盗まれた神
展示室の奥から、二人の男が走ってきた。
黒い服。
顔は布で隠されている。
そのうち一人が、何かを抱えていた。
「……あれ」
僕は思わず足を止めた。
さっきまで僕たちが見ていた、神の絵。
走るその男のバッグには乱雑に額縁が出っ張っていた。
僕とヤナセは絵の方に目線を戻したが案の定無くなっていた
「絵がない」
「盗んだんだろ」
「それは分かるよ」
ヤナセが笑った。
「でもさ」
彼は男の腕の中にある絵を見つめた。
「……あの絵、嫌がってる」
「は?」
「うるさいって」
「またそれかよ」
「本当だって」
僕は呆れた。
「絵が喋るわけないだろ」
「でも聞こえるんだから仕方ないじゃん」
「能力者だからって、何でも聞こえるわけじゃないだろ」
「何でもじゃないよ。物によって違う」
ヤナセはそう言った。
そのとき。
「おい!」
後ろから声がした。
振り返ると、警備員がこちらへ走ってくる。
「そこの二人! 危ないから離れなさい!」
「ほら、怒られた」
「お前のせいだろ」
「俺?」
「お前が行こうって言ったんだろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
言い合っている間にも、盗賊たちはこちらへ近づいてくる。
僕は道を空けようとした。
その瞬間。
一人の盗賊が僕の横を通り過ぎ――
突然、足を止めた。
「……ん?」
男が僕を見る。
顔を隠しているため、表情は分からない。
「お前……」
僕は何も言わなかった。
「そいつ、連れてけ」
もう一人の男が言った。
「え?」
僕の腕を掴もうとする。
その瞬間、ヤナセが間に入った。
「嫌だよ」
「……なんだ、お前」
「友達」
ヤナセは笑っていた。
「こいつ、持って帰っていい?」
「何を言って――」
僕が言い終わるより先に、男の拳が飛んできた。
ヤナセが僕を押し倒す。
拳が壁にめり込んだ。
「……」
僕は固まった。
壁に、ひびが入っている。
普通の人間の力じゃない。
「逃げるぞ」
ヤナセが僕の腕を引っ張った。
「でも絵が――」
「いいから!」
僕たちは走った。
---
階段を駆け下りる。
後ろから足音が迫ってくる。
「なんで僕まで狙われてるんだよ!」
「知らない!」
「お前が行こうって言ったんだろ!」
「それも知らない!」
「ふざけんな!」
ヤナセが笑った。
「でもさ」
「何?」
「たぶん、あいつら――」
ヤナセが振り返る。
「お前を知ってる」
「……え?」
その瞬間。
階段の先から別の男が現れた。
「いたぞ!」
僕たちは立ち止まった。
逃げ道がない。
男がゆっくり近づいてくる。
「お前ら、何者だ?」
僕は答えられなかった。
すると、男が僕を見る。
「……心力は?」
「え?」
「お前の心力だ」
「0ですけど」
男の動きが止まった。
「……0?」
その声だけが、妙に低かった。
そして男は、僕ではなくヤナセを見る。
「お前は?」
「3000ちょっと」
「……」
男はしばらく黙っていた。
そして突然、
「なるほどな」
と呟いた。
「何が?」
僕が聞いた。
男は答えなかった。
ただ、背を向けた。
「行け」
「……え?」
「今日はお前らを殺す必要はない」
そう言って、男は去っていった。
僕はヤナセを見る。
「……何だったんだ?」
「さあ?」
ヤナセは笑った。
けれど、その顔からいつもの軽さが少しだけ消えていた。
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翌朝。
ニュースでは、美術館から神の絵画が盗まれた事件が大きく報じられていた。
そして僕は、そのニュースの隅に小さく表示された文字を見つけた。
**「盗難された絵画――『慈愛の神』」**
僕はその名前を見つめた。
昨日、僕が祈った神。
僕が、
**「あなたは本当に見てくれているの?」**
と問いかけた神。
その神の絵が、盗まれた。
そしてヤナセが言った。
> 「あの絵、なんか変だな」
僕は初めて、その言葉が気になり始めていた。




