↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/7

心力の無い子



「あなたのお子さんには、心力がありません」


 白い部屋で、その言葉だけが妙に大きく聞こえた。


 僕は母の隣に座っていた。


 目の前にいる男は、白衣を着ている。医者というわけではない。学校や役所などで心力を測定する資格を持った人間らしい。


 僕には、まだよく分からなかった。


「ありません、って?シマに?」


 母が聞き返した。


「はい」


 男は手元の紙を見ながら答えた。


「正確には、心力の増加が確認できません」


「……増加が?」


「生まれたときから現在まで、ほとんど変化がないようです」


 僕は母の顔を見た。


 母は笑っていた。


 いつもの笑い方だった。


「そうですか」


「珍しいことではあります」


「珍しいだけですよね?」


 母の声が少しだけ強くなった。


 男は一瞬だけ黙った。


「……はい。珍しいことです」


 その返事を聞いて、母はようやく安心したように息を吐いた。


 父は何も言わなかった。


 ずっと机の上の紙を見ていた。


 僕はその紙を覗き込んだ。


 そこには、自分の名前と、その下に大きく数字が書かれていた。


        0


 それだけだった。


「僕、心力ないの?」


 聞いてみた。


「そんなことないわよ」


 母がすぐに答えた。


「大丈夫。シマは何も心配しなくていいの」


「でも、0って書いてあるよ」


「今は、ね」


 母は僕の頭を撫でた。


「これから増えるわ」


 僕はその言葉を信じた。


 だって、母が言ったのだから。


 それから十年が経った。


 僕の心力は、増えなかった。


 五歳になっても。


 七歳になっても。


 十歳になっても。


 十五歳になった今も。


 ずっと、0だった。


 僕は毎朝、神に祈った。


 父と母がそうしていたからだ。


 朝起きる。


 顔を洗う。


 食事をする。


 そして、神に祈る。


 僕にとっては、それが当たり前だった。


 僕の両親は歴史研究家だった。


 特に宗教史を専門にしていて、家には古い本が山ほどあった。


 僕も小さい頃から、それらを読んできた。


 神がどのように人々を導いてきたのか。


 どのような奇跡が起こったのか。


 昔の人々が、どのように神を信仰していたのか。


 僕はそれを知るのが好きだった。


 神を信じることも、嫌いではなかった。


 むしろ、好きだった。


 だから毎日祈った。


 もっと信仰すれば、心力が増えると思った。


 十歳の頃には、毎晩欠かさず祈った。


 十一歳になったら、聖典を読むようになった。


 十二歳になると、学校の宗教史の授業では先生より詳しいこともあった。


 それでも。


 僕の心力は、


        0。


「おかしいよな」


 そう言われたのは、何度目だっただろう。


 教室の隅にある測定器を見ながら、男子生徒が笑った。


「お前、まだ0なの?」


「うん」


「神様に嫌われてんじゃね?」


 周りが笑った。


 僕も笑った。


「そうかもね」


 別に傷ついていない。


 ……そう思うことにしていた。


「おーい」


 放課後。


 机に突っ伏していた僕の頭を、誰かが軽く叩いた。


「痛い」


「生きてた?」


「寝てただけ」


「同じじゃん」


 顔を上げる。


 僕の唯一の親友だった。


 名前はヤナセ。


 こいつは、とにかく適当な人間だった。


 宿題は忘れる。


 授業中は寝る。


 先生に怒られても笑っている。


 なのに、なぜか成績は悪くない。


「帰ろうぜ」


「まだ勉強する」


「真面目だねえ」


「お前が不真面目すぎるんだよ」


「そう?」


「そうだよ」


 彼は僕の机に座った。


「なあ」


「何?」


「お前、神って信じてる?」


「急に何?」


「いや、なんとなく」


「信じてるよ」


「ふーん」


 興味なさそうに返した。


「じゃあ、俺のことは?」


「何でお前を信じるんだよ」


「ひどくね?」


 笑った。


 いつものことだった。


 僕は鞄に教科書を詰めた。


 そのときだった。


「……あ」


 彼が僕の机を見た。


「どうした?」


「こいつ、うるさいって」


「……は?」


 彼は机に手を置いた。


「毎日鉛筆で叩かれるのが嫌なんだって」


「何言ってんの?」


「いや、こいつが言ってる」


「机が?」


「うん」


 僕はしばらく黙った。


「……冗談?」


「違うよ」


 彼は笑った。


 いつものヘラヘラした笑い方だった。


「俺、物の声が聞こえるんだよ」


 窓から夕日が差し込んでいた。


 彼の顔だけが、妙に赤く染まっていた。


「能力者?」


「そう」


「……心力は?」


「3000ちょい」


「……」


 僕は言葉が出なかった。


 3000。


 僕が一度も到達したことのない数字。


 いや。


 僕は0から一歩も動いていない。


「すごいな」


「そう?」


「すごいよ」


「別に」


 彼は鞄を持ち上げた。


「興味ないし」


「何に?」


「力とか、権力とか」


 彼はあくびをした。


「面倒じゃん」


 僕は彼を見た。


 心力3000以上。


 固有能力持ち。


 それなのに、本人は何も欲しがっていない。


 僕は逆だった。


 力が欲しいわけじゃない。


 ただ、


どうして自分だけ増えないのか知りたかった。


「帰ろうぜ」


「うん」


 教室を出ようとした。


 そのとき。


「なあ」


 彼が言った。


「今日、家出しようぜ」


「……は?」


「家出」


「なんで?」


「なんとなく」


「理由になってないだろ」


「じゃあ、理由は今から考えよう」


「考えてから言えよ」


 僕は呆れて笑った。


 でも。


 その日の帰り道。


 家の玄関を開けた僕は、笑えなくなった。


 両親の声が聞こえたからだ。


「……あの子は、もう十五だ」


 父の声だった。


「分かってるわ」


 母が答えた。


「でも、まだ――」


 そこで二人は黙った。


 僕が帰ってきたことに気づいたのだろう。


「おかえり」


 母が振り返った。


 いつもの笑顔。


 いつもの声。


 でも。


 僕は初めて思った。


この人たちは、僕に何かを隠している。


「……ただいま」


 僕はそう答えた。


 その夜。


 僕は眠れなかった。


 机の上には、昔の心力測定の記録が並んでいる。


 全部、


     0。


 そして、その横には今日の記録。


 やっぱり、


      0。


 スマートフォンが震えた。


 親友からだった。


『駅いる』


 続けて、もう一通。


『家出する?』


 僕は画面を見つめた。


 馬鹿げていると思った。


 そんなことをして何になる。


 でも――。


 僕は机の引き出しを開けた。


 財布を入れた。


 上着を取った。


 玄関に向かった。


 そして、誰にも何も言わずに家を出た。


 扉を閉める直前。


 僕は一度だけ振り返った。


 二階の窓。


 そこに、父と母が立っていた。


 僕を見ている。


 なのに、


追ってこなかった。


 その瞬間、僕は確信した。


 ――やっぱり。


 僕の両親は、何かを知っている。


 そして僕は、まだ知らない。


 この家出が、


 自分の信じてきた「神」そのものを疑う旅の始まりになることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。