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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
1章

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8話:元の世界の料理

その日の夕方。


 ヒロは厨房の前を通りかかり、見覚えのある食材を見つけた。

 大きな作業台の上に、切り分けられた鳥の肉が並んでいる。

 その隣には、小麦粉に似た白い粉。

 棚には塩や香草も置かれていた。

 厨房では数人の料理人が忙しそうに昼食の準備をしている。

 鳥肉は焼いて出すらしく、大きな鉄板が火にかけられていた。


 ヒロは足を止めた。

 必要なものは、ほとんど揃っている。


ヒロ「……唐揚げ、作れるんじゃないか?」


 思わず呟く。

 料理人の一人が振り返った。


料理人「カラアゲ?」


ヒロ「あ、いえ。こっちの話です」


 ヒロは作業台へ近づき、白い粉を指差した。


ヒロ「これって、何の粉ですか?」


料理人「麦を細かく挽いたものだ。パンや焼き菓子に使う」


 見た目も用途も、小麦粉とほとんど同じらしい。

 鳥肉も、元の世界で使っていたものと大きな違いはなさそうだった。

 あとは油だ。


 棚の近くには、油の入った壺が置かれている。

 だが、量はそれほど多くない。

 この世界では、料理が焦げつかないように薄く塗ったり、香草を漬けたりするのに使うらしい。

 大量の油を使う料理は、これまで見たことがなかった。


ヒロ「料理長さんはいますか?」


料理人「奥にいるが、何の用だ?」


ヒロ「少し、作ってみたい料理があるんです」


 料理人は怪訝そうな顔をしたが、奥にいた料理長を呼んでくれた。

 現れたのは、白い髭を蓄えた大柄な男だった。


料理長「お前が、最近ソフィたちの仕事を手伝っている少年か」


ヒロ「朝霧ヒロです」


料理長「話は聞いている。それで、厨房に何の用だ」


ヒロ「この鳥肉を少し使わせてもらえませんか?」


料理長「料理をするのか?」


ヒロ「はい。元の世界で、よく作っていた料理です」


 料理長はヒロの顔をしばらく見つめた。

 突然現れた素性の知れない少年に、厨房の食材を使わせるのは不安なのだろう。


料理長「一人分だけだ」


ヒロ「ありがとうございます」


料理長「食材を無駄にしたら、その分は薪割りで返してもらうぞ」


ヒロ「分かりました」


 ヒロは手を洗い、鳥肉を一口大に切った。

 塩と香草を使って下味を付ける。

 本当なら醤油や生姜が欲しいところだが、ないものを求めても仕方がない。

 香草の中から匂いの近いものを選び、細かく刻んで肉へ揉み込む。

 それから、白い粉を薄くまぶした。

 周囲の料理人たちは、作業を続けながらも何度もこちらを見ている。


料理人「それを焼くのか?」


ヒロ「いえ。油に入れます」


料理人「油に?」


 ヒロは壺に入った油を鍋へ移していく。

 料理長の眉が大きく動いた。


料理長「待て。そんなに使うのか」


ヒロ「肉が沈むくらいは必要です」


料理長「油に肉を沈めるだと?」


ヒロ「はい」


料理人「そんなことをしたら、油まみれになるぞ」


ヒロ「大丈夫です」


 どうやら、この世界には食材を大量の油へ入れるという発想がないらしい。

 油を塗って焼くことはあっても、油の中で加熱することはない。

 ヒロは鍋を火へかけた。

 温度計はない。

 粉を少し落とし、油の状態を確かめる。

 細かな泡が浮き上がってくる。

 まだ少し低い。

 もう少し待ち、再び粉を落とす。

 今度はすぐに泡が広がった。


ヒロ「これくらいか……」


 菜箸の代わりに細長い木の棒を使い、粉をまぶした鳥肉を一つ油へ入れる。


