41話:迷宮攻略
ドルガレムを発って半日。ヒロたちは、黒い岩山の麓に口を開ける黒鉄の迷宮へ到着した。
石を積み上げた入口の先には、地下へ下る通路が続いていた。
黒鉄の迷宮は、全部で十の階層に分かれている。
一層から六層までは地図も作られ、冒険者が普段から出入りしている。だが、魔物の強さが跳ね上がる七層以降へ足を踏み入れる者は、異変の前からほとんどいなかった。
入口脇に設けられたギルドの詰所で、三人は登録証を差し出した。
係員「今朝戻った一団も、一層で怪我人を出しています。決して無理はしないでください」
アリア「一層で?」
係員「ええ。以前なら三層より下にいた魔物まで、上がってきているようです」
アリアは受け取った簡単な地図を広げ、迷宮の入口へ目を向けた。
アリア「異常を感じたら、すぐに引き返す。二人ともいいな」
リゼット「分かってる」
ヒロ「ああ」
ヒロは腰の刀と、外套の内側に収めたトランシーバーを確かめた。
三人は魔力灯を手に、黒鉄の迷宮へ足を踏み入れた。
内部の壁は、名前の通り黒い金属を混ぜたような色をしていた。灯りを向けるたび、岩肌に埋まった鉱石が鈍く光る。
ヒロとアリアが前に立ち、その数歩後ろをリゼットが魔力銃を構えて進む。
リゼット「私、本当に後ろを歩くだけでいいの?」
アリア「敵を見つけても、勝手に前へ出るな。撃つ時は必ず声をかけろ」
ヒロ「こっちも射線には入らないようにする」
リゼット「そこは絶対にお願い」
通路を進んで間もなく、闇の奥から低い唸り声が響いた。
現れたのは五体の灰牙狼だった。以前、街の近くで戦った個体より一回り大きく、牙も前脚も太い。
アリア「来るぞ」
先頭の一体が石床を蹴った。
ヒロは刀を抜きながら、飛びかかる灰牙狼へ意識を集中させる。
ヒロ「沈め!」
重力が、狙った一体だけにのしかかった。
灰牙狼は空中から石床へ叩き落とされ、四肢を押しつけられる。周囲の床は割れていない。一週間の依頼をこなす中で、力を広げず、必要な場所へ絞る感覚を掴んでいた。
ヒロは踏み込み、灰牙狼の首へ刀を振り下ろした。
刃は硬い毛皮へ食い込み、そのまま滑るように斬り抜ける。
ヒロ「すごいな、この刀……」
アリア「感心するのはあとだ!」
二体が左右から回り込む。
アリアが新しい細剣を真っすぐ突き出すと、刀身に刻まれた細い溝を青白い雷が走った。
放たれた雷は一体の胸を貫き、すぐ横の灰牙狼へも弾ける。二体は声を上げる間もなく石床へ倒れた。
アリア「確かに、以前の剣より魔力を通しやすい」
残る二体のうち一体が、前衛を避けてリゼットへ駆けた。
リゼットは足を開き、銃床を肩へ押し当てる。
リゼット「撃つ!」
鋭い音と青白い光が通路を走った。
鉄の弾丸が灰牙狼の額を撃ち抜き、その身体を後ろへ弾き飛ばす。
最後の一体がヒロへ牙を剥いた。
ヒロは自分の身体にかかる重力を弱め、横へ跳ぶ。軽くなった身体が、灰牙狼の爪を紙一重でかわした。
着地と同時に重さを戻し、その勢いのまま刀を横へ振り抜く。
灰牙狼は数歩進んだところで崩れ落ちた。
静けさが戻った通路で、リゼットが銃口を下ろす。
リゼット「ちゃんと援護できたでしょ?」
アリア「ああ。だが、まだ一層だ」
アリアは倒れた灰牙狼を調べ、僅かに眉を寄せた。
アリア「どれも通常の個体より強い。話に聞いていた以上だ」
迷宮の奥から、別の魔物のものらしい咆哮が響く。
三人は武器を構え直し、さらに深い闇へ進んだ。
一層の奥にある石段を下りると、空気がさらに冷たくなった。
