50話:九層の奥
扉の向こうで、何かが金属を引っかく音がした。
アリア「開けるぞ。全員、離れていろ」
アリアが留め具を外し、素早く扉を引く。
全員が武器を構えたが、飛び出してくるものはなかった。奥は小さな部屋になっており、倒れた棚や割れた壺が散乱している。
鉱石猿の姿はない。
代わりに、壁の下部に人一人が這って通れるほどの穴が開いていた。穴の縁には新しい引っかき傷と、何本もの灰色の毛が残っている。
ヒロ「また逃げられた……」
リゼット「でも、こっちへ進んだのは間違いないわ」
リゼットが穴の前へ魔力灯をかざす。狭い通路は壁の向こうで下へ曲がり、どこか別の場所へ続いているようだった。
カイル「俺たちまでここを通る必要はない。こいつと同じ方向へ延びている廊下を探そう」
五人は部屋を出て、再び九層の奥へ進んだ。
灰色の毛は途切れながらも、金属板の隙間や床の角に残っている。ときおり壁の向こうから甲高い鳴き声も聞こえたが、そのたびに別の通路へ遠ざかっていった。
途中、壊れた扉から三体の異形が飛び出してきた。
ヒロは先頭の一体が床を蹴る瞬間だけ足元の重力を強める。崩れた身体が後ろの二体を巻き込み、そこへアリアの細剣とリゼットの弾丸が続いた。
セラ「もうすっかり使い方が変わったね」
ヒロ「押し潰すより、ずっと楽です」
カイル「まだ敵を見てから考えている。いずれは動きを見た瞬間、どこへ倒すか決められるようになれ」
ヒロ「はい!」
厳しい言葉とは裏腹に、カイルは満足そうに頷いた。
どれほど進んだ頃だろう。
真っ直ぐだった通路が途切れ、五人は突然、開けた空間へ出た。
魔力灯の光が届かないほど天井は高い。広間には人の背丈を超える透明な筒が何本も並び、その大半が砕けていた。筒の足元からは太い管が伸び、床に刻まれた溝へつながっている。
壁際には金属製の台が並んでいた。台の四隅には黒ずんだ革帯が残り、腕や脚を固定するための留め具まで付いている。
セラ「ここ……何なの?」
カイル「分からない。だが、自然にできた場所ではないな」
朽ちた机、崩れた棚、床へ散らばる器具。
誰が、いつ造ったのかは分からない。それでも、かつてここに人がいて、何らかの作業をしていたことだけは明らかだった。
ヒロは机の上に残った薄い石板を拾った。表面には細かな文字らしきものが刻まれているが、一つも読むことができない。
ヒロ「これ、読める人いますか?」
アリア「いや。見たことのない文字だ」
カイル「俺にも分からない。古い上に、半分以上が削れている」
話し言葉なら魔力の助けで意味が分かる。しかし、文字まではそうはいかない。
ヒロは石板を元の場所へ戻した。
リゼット「こっちを見て。床の溝、ただの飾りじゃないわ」
リゼットは広間の中央にしゃがみ込んでいた。
幾重にも枝分かれした溝は、すべて中央にある円形の台へ集まっている。溝の内側には黒い結晶の粉がこびりつき、僅かだが魔力の感触が残っていた。
リゼット「魔力を通すための回路よ。それも、この部屋中から一か所へ集めるための」
アリア「この台へ、か?」
円形の台にも、金属の拘束具が六つ付いていた。
誰も口に出さなかったが、そこで何かを動けなくしていたことは想像できた。
セラが広間の奥から小さく息を呑む。
セラ「お兄ちゃん……これ、生き物の骨だよね?」
砕けた透明な筒の中に、白く乾いた残骸が横たわっていた。
四本の脚、二対の角、鳥のような翼。そして獣の牙を持つ頭蓋。
寄せ集められたのではない。
異なるはずの骨は、境目もなく一つにつながっていた。