 ジュワァァァァッ。


 勢いよく泡が立ち、厨房に大きな音が響いた。


料理人「うわっ!」


料理長「何だ、その音は!」


 周囲の料理人たちが一斉に後ろへ下がった。

 ヒロ自身も、道具や油が違うため少し緊張していた。

 だが、油が跳ねすぎることもなく、肉は泡に包まれながら色を変えていく。

 少しずつ、香ばしい匂いが厨房に広がった。


料理人「……いい匂いだな」


料理長「油の匂いだけではない。肉と香草の匂いか」


ヒロ「油の中で火を通すと、外側が香ばしくなるんです」


料理人「煮ているのとは違うのか?」


ヒロ「水じゃなくて油なので、揚げるって言います」


料理長「アゲル……」


 料理長は聞き慣れない言葉を確かめるように呟いた。

 ヒロは肉を転がしながら、火の通りを確認する。

 表面がきつね色に変わったところで、網に似た道具を借りて油から引き上げた。

 油を切り、皿へ置く。

 見た目は、元の世界で作っていた唐揚げとほとんど変わらない。

 少し香草の匂いが強いが、それも悪くなさそうだった。


ヒロ「できました」


 料理長が皿の上を覗き込む。


料理長「これで完成か」


ヒロ「はい。ただ、熱いので気をつけてください」


 料理長は一つ手に取り、警戒するように匂いを嗅いだ。

 それから、端を小さくかじる。

 サクッと、軽い音がした。


料理長「……」


 料理長の動きが止まる。

 周囲の料理人たちも、黙ってその顔を見つめている。


料理人「どうなんです?」


料理長「……うまい」


 料理長は残りを一口で食べた。


料理長「外側は香ばしい。だが、中の肉は柔らかく、汁が残っている」


料理人「本当ですか?」


料理長「食ってみろ」


 料理人たちが次々と皿へ手を伸ばす。


料理人「熱っ!」


料理人「だから気をつけろって言われただろ」


料理人「でも、これは……うまい!」


料理人「何だ、この表面は。パンとも焼いた肉とも違うぞ」


 作った唐揚げは、あっとう間になくなった。

 料理長は空になった皿を見つめ、それから残っている鳥肉へ視線を向けた。


料理長「ヒロ」


ヒロ「はい」


料理長「残りも作れるか」


ヒロ「作れますけど、一人分だけじゃなかったんですか?」


料理長「気が変わった」


ヒロ「薪割りは?」


料理長「成功したのだから必要ない」


 料理長はそう言いながら、新しい鳥肉をヒロの前へ置いた。


料理長「昼食に出す。俺たちにも作り方を教えろ」


ヒロ「分かりました」


 そこから厨房は、いつも以上に慌ただしくなった。

 鳥肉を切り、下味を付ける。

 粉をまぶし、油へ入れる。

 油へ肉を落とすたびに、大きな音と香ばしい匂いが広がった。

 最初は遠巻きに見ていた料理人たちも、途中からはヒロの動きを真似し始めた。


料理人「このくらいの色で上げるのか?」


ヒロ「それだとまだ早いです。もう少し待ってください」


料理人「これは?」


ヒロ「それは少し揚げすぎです」


料理人「難しいな……」


ヒロ「慣れれば、音と色で分かるようになります」


 出来上がった唐揚げは、大皿へ山のように盛られた。

 その日の昼食に並べられると、食堂にいた騎士や使用人たちが一斉に視線を向けた。


騎士「何だ、これ?」


騎士「鳥肉だよな?」


ソフィ「とてもいい匂いですね」


 ソフィも不思議そうに皿を見つめている。

 ヒロは少し照れながら、その横へ立った。


ヒロ「唐揚げっていう料理です。鳥肉に粉を付けて、油の中で火を通しました」


ソフィ「油の中に入れたのですか?」


ヒロ「はい」


ソフィ「そんな料理があるのですね……」


 ソフィは一つ取り、慎重に口へ運んだ。


ソフィ「……おいしいです」


 驚いたように目を見開く。


