40話:帰還者
翌日の午後。
ミナトとタスクは、川越駅から少し離れた住宅街を歩いていた。
今朝もヒロへ呼びかけたが、返ってきたのはノイズだけだった。ダンジョンへ入ってから、まだ一度も連絡はついていない。
ミナト「やっぱ、何かあったんじゃねえか?」
タスク「昨日も言いましたが、応答できない状況にいるだけかもしれません。今は、こちらでできることを進めましょう」
ミナト「分かってるけどよ……」
タスク「ヒロ君も、何日か連絡できないかもしれないと言っていたでしょう」
ミナト「分かってる。でも気になるだろ」
タスク「……それは、僕も同じです」
タスクの鞄にも、通信記録と録音機器が入っている。心配しているのは同じだった。
ミナトはポケットの中のトランシーバーを握り、前を向いた。
榊原から教えられた住所は、古い家と新しい住宅が入り交じる一角にあった。瓦屋根の二階建てで、門の脇には柏木と書かれた表札が掛かっている。
ミナト「ここだな」
タスク「いきなり失礼なことを言わないでくださいよ」
ミナト「まだ何も言ってねえだろ」
タスク「言う前に止めたんです」
ミナトが呼び鈴を押すと、しばらくして玄関の扉が開いた。
顔を出したのは、二人と年の近そうな少女だった。見知らぬ男子高校生が並んでいるのを見て、警戒するように目を細める。
小春「どちらさま?」
ミナト「柏木清十郎のことで来た」
タスク「初対面で、家の秘密を聞きに来た人のような言い方をしないでください」
小春「違うの?」
タスク「……ほぼ合っています」
少女は二人をしばらく見比べたあと、玄関を大きく開けた。
小春「榊原さんが言ってた高校生って、二人のことだよね。入って。おじいちゃんが待ってるから」
彼女は柏木小春と名乗った。
案内された和室では、白髪の老人が座卓の前に座っていた。小春の祖父、柏木隆一。清十郎の曾孫にあたる人物だという。
座卓には、数枚の古い写真が用意されていた。
一枚は新聞記事と同じ袴姿の青年。もう一枚には、年を重ねた男が妻と幼い子供の隣に立っている。
小春「こっちが、川越に来てからの清十郎だって」
ミナト「同じ人……だよな」
タスク「面影はあります。ただ、十年分以上に雰囲気が違って見えますね」
若い清十郎の腰にあった刀は、後の写真には写っていなかった。
隆一「遠いところをよく来てくれました。榊原先生から、清十郎の刀を調べていると聞いています」
タスク「突然お時間をいただいて、ありがとうございます」
ミナト「清十郎は、本当に戻ってきたんですか?」
タスク「黒瀬君。もう少し順序というものを――」
隆一「構いません。君たちは、そのことを確かめに来たのでしょう」
隆一は懐かしいものを思い出すように、ゆっくりと目を細めた。
隆一「ええ。清十郎は帰ってきました。明治三十二年に姿を消してから、およそ十年後のことです」
清十郎は、ある日突然、京都の本家へ戻ってきた。
失踪した時に持っていた刀も荷物もなく、身に着けていたのは見たことのない仕立ての服だった。身体にはいくつもの古い傷が増え、顔つきも別人のように変わっていたという。
隆一「最初は、本家の者も清十郎だと分からなかったそうです。けれど、家族しか知らない幼少期の出来事や、屋敷のことをすべて言い当てた。十年分、歳を重ねてはいましたが、本人で間違いありませんでした」
タスク「その十年間、どこにいたのかは分かったんですか?」
隆一「本人は、何度尋ねられても同じことを答えたそうです」
隆一は一度言葉を切り、二人を見た。
隆一「自分は十年間、別の世界で暮らしていた、と」
部屋の空気が変わった。
ミナトとタスクは、声も出せずに隆一を見つめる。
小春だけは何度も聞いた話らしく、二人の反応を不思議そうに見ていた。
タスク「清十郎さんは、その世界について何と?」
隆一「空気には魔力という力が満ち、人々はそれを使って火や雷を起こした。森や洞窟には見たことない化け物がいて、人間ではない種族も暮らしていたと」
ヒロから聞いた話と同じだった。
ミナトが身を乗り出す。
ミナト「他には? 国とか、場所の名前は残ってませんか?」
隆一「私が曾祖父から直接聞いたわけではありませんから、伝わっているのは断片的な言葉だけです。それでも、いくつかは覚えています」
隆一は記憶を探るように、ゆっくりと続けた。
隆一「たしか、レヴァンティアとかという国。」
ミナト「同じだ……」
思わず漏れた声に、タスクがミナトを見る。
タスク「黒瀬君」
小春「同じって、何が?」
ミナト「いや、こっちの話」
小春「ふうん」
小春は納得していない顔をしたが、隆一は話を続けた。
帰還した清十郎の言葉を、当時の人々は誰も信じなかった。十年もの失踪で心を病んだのだと思われ、別の世界の話をすればするほど、周囲から遠ざけられていった。
隆一「医者にも診せられたそうですが、清十郎は話を変えなかった。自分は正気だと、向こうで過ごした十年間は夢ではないと言い続けました」
隆一は、座卓に置かれた写真へ目を落とした。
隆一「柏木家にとっては、世間に知られたくない存在になったのでしょう。やがて療養という名目で京都を離され、本家からも追いやられました」
タスク「それで、川越へ?」
隆一「ええ。こちらにいた縁者を頼ったと聞いています。その後、清十郎は家庭を持ち、今の私たちへつながりました」
刀は異世界に残り、清十郎だけが現実世界へ帰ってきた。
ヒロにも、帰る方法があるかもしれない。
ミナトは逸る気持ちを抑えきれず、座卓へ手をついた。
ミナト「清十郎がどうやって戻ったのか、何か残ってませんか? 手記とか、もっと詳しい話とか」
隆一は申し訳なさそうに首を横へ振った。
隆一「残念ながら、この家にはありません。清十郎は京都を出る時、身の回りの物すらほとんど持たせてもらえなかったそうです」
タスク「では、失われてしまったんですか?」
隆一「いいえ。清十郎が帰還後に書いた手記や、失踪前後の記録は、本家が保管していたと伝わっています。今も残っているとすれば、京都の柏木家でしょう」
タスク「隆一さんは、その資料をご覧になったことは?」
隆一「ありません。若い頃に一度、見せてほしいと頼んだことはあります。ですが、本家は清十郎の一件を蒸し返したくないようで、断られました。今では、ほとんど付き合いも残っていません」
ミナト「京都の本家……」
隆一「清十郎が帰ってきた方法も、そこに記されているかもしれません」
ようやく見つかった、ヒロを元の世界へ帰すための手掛かり。
ミナトとタスクが顔を見合わせた時、小春が二人の間へ身を乗り出した。
小春「ちょっと待って」
その目は、玄関で二人を迎えた時よりも鋭かった。
小春「レヴァンティアって名前、初めて聞いた顔じゃなかった。それに、刀が別の世界へ渡ったって、最初から知ってたみたい」
ミナト「よく見てんな、お前」
小春「その前に教えて。二人は、どうして清十郎の刀を知ってるの?」




