盗賊の隠れ家
「……これ、持って帰っていいのかな」
ヤナセは、本棚から取り出した古い本を眺めていた。
「駄目に決まってるだろ」
「でも誰も見てないよ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ置いてく?」
「……うん」
僕は頷いた。
さっきの本に書かれていた言葉が、頭から離れなかった。
――神の死を知る者は、神を信じることができない。
あれはいったい何だったのだろう。
僕は宗教史について、それなりに詳しいつもりだった。
けれど、「死者の書」なんて聞いたことがない。
「帰ろう」
「どこに?」
「……」
そうだった。
僕たちは家出中だった。
「じゃあ、どこ行く?」
「知らないよ」
「じゃあ俺の知ってるところ行こうぜ」
「どこ?」
「秘密基地」
「そんなのあったの?」
「今から作る」
「それ秘密基地じゃないだろ」
僕たちは図書館を出た。
---
街の外れ。
古い倉庫街を抜けた先に、小さな廃工場があった。
「ここ?」
「うん」
「なんで知ってるんだよ」
「昔、学校をサボって探検してた」
「お前……」
「怒る?」
「呆れてる」
中に入る。
埃っぽい。
床には古い木箱が転がっていて、天井には穴が開いている。
「ここなら寝られるよ」
「絶対嫌だ」
「じゃあ野宿」
「もっと嫌だ」
僕がため息をついた、その時だった。
「――誰だ」
暗闇から声がした。
僕たちは同時に振り返った。
そこに男が立っていた。
昨日、美術館にいた盗賊だった。
「……!」
僕は思わず後ずさる。
男は僕たちを見て、驚いたようだった。
「お前ら……」
「昨日の人」
ヤナセが手を上げた。
「どうも」
「どうもじゃねえ」
男は額を押さえた。
「なんでここにいる?」
「秘密基地だから」
「……」
男はしばらく黙っていた。
「お前ら、家出か?」
「そう」
ヤナセが即答する。
「お前は?」
「僕も」
「……そうか」
男はため息をついた。
「面倒なガキを拾っちまったな」
---
そこから、さらに三人の男女が現れた。
昨日の美術館にいた盗賊たちだった。
「こいつら?」
女が僕たちを見る。
「そうだ」
「昨日の?」
「ああ」
女は僕をじっと見た。
「心力は?」
「……0」
「また?」
女が眉をひそめた。
「本当に?」
「本当です」
僕が答える。
「じゃあ、そっちは?」
「3000ちょっと」
ヤナセが答える。
「……は?」
今度は女が驚いた。
「その顔、昨日も見た」
ヤナセが笑う。
「お前、本当に何者なんだ?」
別の男がヤナセを見る。
「ただの学生」
「能力は?」
「物の声が聞こえる」
「……珍しいな」
盗賊たちは顔を見合わせた。
その反応が、少し気になった。
「能力って、そんなに珍しいんですか?」
僕が聞く。
「ああ」
男が答える。
「固有能力を持って生まれる人間自体が少ない。しかも能力は、心力とは別の意味で、その人間の価値を決める」
「価値……」
「国によっては、能力者というだけで身分が与えられる」
僕はヤナセを見た。
彼は何でもないように欠伸をしている。
3000以上の心力。
固有能力。
本来なら、国の中枢にいてもおかしくない。
なのに。
「こいつ、そういうの興味ないんですよ」
僕が言った。
「へえ」
女がヤナセを見る。
「変わってるね」
「よく言われる」
「褒めてない」
「知ってる」
---
しばらくすると、一番奥にいた男が口を開いた。
「ところで」
それまで一言も喋らなかった男だった。
年齢は分からない。
ただ、他の盗賊たちがその男を見るときだけ、明らかに態度が違った。
「お前らは、昨日の絵を見ただろ」
僕は頷いた。
「はい」
「何か気づかなかったか?」
「……特には」
僕が答えると、男はヤナセを見る。
「お前は?」
「変だった」
「どこが?」
「怖がってた」
盗賊たちが黙った。
「何を?」
「分からない」
ヤナセは肩をすくめた。
「でも、あの絵は……」
ヤナセは少しだけ考えてから言った。
「誰かに見られるのを嫌がってた」
男の表情が変わった。
「……そうか」
それだけ言うと、男は立ち上がった。
「今日はここにいろ」
「え?」
僕は驚いた。
「帰る場所もないんだろ」
「でも、あなたたちは盗賊ですよね?」
「そうだ」
「僕たちは――」
「別に仲間になれと言ってるわけじゃない」
男は歩きながら言った。
「ただ、今夜はここにいた方がいい」
そして扉の前で振り返る。
「警察が、お前らを探してる」
「……え?」
「家出したガキ二人だからな」
男は笑った。
「それだけじゃない」
僕を見る。
「昨日の美術館で、お前たちは俺たちを見た」
そして、
「俺たちも、お前たちを見た」
そう言い残して、男は部屋を出ていった。
僕はヤナセを見る。
「……どうする?」
「泊まろうぜ」
「お前、本当に何も考えてないだろ」
「うん」
ヤナセは笑った。
「でもさ」
「何?」
「ちょっと面白くなってきたじゃん」
僕はため息をついた。
けれど――
ほんの少しだけ。
僕も同じことを思っていた。
---
その夜。
盗賊団の隠れ家の地下。
昨日盗まれた絵が、壁に立てかけられていた。
リーダーは一人、その絵を見つめている。
そして、誰もいないはずの部屋で呟いた。
「……心力0の少年」
絵の中の神を見つめる。
「まさか、まだ残っていたとはな」