ソフィ「外側がこんなに香ばしいのに、中はとても柔らかいです」


ヒロ「熱くなかったですか?」


ソフィ「少しだけ。でも、それ以上においしいです」


 ソフィの言葉につられるように、騎士たちも一斉に唐揚げへ手を伸ばした。


騎士「うまい!」


騎士「酒が欲しくなるな、これ!」


騎士「もう一つ食っていいか?」


騎士「それ、俺が取ろうとしてたやつだぞ!」


 あっという間に、食堂が騒がしくなった。

 そこへ、豪快な足音とともにバルドが入ってくる。


バルド「なんだ、この騒ぎは」


騎士「団長、ヒロが新しい料理を作ったんです!」


バルド「ヒロが?」


 バルドは大皿へ近づき、迷わず一つ掴んだ。


バルド「これか」


ヒロ「熱いので気をつけてください」


バルド「この程度で火傷するか」


 そう言って、大きな唐揚げを一口で頬張る。

 数回噛んだあと、バルドの目が見開かれた。


バルド「うまい!」


 食堂中に声が響いた。


バルド「お前、剣より料理の方が才能あるんじゃねえか?」


ヒロ「訓練を始めて数日で見切りをつけないでくださいよ」


バルド「冗談だ。だが、これは本当にうまいぞ」


 バルドはすぐに二つ目へ手を伸ばす。

 その手を、横から伸びてきた細い手が遮った。


アリア「取りすぎだ」


 いつの間にか、アリアも食堂へ来ていた。


バルド「まだ二つ目だぞ」


アリア「後ろに並んでいる者がいる」


バルド「団長を優先しようって気はねえのか」


アリア「ない」


 アリアはそう言って、皿から一つ取った。

 普段と変わらない無表情で、唐揚げを一口食べる。

 ヒロは少し緊張しながら、その様子を見ていた。

 アリアはゆっくりと飲み込む。


アリア「……美味しい」


ヒロ「本当ですか?」


アリア「嘘を言う理由がない」


バルド「こいつが料理を褒めるのは珍しいぞ」


アリア「余計なことを言うな」


 アリアはそう言いながら、二つ目へ手を伸ばした。


ヒロ「副団長も二つ取ってるじゃないですか」


アリア「私は一つ目を食べ終わった」


バルド「そういう問題か?」


 食堂に笑い声が広がる。

 ヒロはその光景を見ながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。

 自分はこの世界では、何も持っていない。


 金もない。

 地位もない。

 戦う力も、まだない。


 それでも、元の世界で身につけたものが、ここでも誰かの役に立つ。

 そう思えたことが、素直に嬉しかった。

 唐揚げを作った日を境に、館の者たちから話しかけられることが増えた。

 廊下ですれ違った騎士から、また作ってくれと頼まれる。

 厨房へ行けば、料理人たちから油の温度について質問される。

 ソフィからも、次はどんな料理を作れるのかと聞かれた。

 ヒロ自身も、館の中で過ごすことに少しずつ慣れてきていた。


 訓練をする。

 館の仕事を手伝う。

 時々、厨房で料理をする。

 そんな日々が続いた。


 だが、生活に慣れてくるほど、別の問題が気になるようになった。

 文字が読めないことだ。

 会話はできる。

 相手が何を話しているのかも理解できる。

 だが、文字はまったく分からない。

 館の廊下に掛けられた札も読めない。

 街の店に掲げられた看板も読めない。

 アリアが見せてくれた魔法の文献も、文字の形を眺めることしかできなかった。

 今は周囲の人に聞けば何とかなる。

 だが、この先ずっと誰かに頼り続けるわけにはいかない。

 魔法について調べるためにも、鉱洞や魔物の情報を知るためにも、文字は必要になる。


 ある日の夕方。

 ヒロは廊下の窓を拭いていたソフィへ声をかけた。


ヒロ「ソフィさん、少しいいですか?」


ソフィ「はい。どうかされましたか?」


