44話:異形の核
闇の奥から、三体の異形が姿を現した。
どれも四本脚で石床を這い、背中の長い腕を壁へかけている。胸の口から黒い液体を垂らし、互いを押し退けるように迫ってきた。
アリア「ヒロ、二体を止めろ! 一体ずつ仕留める!」
ヒロ「やってみる!」
ヒロは先頭の一体へ重力を集中させた。
異形の四肢が石床へ沈む。続いて隣の一体にも重力を広げるが、二体を同時に押さえた途端、頭の奥が締めつけられるように痛んだ。
三体目が壁を蹴り、重力の範囲を飛び越えてくる。
リゼット「こっちは任せて!」
魔力銃の弾丸が、異形の胸に開いた口へ飛び込んだ。
巨体がよろめいた隙に、アリアが細剣を突き立てる。青白い雷が身体を駆け抜け、背中の腕が力なく垂れた。
アリア「浅いか!」
異形は倒れない。
裂けた胸から黒い鉱石が伸び、弾丸と細剣で開いた傷を埋めていく。
ヒロ「また再生するぞ!」
押さえつけていた一体が長い腕を床へ突き立て、無理やり身体を持ち上げた。もう一体も脚を折り曲げながら、少しずつヒロへ近づいてくる。
二体へ広げた重力が、少しずつ押し返されていく。
ヒロは一体への力を解き、自分の身体を軽くした。直後、自由になった異形の腕が横薙ぎに振るわれる。床を蹴って飛び退くと、長い指が背後の岩柱を抉った。
リゼット「ヒロ、後ろ!」
振り返る間もなく、胸の口が背後から迫る。
ヒロは刀を抜き、開いた口へ切っ先を向けた。同時に横向きの重力を叩きつける。異形の巨体が軌道を変え、もう一体を巻き込んで岩壁へ激突した。
岩壁へ叩きつけられた異形が、折れた脚を鉱石でつなぎながら立ち上がる。黒い鉱石が、壊れた身体を無理やり動かしているようだった。
アリア「ならば、再生できなくなるまで壊す!」
アリアが再び踏み込んだ。
振り下ろされた長い腕をかわし、細剣で胸を深く斬り開く。その傷口の奥で、拳ほどの黒い塊が一瞬だけ脈打った。
周囲に生えた鉱石よりも強い魔力が、そこへ集まっている。
ヒロ「アリア、今の場所をもう一度!」
アリア「何か見えたのか?」
ヒロ「胸の奥に、魔力が集まってる!」
だが、傷が再生するたび、その流れは必ず黒い塊を通っている。心臓のように脈打つたび、砕けた鉱石も裂けた肉も引き寄せられていた。
アリア「ならば、そこを狙う!」
アリアが横へ跳ぶ。
開いた傷が塞がる寸前、リゼットが銃口を向けた。
ヒロ「リゼット、胸の中央! 少し右だ!」
リゼット「見えなくても、当ててみせる!」
銃声が響いた。
弾丸が肉を抉り、その奥にあった黒い塊を砕く。
異形の身体が大きく跳ねた。伸びかけていた鉱石が崩れ、長い腕と四本の脚が同時に力を失う。
今度は傷が塞がらない。
リゼット「止まった……?」
ヒロ「あの黒い塊だ。あれを壊せば倒せる!」
アリア「再生も止まっている。あれが異形を動かす核か」
リゼット「だったら、次からそのコアだけ撃てばいいのね」
先ほど倒した一体も、胸を内側から吹き飛ばしたことで、偶然コアまで壊していたのだ。
だが、残る二体はすでに重力を振り切っていた。
一体がアリアへ飛びかかり、もう一体は背中の腕を伸ばしてリゼットを狙う。
アリア「位置は分かるか!」
ヒロは迫る異形へ意識を向けた。
全身に散った魔力の流れを追う。その中心に、一か所だけ濃く固まったものがある。
ヒロ「そいつは腹の左側だ!」
アリアは長い腕を潜り抜け、示された場所へ細剣を突き込んだ。
アリア「雷穿!」
雷撃とともに硬い何かが砕ける音がした。
異形は一歩も進めないまま、アリアの足元へ崩れ落ちた。
