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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
2章

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43話:六層の異形

 石室で一晩休んだヒロが目を覚ますと、焚き火は小さな赤い光だけを残していた。

 鉄扉のそばでは、最後の見張りをしていたアリアが細剣の手入れをしている。リゼットは外套に包まり、魔力銃を抱えたまま眠っていた。


ヒロ「交代してから、ちゃんと寝ました?」


アリア「十分休んだ。それより、起きたなら食事にするぞ」


 その声に反応して、リゼットが勢いよく身体を起こした。


リゼット「起きてた! 今、起きるところだったから!」


ヒロ「誰も何も言ってないけど」


リゼット「顔が言ってたの!」


 三人は硬いパンと乾燥肉で簡単に腹を満たした。

 リゼットは残った弾を数え、ヒロは刀を腰へ戻す。だが、外套の内側へ手を伸ばす癖だけは抜けず、何もないことを確かめては落ち着かない気分になった。


リゼット「そんなに気になる?」


ヒロ「そりゃ気になるよ。あの猿、壊したりしてないよな」


リゼット「魔力蓄積石が目当てなら、食べたりはしないと思うけど」


アリア「噛み砕こうとする可能性はあるな」


ヒロ「アリアまで不安を増やさないでください」


アリア「あり得ることを言っただけだ」


 石室を出ると、五層は前日と変わらず静かだった。

 通路の幅は広く、黒い岩壁には過去の冒険者が残した目印が刻まれている。時折、小さな鉱石鼠が岩陰を走る程度で、襲いかかってくる魔物はほとんどいない。

 三人は壁の穴と地面に残る小さな足跡を確かめながら進んだ。


リゼット「毎晩、ミナトたちと何を話してるの?」


ヒロ「その日にあったこととか。大した話じゃないよ」


リゼット「じゃあ、一日くらい連絡できなくても平気じゃない?」


ヒロ「向こうには、俺が無事か確かめる方法があれしかないんだ」


 リゼットは少しだけ黙り、それから前を向いた。


リゼット「だったら、さっさと取り返さないとね。あれを動かしたのは私なんだから」


ヒロ「頼りにしてる」


リゼット「そこは任せなさい」


アリア「二人とも、足元を見ろ」


 アリアが示した先には、灰色の毛が数本落ちていた。その横には、鉱石猿のものらしい足跡が続いている。

 足跡は五層の奥にある石段へ向かっていた。


アリア「六層は地図が作られている最後の階層だ。ここから先は、今まで以上に警戒しろ」


 石段を下りるにつれ、空気が冷たく湿っていく。

 六層へ足を踏み入れた直後、低い唸り声とともに巨大な影が突進してきた。

 全身を岩のような甲殻に覆われた熊型の魔物だった。


アリア「岩甲熊だ! 正面から受けるな!」


 ヒロは咄嗟に重力を強めた。

 岩甲熊の前脚が石床へ沈む。だが、動きは止まらない。太い爪で床を削りながら、力ずくで距離を詰めてくる。


ヒロ「こいつも止まらないのか!」


リゼット「撃つ!」


 弾丸が額へ命中したが、甲殻を僅かに欠けさせただけだった。

 アリアが横へ回り込み、雷を纏わせた細剣を脇腹へ突き立てる。青白い光が弾けても、岩甲熊は倒れず、巨大な腕を振り回した。

 アリアは身を屈めてかわし、ヒロへ叫ぶ。


アリア「壁へ寄せろ!」


 ヒロは重力の向きを横へ傾けた。

 岩甲熊の巨体が岩壁へ叩きつけられる。身動きが止まった一瞬、アリアの細剣が甲殻の隙間を貫き、リゼットの二発目が開いた口へ飛び込んだ。

 岩甲熊は重い音を立てて倒れた。


ヒロ「六層に入ったばかりで、これか……」


アリア「ああ。明らかに強くなっている」


