51話:魔術実験の跡
カイルが残骸の前へ屈み、骨のつなぎ目を慎重に確かめた。
カイル「金具や接合材の類は使われていない。折れた骨が治ったように、最初から一つだったかのようにつながっている」
アリア「こういう生物だった可能性は?」
セラ「それはないと思う。脚は岩山にいる角山羊で、翼はたぶん夜梟。頭は……牙狼に近いかな。でも、どれも大きさが合ってない」
筒の底には、床の溝と同じ黒い結晶が固まっていた。
リゼットは短い金属棒で粉を掻き取り、魔力灯の光へかざす。
リゼット「魔力を蓄える鉱石の燃えかすね。これだけ残っているなら、使われた量は相当なものよ」
ヒロ「何のために、そんな魔力を?」
答えは返らなかった。
五人は広間を調べたが、文字の記録は読めず、施設の名や造った者につながる印も残っていない。
やがてアリアが、壁の一部に刻まれた絵を見つけた。
三種類の獣が円の外側に描かれ、それぞれから伸びる線が中央へ集まっている。円の中に刻まれていたのは、角と翼と牙を持つ一体の生物だった。
アリア「さっきの骨と同じだ」
その絵の下には、人の形をしたものもあった。
だが、石壁ごと抉られており、その先に何が描かれていたのかは分からない。
カイル「魔力を集める回路、身体を固定する台、そしてこの絵か……」
リゼット「複数の生物へ無理やり同じ魔力を流して、身体同士を結びつけた。たぶん、そういう実験だったのよ」
セラ「じゃあ、九層にいた異形もここで?」
リゼット「そこまでは分からないわ。この場所で造られたのかもしれないし、後から入り込んだだけかもしれない」
アリア「結局、分かったのは一つだけだな」
何者かがこの場所で、強大な魔力を使い、異なる生物を一つに結合しようとしていた。
いつ、誰が、何のために行ったのか。
実験が成功したのか、それとも失敗したから捨てられたのか。
それ以上の答えは、壊れた施設のどこにも残っていなかった。
カイル「長居は危険だ。先へ進もう」
広間を抜けた先には、さらに下へ続く階段があった。
入口には灰色の毛が落ち、鉱石猿の足跡が闇へ続いている。どうやら十層へ下りたらしい。
五人は階段の手前で水を飲み、短い休息を取った。
下から魔物が上がってくる気配はない。それがかえって不気味だった。
ヒロ「そういえば、次は十層ですよね。……ボスみたいな、この迷宮の主っていたりするんですか?」
カイルとセラが顔を見合わせた。
カイル「いると断言はできない。俺たちも、ここまで来たのは初めてだからな」
セラ「でも、古い伝承ならあるよ。この迷宮が黒鉄の迷宮って呼ばれるより前から伝わってる話」
ヒロ「どんな話です?」
カイル「迷宮の最奥には、巨大なハエの魔物が棲んでいる。その名はベルゼブブ。羽音だけで岩を震わせ、あらゆるものを喰らうとされている」
ヒロは一瞬、聞き間違いかと思った。
ヒロ「今、ベルゼブブって……?」
セラ「うん。ベルゼブブ。どうかした?」
ヒロ「いえ。変わった名前だなと思って」
そう答えながら、ヒロは胸の奥に冷たいものを感じていた。
ベルゼブブ。
元の世界では悪魔の名として知られ、ハエの王とも呼ばれていた。
巨大なハエという姿まで、元の世界の伝承と重なっている。
似た魔物がいるだけなら偶然で済む。だが、名前の音までまったく同じなのは、どう考えても不自然だった。
この施設を造った者と関係があるのか。
それとも、自分より前に元の世界から来た誰かが、その名を伝えたのか。
ヒロが黙って階段の闇を見つめた、その時だった。
遥か下の方から、低く濁った音が響いてくる。