二層は道幅が狭く、左右の壁から黒い鉱石が鋭く突き出している。地図には一本道として描かれていたが、崩れた壁の向こうには獣しか通れないような穴がいくつも口を開けていた。
リゼット「一層だけで五体も出るなんて、やっぱりおかしいよ」
アリア「ああ。以前なら、あの数が群れるのは三層より下だ」
ヒロ「魔物が上へ逃げてきてるってことですか?」
アリア「その可能性もある。だとすれば、下には奴らが避ける何かがいる」
リゼット「安心できる答え、一つもないんだけど」
話している途中、前方の岩陰から石を引っかく音がした。
人の背丈ほどもある黒いトカゲのようなモンスターが、三体続けて這い出してくる。全身を覆う鱗は岩のように厚く、魔力灯の光を鈍く反射していた。
アリア「黒殻トカゲだ。鱗ではなく、脚の付け根を狙え」
言い終えるより早く、一体が突進してきた。
ヒロは正面へ手を向け、重力を強める。
黒殻蜥蜴の腹が石床へ沈んだ。だが、先ほどの灰牙狼とは違い、太い脚を震わせながら前へ進み続ける。
ヒロ「止まらないのかよ!」
アリア「そのまま押さえろ!」
アリアが横から踏み込み、脚の隙間へ細剣を突き立てた。
青白い雷が傷口から体内へ流れ込み、黒殻蜥蜴の巨体が激しく跳ねる。
その背後から、二体目が長い尾を振り回した。
リゼット「アリア、下がって!」
魔力銃が火を噴く。
弾丸は尾の付け根へ命中し、その軌道を僅かに逸らした。アリアの頭を狙っていた尾が壁を打ち、黒い岩片が飛び散る。
アリア「助かった」
リゼット「次の弾を入れる!」
リゼットが銃を開き、空になった薬室へ新しい弾を押し込む。
その隙を狙うように、三体目が岩壁を蹴った。
ヒロは自分の重力を弱め、一気に二人の前へ出る。刀で牙を受けた瞬間、腕が痺れるほどの衝撃が走った。
黒殻蜥蜴が首を振り、ヒロの身体を壁へ叩きつける。
ヒロ「ぐっ……!」
背中に痛みが走る。
同時に外套の内側で留め具が切れ、トランシーバーが石床へ滑り落ちた。
拾おうと手を伸ばすが、目の前では黒殻蜥蜴が再び牙を開いている。
アリア「ヒロ、前を見ろ!」
ヒロは咄嗟に重力を横へ傾けた。
黒殻蜥蜴の頭が引かれ、牙がヒロの肩を掠めて壁へ突き刺さる。空いた脚の付け根へ刀を押し込み、そのまま体重をかけて斬り抜けた。
巨体が倒れる。
その時、視界の端を小さな影が横切った。
灰色の毛。異様に長い腕。猿のような魔物が、落ちていたトランシーバーを両手で拾い上げている。
ヒロ「おい、それを離せ!」
魔物は黄色い目でヒロを見ると、歯を剥き出して鳴いた。
そしてトランシーバーを胸へ抱え、壁に開いた穴へ駆け込む。
ヒロ「待て!」
追いかけようとしたヒロの前へ、傷ついた黒殻蜥蜴が立ちはだかった。
アリアの細剣から雷が迸り、その身体を横から貫く。続けてリゼットの銃声が響き、最後の一体も石床へ沈んだ。
三人はすぐに穴へ駆け寄った。
だが、人一人が通るには狭すぎる。奥は急な斜面になっており、暗闇の向こうから魔物の鳴き声だけが遠ざかっていく。
リゼット「あれ、鉱石猿よ。魔力を帯びた物を巣へ集める習性があるの」
ヒロ「中の魔力蓄積石に気づいたのか」
アリア「この穴は下層へ続いているようだ。正規の通路を進んで追うしかない」
ヒロは暗い穴の先を睨んだ。
トランシーバーがなければ、ミナトたちへ連絡することもできない。
遠くで、猿の甲高い鳴き声がもう一度響く。
元の世界との唯一のつながりは、迷宮のさらに奥へ持ち去られてしまった。




