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ゲス芸人吉井マルハの絶対に笑えない異世界転生(仮)  作者: ロナルド愛


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2/5

結婚発表

そして俺たちは、そのまま結果発表のために再び舞台袖戻った。


 モニターには、決勝に残った他のコンビの顔が映っていた。ホワイト餃子クラブ、銀河ソーダ、二丁目ジャンクション。そして、コットンパラダイス。さっきまで人を笑わせていた芸人たちが、皆、硬い表情で椅子に座っていた。


 もちろん俺の心臓も、ドキドキとうるさくて仕方がない。


 審査員席のコメントが流れる。山ちゃんが場を回す。客席は期待と緊張で妙に静まり返っている。


 俺は祈るように両手を合わせる。


 横を見ると、レンジはまっすぐ前を見ていた。


「レンジ」


「何や」


「勝ったら、泣くんか?」


「分からん」


「俺は泣かんで。芸人が辛気臭く涙流して何がおもろいねん」


「そうか――」


「そうや」


「だったら、俺はお前のボケに全力でツッコミ入れたるわ」


 頼もしいその一言で、俺は少し肩の力が抜けた。


「ほんまにお前は最高の相方やで――」


 やがて、最後の得点が出そろった。


 スタジオの空気が張り詰めた。山ちゃんが審査員から受け取った封筒を手にしている。


「第十八回、MANZAI王グランプリ――」


 山ちゃんの声が響いた。


 俺は息を止めた。


「優勝は――」


 会場全員が固唾をのんだ。


「コットンパラダイス!」


 一瞬、俺の中で世界が止まった。


 遅れて、客席の歓声、拍手、スタジオのどよめき、山ちゃんの声、スタッフの叫び。その全部が一気に押し寄せてくる。


 気づいた時には、俺は立ち上がっていた。


「うわっ、うわっ、うわあああ!」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。隣のレンジに抱きつく。レンジが珍しく俺の背中を強く叩いた。


「勝った! レンジ、勝ったぞ!」


「あ、あ……」


「なにボケっとしとんねん。俺ら、勝ったんやぞ!」


「ああ、勝った――俺たちが、俺たちがグランプリを獲ったんや」


 レンジの声が少し震えていた。


 それを聞いた瞬間、目の奥が熱くなった。泣かないと決めていたのに、そんな決意は簡単に崩れた。何年も売れなかった。劇場の出番が一回もなかった週もある。客より芸人の方が多いライブにも出た。名前を間違えられたことも、ギャラより交通費の方が高いこともあった。


 でも、その全部が、今この瞬間に報われたんや。


 俺たちは舞台の中央へ呼ばれた。


 照明が眩しかった。決勝でネタを披露した時よりも、ずっと眩しく感じた。優勝トロフィーが目の前にある。紙吹雪が舞っている。観客が席から立ち上がって拍手している。


 まるで夢のようだった。


「コットンパラダイス、優勝おめでとうございます!」


 山ちゃんが笑顔で言った。


「ありがとうございます!」


 俺はマイクの前に立った。声が裏返りそうだった。


「いや、もう……ほんまにありがとうございます。支えてくれた劇場の皆さん、スタッフさん、先輩方、後輩、家族、そして何より、ずっと隣で一緒にやってくれたレンジに感謝しています。僕ら、ほんまに売れない時期が長くて、もう無理かなって思ったことも何回もあったんですけど……今日ここで、こうして優勝できて、ほんまに幸せです」


 言葉はスルスルと勝手に出てきた。


 どこまでが本心で、どこからがテレビ用なのか、自分でもよく分からんかったけれど――ただ、俺がレンジに感謝しているのだけはほんまやった。レンジがおらんかったらここには来られなかった。それは間違いない。


 山ちゃんがレンジにもマイクを向けた。


「藤崎さん、いかがですか」


 レンジは少し考えてから、いつもの調子で言った。


「明日から、家賃を滞納しなくて済みそうです」


 会場が笑った。


 この男は本当にずるい。自分だって涙で顔がぐちゃぐちゃなのに、ちゃんと笑いを取る。俺は涙を拭きながら笑った。


「いやあ、最高ですね。優勝して、その賞金で家賃も払えるようになると――って、いったい何ヶ月分溜め込んでるんですか?」


 山ちゃんがすかさずレンジの言葉を拾って、もう一度笑いに変えた。


 そして次の瞬間――山ちゃんがチラリと俺に視線を向けた。


「さあ、吉井さん。今日は優勝ということで――優勝の報告以外にも、全国の皆さんに何か言っておきたいことがあるんじゃないですか?」


 来た――ついに山ちゃんが俺に例の話題を振ってきた。


 客席がざわっとした。レンジがほんの少しだけ俺を見た。舞台袖の方を見ると、ディーノ藤巻がいた。満面の笑みで、両手の親指を立てている。


 もう逃げられない。


 いや、逃げる必要なんてない。これはチャンスだ。


 人生で一番注目される瞬間――


 ディーノさんの言葉が頭の中で繰り返された。『優勝して、結婚発表』やっぱり最高じゃないか。


 俺はマイクを握り直した。


「えー……あの、ほんまに私事で申し訳ないんですけど」


 自分で声が少し震えているのがわかった。


 山ちゃんがすかさず身を乗り出す。


「おっ、何です? 優勝直後に私事――これは気になる。やっぱり家賃の話ですか?」


 会場に笑いが起きた。


 俺は大きく息を吸った。


 客席のどこかに、アリサがいる。テレビの向こうには、何百万人がいる。スポンサーも、テレビ局の人間も、芸人仲間も、昔の知り合いも、きっと見ている。


 ここで言えば、俺はもう後戻りできない。


 それでも、言う以外に選択肢はない。


「このたび、僕、吉井マルハは――」


 一瞬、言葉が詰まった。


 レンジが隣にいる。山ちゃんが待っている。会場が静かになる。


 俺はもう一度呼吸を整えて、一言。


「結婚します!!」


 その瞬間、会場が爆発した。


 割れんばかりの歓声と拍手が、一気に会場を包み込んだ。そしてその歓声を受けて、山ちゃんが大げさにのけぞる。


「ええええ! ちょっと待って下さい! 優勝発表のあとに家賃の話じゃなくて、結婚発表ですか!」


「すみません、こんな場で」


「いやいやいや、すごいですよ。年末に全部持っていく気ですか、吉井さん!」


 会場が笑う。


 俺は頭を下げた。


「相手の方は、俺たちコットンパラダイスのことをずっと応援してくれてて……今日、もし優勝できたら、結婚しようって約束してたんです。僕もこんな形での発表になるとは思ってへんかったんですけど――まだまだ未熟者ですが、芸人としても、一人の男としても、しっかり頑張っていきたいと思います」


 拍手がまた大きくなった。


 山ちゃんが笑いながら言う。


「いやあ、これはすごい。MANZAI王グランプリ、優勝はコットンパラダイス。そして吉井マルハさん、結婚発表。おめでとうございます!」


「ありがとうございます!」


 俺は何度も頭を下げた。


 照明が眩しい。紙吹雪はまだ俺たちの上を舞っている。レンジが隣で小さく拍手している。そしてアリサも観客席のどこかでこの喜びを噛み締めてくれているに違いない。


 俺はこの瞬間を絶対に忘れない。


 今、ここからがスタートだ。


 俺の人生は、ここからようやく始まるのだ――


 その時の俺は……そう信じて疑

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