38話:剣研究家
ミナトは声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。
ミナト「……あった。本当にあったぞ」
タスク「ええ。明治三十一年、京都で開かれた刀剣品評会へ出品されています」
記録には、刀の銘だけでなく刃の長さや反りまで細かく記されていた。
その横にあるのは、紙へ刀の形を写し取ったような黒い図だった。
ミナト「この黒いの、なんだ?」
タスク「押形です。刀の形や刃文、茎に刻まれた銘などを写して記録した物ですね」
ミナト「じゃあ、ヒロが持ってる刀と同じか分かるのか?」
タスク「寸法は、本人に測ってもらわないと比べられません。ただ、この珍しい銘が完全に一致しています。同じ刀である可能性は高いでしょう」
タスクは押形と記載内容を一つずつノートへ写していった。
刃長、反り、銘の位置。次にヒロと通信できた時、確認すべきことが増えていく。
ミナト「持ち主の名前は?」
タスク「この目録には載っていません。出品された刀の情報だけです」
ミナト「せっかく見つけたのに、またそこで終わりかよ」
タスク「少なくとも、その刀が明治時代の日本に存在したことは分かりました」
異世界にあった、日本の刀。
それが百年以上前、この国で記録されている。
偶然よく似た武器が作られたのではない。あの刀は間違いなく、現実世界から異世界へ渡った物だった。
しかし、いつ、誰が持ち込んだのかまでは分からない。
二人は目録の題名や橘宗景の名で検索を続けた。
やがてタスクが、一件の研究論文を見つける。
タスク「これを見てください。『近代刀剣資料にみる無名刀工・橘宗景』」
ミナト「思いっきりそいつのことじゃねえか」
論文を書いたのは、榊原征一という刀剣研究家だった。
元博物館学芸員で、明治期の刀剣記録を調べていたらしい。
論文には、宗景の作として確実に確認できる刀は、品評会へ出された一振りだけだと書かれていた。
そして、その所在は現在まで分かっていない。
ミナト「見つかってないって、そりゃ異世界にあったら見つかるわけねえよな」
タスク「図書館では静かにしてください」
ミナト「お前だってちょっと声でかくなってんぞ」
タスクは咳払いをして、論文の末尾を確認した。
所属していた研究会の連絡先が残っている。
ミナト「電話しようぜ」
タスク「いきなり電話で、異世界に刀がありましたと伝えるつもりですか?」
ミナト「じゃあ写真送れば一発だろ」
タスク「写真はありません」
ミナト「あっち、スマホねえもんな」
結局、事情には触れず、橘宗景の刀について調べているとだけ書いてメールを送った。
所有者に関する記録を知らないかと尋ね、見つけた銘を正確に添える。
その夜。
タスクの部屋で、ミナトはいつもの時刻にトランシーバーの送信ボタンを押した。
ミナト「こちらミナト。ヒロ、聞こえるか。どうぞ」
返ってきたのは、微かなノイズだけだった。
時間を置いて何度か呼びかけても、ヒロの声は聞こえない。
ミナト「ダンジョン入ったばっかで、手が離せねえのか?」
タスク「戦闘中か、移動しているのかもしれません。一度応答がないだけで、何かあったとは限りません」
そう答えながらも、タスクはトランシーバーから目を離さなかった。
静かな部屋に、パソコンの通知音が響く。
届いたばかりのメールを開いたタスクが、息を呑んだ。
ミナト「榊原って人からか?」
タスク「はい。明日の午後なら、直接会って話せるそうです。それと――」
タスクは、返信の最後に書かれた一文を読み上げた。
タスク「その刀の最後の所有者なら、心当たりがあります、と」




