45話:八層の兄妹
闇の中で、六つのコアが脈打っていた。
足音はばらばらだ。石床を這うものだけでなく、岩壁や天井を伝って近づいてくるものもいる。
ヒロ「六体。上からも来る!」
アリア「私が前を抑える。位置を頼む!」
魔力灯の光へ、異形たちが次々と飛び込んできた。
六本の腕で岩壁を掴むもの。下半身が黒い鉱石の塊になったもの。二つに裂けた胴体を、鉱石で無理やりつないでいるもの。
どれも生き物としての形を失っていた。
ヒロ「一体目は胸の左! その後ろは右肩です!」
アリアが細剣を閃かせる。
一体目の腕をかいくぐり、胸へ刃を突き込む。硬いものが砕け、異形の身体が崩れた時には、すでに次の一体へ向かっていた。
アリア「右肩だな!」
青白い雷を纏った切っ先が、二体目の肩を正確に貫いた。
だが、天井を這っていた異形がアリアの頭上へ落ちる。
リゼット「させない!」
銃声が響き、異形の身体が空中で跳ねた。
ヒロ「今のは外れた! コアは腹の奥だ!」
リゼット「一発で当てるのは無理でしょ!」
着地した異形が、長い腕を伸ばしてリゼットへ襲いかかる。
ヒロは横向きの重力を叩きつけ、その身体を岩壁へ押しつけた。散らばった魔力の中心を探り、腹の一点だけへ力を絞る。
鈍い音とともにコアが潰れ、異形の腕が力を失った。
ヒロ「これで三体!」
アリア「数える余裕があるなら、後ろを見ろ!」
振り向くと、黒い鉱石に覆われた腕が目前まで迫っていた。
ヒロは自分の身体を軽くし、石床を蹴る。爪の上を飛び越えながら刀を振り下ろし、異形の背中を斬り開いた。
ヒロ「腰の中央!」
リゼットの弾丸が、露出したコアを撃ち砕く。
残る二体が同時に迫った。ヒロは片方の動きを重力で止め、もう片方をアリアへ任せる。
何度も魔力を探り続けたせいか、頭の奥が熱を持ち、視界の端が僅かに揺れた。
アリア「無理に両方を見るな。こちらは私が倒す!」
雷鳴が通路を震わせる。
ヒロは目の前の一体だけへ意識を絞った。黒い鉱石の奥に隠れたコアを捉え、握り潰すように重力を集中させる。
最後の二体がほぼ同時に倒れ、通路へ静けさが戻った。
リゼット「七層に入ってから、休む暇もないんだけど……」
ヒロ「猿のやつ、よくこんな所を進めたな」
アリア「小さな横穴を使っているのだろう。私たちより、魔物を避けるのは容易なはずだ」
三人は短い休憩だけを取り、再び歩き始めた。
その後も二度、異形の群れに襲われた。コアの位置は分かっても、数が多ければ簡単には倒せない。アリアの呼吸は次第に荒くなり、リゼットが弾を込め直す指にも疲れが滲んでいた。
ヒロも魔力を探るたび、頭痛が強くなっていく。
それでも、鉱石猿の跡を見失わないよう進み続けた。
やがて長い通路の先に、下へ続く石段が現れた。
周囲には冒険者の目印も、引き返せという警告もない。ただ、足跡だけが暗い階段へ続いている。
アリア「この下が八層だ」
アリアは細剣を握り直し、二人の顔を見る。
アリア「降りたら、まず安全を確かめる。勝手に先へ進むな」
リゼット「もう勝手に進む元気なんて残ってないわよ」
ヒロ「同じく」
三人は慎重に石段を下りた。
八層へ足を踏み入れても、襲ってくる魔物はいない。
広い通路には黒い岩柱が並び、その先は静かな闇に沈んでいた。
七層で絶えず聞こえていた呻き声も、硬い爪音もない。
何もいない。
不自然なほどに、八層は静まり返っていた。
三人は足音を殺し、八層の奥へ進んだ。