 その時、岩柱の向こうから何かを引きずる音がした。

 魔力灯を向けると、人間に似た長い指が岩柱の縁へゆっくりとかかった。


 五本の指が岩柱を掴み、その奥から異様な身体が這い出してきた。

 獣のような四本脚。頭があるはずの場所には何もなく、盛り上がった肩だけが左右へ揺れている。

 背中からは人間に似た長い腕が二本伸び、胸の中央には縦に裂けた巨大な口が開いていた。歯の隙間から黒い液体が垂れ、皮膚を突き破るように黒い鉱石が生えている。


ヒロ「……何だ、あれ」


アリア「分からない」


ヒロ「アリアも知らないのか?」


アリア「ああ。あんな魔物は見たことがない」


 異形は胸の口を震わせ、呻き声とも鳴き声ともつかない音を漏らした。

 その姿を見ていると、ヒロの脳裏に巨大な蜘蛛の腹に浮かんでいた、苦しげな人間の顔が蘇る。


ヒロ「グラナ鉱洞で戦ったやつに似てる」


リゼット「似てるって、蜘蛛には見えないけど」


ヒロ「形じゃない。普通の生き物を、無理やり壊して作り直したみたいなところが」


アリア「私も同じことを考えていた。だが、あれは蜘蛛型のユニークだった。こいつが何なのかは分からない」


 異形の四本脚が石床を蹴った。

 頭のない身体からは想像できない速さで、一気にヒロとの距離を詰める。


ヒロ「沈め!」


 重力が異形の背へ襲いかかった。

 四本脚が沈み、石床に亀裂が走る。だが、背中から生えた二本の腕が左右の岩壁を掴み、身体を支えた。


ヒロ「腕で耐えた!?」


アリア「そのまま押さえろ!」


 アリアが駆け込み、岩壁を掴む腕の一本を斬りつけた。

 新しい細剣が黒い皮膚を裂き、青白い雷が傷口へ流れ込む。長い腕が痙攣し、壁から離れた。

 異形の胸が大きく開く。


リゼット「アリア、離れて!」


 銃声が響く。

 弾丸は口の内側へ命中した。黒い液体が飛び散り、異形の身体が後ろへ仰け反る。

 しかし、倒れない。

 傷口の周囲から黒い鉱石が伸び、裂けた肉を塞ぐように絡みついていく。


リゼット「傷が塞がってる!?」


アリア「再生させるな。続けて攻めるぞ!」


 残った腕を振るい、アリアを岩壁へ叩きつけようとする。


ヒロ「させるか!」


 ヒロは重力の向きを横へ変えた。

 腕の軌道が逸れ、長い指がアリアの髪を掠める。アリアは踏み込みを止めず、異形の懐へ潜った。


アリア「雷穿!」


 細剣が胸の口へ深く突き刺さる。

 放たれた雷が全身を駆け抜け、皮膚から突き出た黒い鉱石が次々と弾け飛んだ。

 異形は甲高い悲鳴を上げ、四本脚を暴れさせる。


アリア「まだだ!」


ヒロ「分かってる!」


 ヒロは異形の身体だけへ重力を絞り、さらに力を強めた。

 四本の脚が折れ曲がり、胸が石床へ押しつけられる。


リゼット「これで、終わり!」


 リゼットが三発目を撃ち込んだ。

 細剣の刺さった傷へ弾丸が命中し、異形の胸が内側から弾ける。黒い血を撒き散らしながら、その身体はようやく動きを止めた。

 荒い呼吸だけが通路に残る。


リゼット「今のが、六層に普通にいる魔物なの?」


アリア「いや。少なくとも、この階層の記録にあのような魔物はいない」


ヒロ「じゃあ、七層より下から上がってきた?」


アリア「可能性は高い。迷宮で起きている異変と関係しているかもしれん」


 アリアが異形から細剣を抜く。石床へ広がった黒い血の中で、砕けた鉱石が弱い光を放っていた。


リゼット「……これで、終わり?」


 答えるように、通路の奥から硬い爪音が響いた。

 一つではない。

 闇の中で、胸から漏れる不気味な呻き声がいくつも重なる。


アリア「構えろ。まだ来るぞ」

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