声を聞く者
「なあ」
「何?」
「学校、行く?」
「行くわけないだろ」
ヤナセはコンビニの前でパンを食べていた。
「家出中だぞ、俺たち」
「そうだった」
「忘れるなよ」
僕はため息をついた。
僕たちは昨夜から、街を適当に歩き回っていた。
ホテルに泊まる金なんてない。
かといって、家に帰るつもりもなかった。
僕はまだ、両親のことを考えていた。
どうして僕の心力が増えないのか。
なぜ、あの盗賊は僕を見て「0?」と驚いたのか。
そして――
なぜ、僕を殺さなかったのか。
「なあ」
ヤナセがパンを食べながら言った。
「昨日の絵さ」
「神の絵?」
「うん」
「なんだったんだろうな」
「お前、まだ言ってるの?」
「だって変だったもん」
「どこが?」
「声」
「……声?」
「うん」
ヤナセはパンを置いた。
「普通の絵って、ほとんど何も言わないんだよ」
「絵が喋る前提で話すなよ」
「俺にはそう聞こえるんだって」
「じゃあ、あの絵は何て言ってた?」
ヤナセは少し考えた。
「……分からない」
「分からない?」
「声が重なってた」
「どういう意味?」
「たくさんの人が、同時に喋ってるみたいだった」
僕は黙った。
「それに」
ヤナセは続ける。
「あの絵、怖がってた」
「……何を?」
「分からない」
ヤナセは空を見上げた。
「でも、盗まれるのを嫌がってたわけじゃない」
「じゃあ何を怖がってたんだよ」
「……絵の中にいる何か」
僕は笑った。
「そんなわけないだろ」
「そうかな」
ヤナセは笑っていなかった。
---
その日の昼。
僕たちは街の図書館へ向かった。
僕には調べたいことがあった。
「『慈愛の神』について調べる」
「真面目だねえ」
「昨日盗まれた絵だぞ」
「別にいいじゃん」
「よくない」
僕は古い宗教資料を開いた。
『慈愛の神』。
約800年前に描かれたとされる聖画。
作者不明。
描かれた場所も不明。
しかし、その絵は世界各地の宗教施設で複製されてきた。
そして現在では、世界でもっとも有名な神の一柱として知られている。
「……おかしい」
「何が?」
「作者が不明なのに、どうしてこんなに正確な資料が残ってるんだ?」
「知らない」
「それに、描かれた時代もおかしい」
「何が?」
「この時代の宗教画には、普通――」
僕は資料をめくった。
そこで、一つの記述を見つけた。
**『本聖画は、神より賜りしものとされる』**
「……」
僕はその一文を何度も読んだ。
「どうした?」
「この絵……」
僕は呟いた。
「誰が描いたんだ?」
ヤナセは答えなかった。
その代わり、本棚の方を見ていた。
「……なあ」
「何?」
「あそこ」
ヤナセが指差した。
一冊の本。
古びた宗教史の本だった。
「なんか言ってる」
「また?」
「うん」
ヤナセが本棚へ近づく。
本に触れた瞬間。
ヤナセの表情が変わった。
「……何?」
「これ」
ヤナセは本を持った。
「『死者の書』って言ってる」
僕はその言葉を聞いた瞬間、なぜか背筋が寒くなった。
「……死者の書?」
「うん」
「そんな本、聞いたことない」
「俺も」
ヤナセが本の表紙を見る。
しかし、その本にはタイトルが書かれていなかった。
ただ、古い文字で一文だけが刻まれていた。
> **――神の死を知る者は、神を信じることができない。**
僕は、その文字から目を離せなかった。
そしてその日。
僕たちはまだ知らなかった。
この一冊の本が、
**世界で最も重い罪の一つとして扱われていることを。**
そして――
**かつて、この本を読んだ一人の男が、仲間を殺して姿を消したことを。**