最後の一体が、リゼットの目前まで腕を伸ばしていた。
リゼット「ヒロ、こいつはどこ!?」
リゼットは魔力銃で長い指を受け止めながら後ずさる。
ヒロは異形へ手を向けた。だが、魔力の反応を探ろうとしても、身体の各所から突き出した鉱石が邪魔をして位置を絞れない。
ヒロ「少しだけ止めてくれ!」
リゼット「簡単に言わないでよ!」
リゼットが銃身を跳ね上げ、腕を逸らす。
異形の胸が開いた瞬間、アリアの斬撃が脇腹を裂いた。体内を走る黒い鉱石が露出し、その全てが背中の一点へつながっている。
ヒロ「見つけた。背中の真ん中だ!」
ヒロは一点だけへ重力を集中させた。
鈍い音とともに異形の背中が陥没する。内側のコアが砕け、振り上げられていた腕が石床へ落ちた。
三体目が動かなくなったのを確かめ、ヒロは大きく息を吐く。
リゼット「最初からそれが分かってたら、弾を何発も使わずに済んだのに」
ヒロ「俺だって今、分かったんだよ」
アリア「言い争うのは後だ。位置が個体ごとに違うなら、ヒロの感覚が頼りになる」
砕けたコアは魔力蓄積石と違い、すぐに光を失って砂のように崩れた。正体は分からないまま、三人は六層を進んだ。
その後も異形は何度か現れた。
傷を塞ぐ鉱石の流れを見て、ヒロが魔力の集中する場所を探る。位置が分かれば、アリアの細剣もリゼットの弾丸も確実にコアを捉えた。
戦うたび、倒すまでにかかる時間は短くなっていった。
やがて、通路の先に下り階段が現れた。
脇の岩壁には、引き返すよう警告する古い文字が刻まれている。地面に残る鉱石猿の足跡は、迷うことなく階段の下へ続いていた。
アリア「ここから先は七層だ。地図はない」
ヒロ「行こう。追いつけるうちに」
リゼット「ここまで来て、私だけ戻るなんて言わないからね」
アリア「ああ。だが、これまで以上に私から離れるな」
三人は七層へ足を踏み入れた。
黒い岩壁には太い鉱石の筋が血管のように走り、足元から微かな振動が伝わってくる。六層まで残されていた目印は一つもなく、枝分かれした通路の先は濃い闇に沈んでいた。
リゼット「七層って、こんな場所なの?」
アリア「私も入るのは初めてだ。記録で読んだ様子とも違う」
少し進んだだけで、前後の横穴から三体の異形が飛び出した。
六本の腕を持つもの、黒い鉱石に半身を覆われたもの。六層にいた個体よりも、さらに形が歪んでいた。
アリア「前は私が止める。後ろを頼む!」
アリアが前方の異形と斬り結ぶ。
ヒロは後ろから迫る一体へ意識を集中させた。六層で何度も魔力の流れを追ったおかげか、今度は露出した鉱石を見なくても、ぼんやりと熱を持つ場所が浮かぶ。
ヒロ「リゼット、右肩の下!」
リゼット「そこね!」
一発の銃声。
弾丸は異形の右肩を貫き、奥のコアを正確に撃ち砕いた。
その頭上から、三体目がヒロへ飛びかかった。
刀で爪を受け止める。押し潰されそうになりながら魔力を探ると、異形の首の根元でコアが脈打っていた。
ヒロ「そこか!」
一点へ絞った重力が、体内のコアだけを押し潰す。異形は糸が切れたようにヒロの横へ崩れ落ちた。
振り返ると、アリアが相手の腕を斬り落としている。
アリア「ヒロ!」
ヒロ「胸じゃない。腰の中央です!」
アリアは異形の懐へ入り、腰へ細剣を突き立てた。放たれた雷がコアを砕き、巨体が崩れ落ちる。
二体を倒した直後、さらに奥から複数の呻き声が響いた。
ヒロは刀を構え、暗闇の中へ意識を研ぎ澄ます。
目にはまだ何も見えない。
それでも、闇の向こうに灯るいくつものコアだけは、はっきりと感じ取れた。




