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絵画と盗賊




 駅に着くと、ヤナセは改札の前で待っていた。


「遅い」


「お前が早すぎるんだよ」


「で、どこ行く?」


「……決めてないの?」


「うん」


「お前が家出しようって言ったんだろ」


「まあ、いいじゃん」


 僕はため息をついた。


 結局、僕たちは駅前の案内板を眺めることになった。


 映画館。


 商店街。


 動物園。


 そして、その中に一つ。


「美術館?」


「そう」


 ヤナセが指差した。


「ここ行こうぜ」


「なんで?」


「暇だから」


「……まあ、いいけど」


 こうして僕たちは、家出初日の行き先を美術館に決めた。


 今思えば、どうしてあの日、そこを選んだのかは分からない。


 ただ一つ言えるのは――


 あの日から、僕の世界は変わり始めた。


---


 美術館は駅から歩いて十五分ほどの場所にあった。


 夜も近いというのに、まだ多くの人がいる。


 入口には大きな看板が掲げられていた。


**『神々と人間――古代宗教絵画展』**


「これ、お前好きそうじゃん」


「うん」


 僕は少しだけ嬉しくなった。


 家出をしているというのに、こんなところに来ていいのかという罪悪感はあった。


 でも、宗教についての展示を見るのは嫌いじゃない。


 むしろ、いつもより気分が落ち着いた。


---


「心力ってさ」


 展示を見ながら、ヤナセが言った。


「結局なんなんだろうな」


「何って……力だよ」


「それは分かる」


「人間の中にあるもの。信仰によって蓄積されて、能力を使うための――」


「それじゃなくて」


 ヤナセは展示ケースの中を覗き込んだ。


「なんで神様が作ったの?」


「……」


 僕は少し考えた。


「神様が、人間に正しく生きてほしかったからじゃない?」


 心力。


 人間が神を信仰することで蓄積されていく力。


 生涯の平均は500から1000。


 1000を超えればエリート。


 そして3000を超える者は、国家の中でも特別な存在になる。


 僕の隣にいるような人間だ。


「能力者っていうのは?」


「神様から固有の能力を与えられた人間」


「俺みたいな?」


「そう」


「じゃあ俺、神様に選ばれたってこと?」


「……たぶん」


「へえ」


 興味なさそうだった。


 僕は少し笑った。


「お前、本当に能力者に向いてないよ」


「そう?」


「神官にだってなれるだろ。3000もあれば」


 この世界には、神官と呼ばれる人々がいる。


 神の声を聞き、その言葉を人々へ伝える者たち。


 高い心力を持つ者だけが、その資格を得られる。


 ヤナセなら、きっとなれる。


 僕には、絶対になれない。


---


 そして、僕たちは一枚の絵の前で足を止めた。


 巨大な額縁。


 そこに描かれていたのは、この世界で最も有名な神の一柱だった。


 人々が何百年も祈り続けてきた神。


 教典にも登場する。


 神殿にも像がある。


 学校でも習う。


 僕にとっても、幼い頃から知っている存在だった。


 僕は絵を見上げた。


「……僕は、こんなに信仰してるのに」


 誰に言うでもなく呟いた。


「幼いころから、寝る前は『おやすみなさい』を欠かさない僕だ」


 僕は絵の中の神を見つめる。


 なのに、心力は0。


 何年祈っても。


 何度願っても。


 何一つ変わらない。


「……神様」


 僕は小さく呟いた。


「ああ。神様。あなたは本当に見てくれているの?」


 隣にいたヤナセが、絵をじっと見ていた。


「……」


「どうした?」


「いや」


 ヤナセは首を傾げた。


「この神様の絵」


 そして、小さく呟いた。


「**なんか変だな。**」


「……」


 僕はヤナセを横目で見た。


 なんて罰当たりなことを言うんだ。


 僕はその言葉を無視した。


 もう一度、絵を見る。


 神は何も答えない。


---


 そのときだった。


 突然、美術館中に警報が鳴り響いた。


**――ウウウウウウッ!!**


 館内の照明が赤く点滅する。


 人々が一斉にざわめいた。


『侵入者を確認しました』


『侵入者を確認しました』


 館内放送が繰り返す。


 ヤナセが目を丸くした。


「……家出初日に?」


「知らないよ」


「なんか面白そうじゃん」


「帰るぞ」


「えー」


「えーじゃない」


 僕がヤナセの腕を掴んだ、その瞬間。


 奥の展示室から、


**ガラスの割れる音が響いた。**


 バリンッ!!


 悲鳴が上がる。


 僕たちのいる展示室にも、人々が走ってくる。


「逃げろ!」


「盗賊だ!」


「神の絵を狙ってる!」


 僕はその言葉を聞いて、振り返った。


 さっきまで僕たちが見ていた絵。


 その展示室の方向。


 ヤナセが笑った。


「……なあ」


「何?」


「行ってみようぜ」


「馬鹿じゃないの?」


「だって――」


 ヤナセは、いつものようにヘラヘラ笑った。


「面白そうじゃん」


 僕は呆れた。


 そして、結局ついて行った。


 それが、


**僕たちと盗賊たちの出会いだった。**


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