黒い岩柱の間を何度曲がっても、魔物の姿はない。鉱石猿の足跡は硬い石床の上で途切れ、頼りになるものは、僅かに残った灰色の毛だけだった。
リゼット「静かなのは助かるけど、逆に落ち着かないね」
ヒロ「七層より安全、ってことはないよな」
アリア「ああ。気を抜くな。何かがいる」
岩柱に囲まれた広間へ出た時、ヒロは足を止めた。
周囲に、弱い魔力の反応がいくつも灯る。
一つ、二つではない。
ヒロ「囲まれてる!」
岩柱の陰から、人に似た細長い影が姿を現した。
二本の脚で立っているが、膝は逆向きに折れ曲がり、四本の腕が地面へ届くほど垂れている。顔には目も鼻もなく、白い皮膚の中央だけが縦に裂けた。
七層までの異形とは、まるで形が違う。
岩壁だけでなく、天井からも同じ影が這い出してくる。
アリア「背中を合わせろ!」
三人が向きを変えるより早く、異形の群れが一斉に飛びかかった。
アリアの細剣が一体の腕を斬り払い、リゼットの弾丸が別の一体を撃ち抜く。ヒロはコアを探るが、動きが速すぎて反応を捉えきれない。
ヒロ「右のやつは頭! 天井のは腹です!」
リゼット「どっちから撃てばいいのよ!」
迷った一瞬に、天井から伸びた腕が魔力銃を弾いた。
リゼットの手を離れた銃が石床を滑る。
リゼット「あっ!」
ヒロはリゼットの前へ入り、振り下ろされた爪を刀で受け止めた。別の一体が横から迫り、アリアが雷で押し返す。
だが、倒した数よりも、岩柱の陰から現れる数の方が多い。
アリア「このままでは押し切られる!」
その時、広間の奥から鋭い声が飛んだ。
男「伏せろ!」
三人が身を屈める。
直後、渦巻く風が頭上を駆け抜けた。異形たちの身体が次々と宙へ浮き、広間の中央へ引き寄せられていく。
通路の奥に、外套を纏った男女が立っていた。
男は片手で風を操りながら、隣に立つ女へ視線だけを送る。
男「合わせろ」
女「もうやってる!」
女の指先から放たれた炎が、渦巻く風へ流れ込んだ。
二人の魔法が重なった瞬間、炎を孕んだ竜巻が広間を埋める。巻き込まれた異形たちの身体が宙でぶつかり合い、体内のコアが次々と砕けていった。
炎が消える頃には、立っている魔物は一体もいなかった。
ヒロは刀を構えたまま、二人を見つめた。
ヒロ「助かりました。ありがとうございます」
女「いいって、いいって。それよりさ、七層からずっと魔物の死体ばっかりで、誰がやったのかと思ってたけど……君たちかー!」
女は焼け焦げた異形を気にする様子もなく、ヒロたちを順番に見た。
男「これだけの数を三人で倒してきたのか。なかなかの力だな」
声にも表情にも、先ほどまで戦っていた緊張は残っていない。
ヒロ「俺はロイです。こっちはレナとリゼット。二人は?」
男「カイルだ。こいつは妹のセラ」
セラ「よろしく。まさか八層で他の冒険者に会えるとは思わなかったよ」
アリア「私たちもだ。二人だけでここまで来たのか?」
カイル「ああ。最近、この迷宮の様子がおかしいと聞いてな。調べに来た」
ヒロがさらに話を聞こうとした時、カイルたちの背後で岩柱が弾けた。
隠れていた異形が、四本の腕を広げてセラへ飛びかかる。
ヒロ「後ろ!」
セラは振り返らなかった。
ヒロを見たまま片手だけを後ろへ向け、指先から細い炎を放つ。
炎は異形の額を貫き、その奥にあったコアを一撃で焼き砕いた。
異形が、セラの背後へ崩れ落ちる。
セラ「このくらいなら、大丈夫!」
そう言って笑うセラは、最後まで一度も背後を振り返らなかった。




