42話:追跡者
鉱石猿の鳴き声が完全に聞こえなくなっても、ヒロはしばらく穴の奥を睨み続けていた。
アリア「ヒロ。急ぐ気持ちは分かるが、あの穴を通るのは無理だ」
ヒロ「……分かってる。正規の道を進もう」
倒した黒殻トカゲから使える素材だけを手早く回収し、三人は二層の奥へ向かった。
やがて見つけた石段を下りると、三層へ出る。
三層は天井が高く、黒い岩柱がいくつも並ぶ広い空間だった。魔力灯を掲げても、その光は天井まで届かない。
リゼット「どこかに、あの猿が通れる穴はないかな」
アリア「探すのは構わない。だが上にも気を配れ」
直後、暗闇から羽音が降ってきた。
鉄のような嘴を持つコウモリの群れが、岩柱の陰から一斉に飛び出す。
ヒロ「まとめて落とす!」
ヒロが頭上へ手を向ける。
広げた重力に捉えられ、十数体の鉄嘴コウモリが次々と石床へ叩き落とされた。以前なら周囲の岩まで砕いていた力を、今は空中の魔物だけへ集中させている。
落ちた魔物をアリアの雷が走り抜け、群れの外へ逃れた数体をリゼットの弾丸が撃ち抜いた。
戦闘は、ほんの数十秒で終わった。
リゼット「便利すぎない? 飛んでる意味がなくなってるよ」
ヒロ「こっちは結構集中してるんだけどな」
アリア「口を動かせるなら、まだ余裕はあるな」
ヒロ「アリアにだけは言われたくないです」
少し進んだ先では、鉱石の殻を背負う巨大な虫が通路を塞いでいた。
リゼットの弾丸も厚い殻に弾かれ、アリアの細剣も表面を削るだけだった。
リゼット「こんなの、どこを撃てばいいの!」
ヒロ「ひっくり返せば、腹は柔らかいかも」
ヒロは巨大な虫へ横向きの重力をかけ、岩壁まで転がした。仰向けになって手足をばたつかせたところへ、アリアが雷を放つ。
柔らかな腹を青白い光が貫き、巨体が動きを止めた。
アリア「判断は悪くない」
ヒロ「珍しく褒めました?」
アリア「珍しく、は余計だ」
リゼット「二人とも、次から撃つ前に作戦を教えてよ。弾がもったいないから」
ヒロ「それはごめん」
その後も、三層では何度も魔物に襲われた。
岩陰に擬態した大トカゲ。
鉱石を背負った巨大な虫。
曲がり角の先で待ち伏せる灰牙狼の群れ。
ヒロが重力で動きを封じ、アリアが雷を纏わせた細剣で急所を貫く。二人の死角へ回った魔物は、後方のリゼットが正確に撃ち倒した。
依頼をこなした一週間のおかげで、声をかけなくても互いの動きが分かるようになっていた。
それでも、現れる魔物はどれも通常より一回り強い。
休憩を挟みながら進み、三層を抜ける頃には、昼を大きく過ぎていた。
リゼット「弾、もう十二発も使ったんだけど」
ヒロ「足りなくなったら、これを使ってくれ」
リゼット「ヒロの荷物に入ってるのも、私が作った弾だからね?」
ヒロ「じゃあ、返す」
リゼット「そういう話じゃない!」
先を歩くアリアの肩が、僅かに揺れた。
リゼット「今、笑った?」
アリア「気のせいだ」
四層へ下りると、地面には鉱石猿のものらしい小さな足跡が残っていた。
足跡は迷いなく、さらに迷宮の奥へ続いている。
ヒロ「間違いない。こっちだ」
アリア「今度は見失わないようにしよう」
だが、追い始めて間もなく、通路の奥から重い足音が響いた。
現れたのは、岩のような角を持つ二体のオークだった。
三人は再び武器を構える。
休む間もなく、四層の戦いが始まった。
二体のオークが、狭い通路を塞ぐように並んで突進してくる。
ヒロは片方へ重力を集中させ、片足だけを石床へ沈めた。体勢を崩した巨体へアリアが駆け込み、細剣を顎の下から突き上げる。
もう一頭が横からアリアを狙う。
リゼット「右から来る!」
銃声とともに弾丸がオークの目へ突き刺さった。
僅かに逸れた突進をアリアがかわし、ヒロが刀を首へ振り下ろす。
硬い皮膚に刃が食い込み、二撃目でオークは石床へ倒れた。
ヒロ「これで、終わり……!」
アリア「いや、まだだ」
岩の陰から、さらに三体が姿を現す。
リゼット「さっきまで二体だったじゃん!」
アリア「文句を言っても減らん。撃て!」
その後も戦闘は途切れなかった。
魔物を倒しては進み、進んではまた足を止める。
鉱石猿の姿は見えない。だが、壁の小さな穴や地面に残る足跡は、確実に下へ続いていた。
四層を抜ける頃には、魔力灯の石が弱まり始めていた。
五層へ下りた三人は、少し進んだ先で古い鉄扉を見つけた。
扉の向こうは小さな石室になっている。奥の壁からは澄んだ水が僅かに流れ、床には過去の冒険者が使った焚き火の跡も残っていた。
魔物の気配はない。入口も一つだけだ。
アリア「今日はここで休む」
ヒロ「でも、鉱石猿はまだ先にいる」
アリア「焦って夜の迷宮を進めば、取り戻す前に私たちが倒れる」
反論できるほど、ヒロにも体力は残っていなかった。
三人は鉄扉を閉め、内側へ岩を置いて固定する。リゼットが小さな火を起こし、乾燥肉と硬いパンを並べた。
リゼット「魔力蓄積石が目当てなら、すぐには壊さないと思うよ」
ヒロ「そうだといいけど」
今頃、ミナトたちは返事を待っているはずだ。
連絡できないと伝えることすらできない。
アリア「必ず取り戻す。それまで、お前の友人なら待っているはずだ」
ヒロ「……ああ」
食事を終えると、リゼットは残った弾を数え、アリアは細剣の刃を確かめた。
ヒロも刀を手入れしながら、閉ざした扉へ何度も目を向ける。
さらに下から、鉱石猿のものらしい甲高い声が微かに響いた。
◇
同じ頃。
鍛冶都市ドルガレムの宿で、一人の男が窓辺に立っていた。
旅人を装った外套の下には、王国の紋章も身分を示す物もない。
バルドを拷問し、ミレイアを血に染めた八星の一人――ルシアン。
背後では、部下が集めた報告書を机へ並べている。
部下「青い髪の女騎士、黒髪の少年、赤い髪の少女。三人組がこの街に滞在していたことは間違いありません」
ルシアン「さてさて。随分と目立っていたようですね」
部下「酒場では、女騎士が地元の男を飲み比べで負かしたと」
ルシアン「追われている自覚が足りないのでしょう?」
責めるような言葉とは裏腹に、ルシアンは楽しそうに微笑んだ。
海を渡ってから、港町、街道沿いの宿、商人の馬車と、僅かな痕跡を一つずつ拾ってきた。
三人は偽名を使っていたが、それぞれの特徴までは隠せていない。
ルシアン「それで、今はどこにいるのでしょう?」
部下「今朝、街を出た姿を番兵が見ております。向かった先も判明しました」
部下が地図を開き、ドルガレムから延びる道の先を指す。
部下「黒鉄の迷宮です」
ルシアンの細い指が、地図に記された迷宮の上へ重なった。
ルシアン「なるほど。ダンジョンですか。」
その口元に、穏やかな笑みが浮かぶ。
ルシアン「ようやく見つけましたよ、朝霧ヒロ」




