないけれど。
老人達の憩いの集まりは月に一度開催されてるけれど、僕は仕事やら遊びやらでなかなか参加できない。と言っても昔話に話を咲かせる飲み会なんだが。
今日は貝柱のお土産があったので久しぶりに飲み会参加。僕以外のメンバーじいさん達7人全員揃っていた。やや強引に大量の貝柱を分配。オニグリ貝柱は塊を薄くスライスして軽く火であぶるとかなりお酒がすすむ事が判明。
飲んで行くうちに、じいさん達のいつもの昔話が始まるのだが、ふと思い出してマナクモに出会った事を話してみた。
古い飛行士達でも、その存在を見た事のある人はほとんどいない。いたとしても、それを証明する事ができない。僕自身も、僕が見たあの雲の少女がはてして現実だったのか夢だったのか、今となっては証明する事などできやしない。
と、思ったら、ゲンナーじいさんがマナクモの写真を撮った事があるなどと言い出してきた。そういうのがあったらもっと早く見せてくれよ、じいさん。
で、見せてもらうと、ああ、やっぱりと言った感じだった。いや、むしろいつも古いアルバムを持ち歩いているのか、そっちの方が気になった。じいさん、古い名誉にいつまでもしがみついていてはいけませんよ。
写真はかなり古い物で色あせも目立っていた。それでも飛行機のコクピットから空を写したものだ。青い空と白い雲の見分けがつけば十分。
白い雲が水平線のように写真の中に広がっている。その右端に、雲にしては妙に輪郭がはっきりとした線が見える。フレームからはずれるぎりぎりの所でそっと手招きしているような小さな腕のように見えた。
腕と言えば、なんとなく見えなくもないかなって感じの絶妙なピンボケ具合。ただ同時につむじ風が雲を巻き上げたと言えば、なんとなく見えなくもないかなって感じでもある。
ゲンナーじいさんの話では、ちょうど船の航跡をイルカが泳ぐように、マナクモは飛行機に寄り添うように雲の中を泳いでいたらしい。キャノピーの中を覗き込むように一度顔を出したかと思うと、またするっと身を翻して潜ってしまい、今度は反対側の雲から顔を出しては覗き込んで来たと言う。カメラを持っていた事を思い出して慌てて撮った写真らしい。カメラを向けられてびっくりしたのか、マナクモはそれっきり姿を消して現れなかった。もう何十年も昔の話だった。
そして、僕は突然思い出した。僕は、彼女に会った事がある。
蒸気飛行愛好会定期飲み会から帰って、部屋の中をひっくり返して目的のアルバムを見つけだした。父の飛行機で雲の上を飛んでいた時、雲の海を背景に母さんが撮った僕の写真だ。さすがに写真を撮る事を仕事としている母さんだけに、ゲンナーじいさんの撮った写真よりもうまく写っている。
何枚も何枚も雲の写真がでてくる。それらの写真をすべてじっくりと視線で穴を開けるように見つめて、僕はついに見つけだした。
思い出した。僕は父と母さんが話している間、ずっとキャノピーから雲の海を眺めていた。その時に、誰かと目が合ったのだ。
その写真には、ゲンナーじいさんの写真よりも微妙な具合に、でも、僕にははっきりとわかるように、雲の中にまぎれるように泳ぐ彼女の輪郭が写っていた。
そうか。だから、あの時彼女は笑ったのか。十何年ぶりに、僕と再会できたから笑ったのか。また、会いに行かないとならないな、こりゃ。