 ソフィは手を止め、ヒロへ向き直った。

 ヒロは少し迷ったあと、まっすぐに頭を下げた。


ヒロ「俺に、この世界の文字を教えてもらえませんか?」


 ソフィは驚いたように目を瞬かせた。


ソフィ「文字を、ですか?」


ヒロ「はい。話すことはできるんですけど、文字はまったく読めなくて」


ソフィ「やはり、ヒロ様の故郷では違う文字を使うのですね」


ヒロ「たぶん、全然違います。このままだと看板も本も読めないので、少しずつでも覚えたいんです」


 ソフィは手にしていた布を籠へ戻した。


ソフィ「私でよろしければ、お教えします」


ヒロ「いいんですか?」


ソフィ「もちろんです。ですが、私も仕事がありますので、夜の少しの時間だけになってしまいます」


ヒロ「それで十分です。ありがとうございます」


ソフィ「では、今日から始めましょうか」


ヒロ「今日からですか?」


ソフィ「学びたいと思ったときが、一番覚えやすいものです」


 その日の夜。

 ヒロの部屋には、小さな机と二脚の椅子が用意された。

 机の上には紙とインク、羽ペンが置かれている。

 紙は元の世界のものより厚く、少しざらついていた。

 羽ペンを使うのも初めてだ。

 ソフィはヒロの向かい側へ座り、紙の上にいくつかの文字を書いた。


ソフィ「まずは、最もよく使う文字から覚えましょう」


ヒロ「これ、一文字ずつ意味があるんですか?」


ソフィ「いいえ。基本的には、いくつかの文字を組み合わせて言葉を作ります」


ヒロ「元の世界と少し似てるかも……」


ソフィ「こちらが、ヒロ様のお名前です」


 ソフィが紙へ数文字を書き並べた。

 見慣れない曲線と線が連なっている。


ヒロ「これが、ヒロ?」


ソフィ「はい。発音に合わせて書くと、このようになります」


 ヒロは羽ペンを握り、ソフィが書いた文字を真似した。

 だが、思った以上に扱いが難しい。

 力を入れすぎるとインクが滲み、弱すぎると線がかすれる。


ヒロ「……難しい」


ソフィ「初めてにしては、お上手ですよ」


ヒロ「どう見ても同じ文字には見えないんですけど」


 ソフィが書いた文字は滑らかで整っている。

 それに対し、ヒロの文字は曲がりくねり、形も不揃いだった。


ソフィ「練習すれば、すぐに慣れます」


ヒロ「剣でも同じことを言われました」


ソフィ「剣よりは安全ですよ」


ヒロ「インクをこぼさなければですね」


 ヒロがそう言った直後、羽ペンの先からインクが垂れた。

 紙の上に、大きな黒い染みが広がる。


ヒロ「……」


ソフィ「……」


ヒロ「今のは見なかったことにしてください」


ソフィ「ふふっ。新しい紙をお持ちしますね」


 ソフィは口元を押さえながら笑った。


 それから、訓練と文字の勉強を繰り返す日々が始まった。

 朝は走り込みと素振り。


 昼は重力魔法の訓練。


 空いた時間に館の仕事を手伝う。

 夜はソフィから文字を教わる。

 初めは自分の名前すらまともに書けなかった。


 だが、数日経つ頃には、簡単な単語なら形を見分けられるようになった。


 水。


 火。


 剣。


 食事。


 部屋。


 覚えた文字は、まだほんの少しだけだ。

 それでも、昨日まで意味のない模様にしか見えなかったものが、言葉として分かるようになる。

 その感覚は不思議だった。


 訓練の方も、わずかに成果が出始めていた。

 素振りの動きは、以前より安定してきた。

 重力魔法も、小石の重さが変わったと確信できる瞬間が増えている。

 確かに前へ進んでいた。


 生き延びるためだけだった毎日は、少しずつ、この世界で暮らすための日々へと変わり始めていた。

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