36話:銘
ヒロが異世界へ消えてから、ミナトとタスクが一緒にいる時間は増えていた。
元々、二人きりで話すような仲ではない。
だが、異世界とつながるトランシーバーの秘密を知っているのは、現実世界では二人だけだ。
放課後になると、どちらから誘うでもなく、自然と空き教室に集まるようになっていた。
ミナト「なあ、これもう触っても平気か?」
タスク「駄目です。今、接続を確認しているところです」
ミナト「さっきからずっと確認してるだろ」
タスク「黒瀬君が勝手に触るから、余計に時間がかかっているんです」
机の上には、受信機や工具が並べられている。
タスクは通信のたびに周波数や波形を記録していたが、今のところ異世界へつながる仕組みは何一つ分かっていない。
ミナトが暇を持て余して椅子の背にもたれた時、机の上のトランシーバーからノイズが流れた。
ヒロ『こちらヒロ。ミナト、タスク。聞こえるか。どうぞ』
二人は顔を見合わせた。
いつも通信が来る時間より、かなり早い。
ミナトはすぐにトランシーバーを手に取った。
ミナト「聞こえてる。今日は早いな。何かあったのか?」
ヒロ『別に悪いことがあったわけじゃない。明日からダンジョンへ向かうことになったから、その前に話しておこうと思って』
ミナト「なんだよ、驚かせんな。……で、ついに行くのか?」
ヒロ『ああ。黒鉄の迷宮ってところだ。今日、必要な武器も揃えた』
ヒロは、ロッカスに案内された地下の武器屋で装備を買ったことを話した。
アリアは雷を通しやすい細剣を選び、ヒロも新しい武器を手に入れたという。
ミナト「お前はどんな剣にしたんだ? やっぱ異世界っぽいでかいやつ?」
ヒロ『いや。刀だ』
ミナト「……は?」
タスク「今、刀と言いましたか?」
ヒロ『言った。日本刀と同じに見える。何代も前に、旅人がその店へ置いていったらしい』
さっきまで椅子へもたれていたミナトが、勢いよく身を起こした。
ミナト「異世界に日本刀があったってことか?」
ヒロ『たぶん。だから、昔にも俺と同じように日本から来た人がいたんじゃないかと思ってる』
タスク「刀だけが何らかの理由で渡った可能性もあります。まだ、その旅人が日本人だったとは限りません」
ミナト「でも、十分手掛かりにはなるだろ」
タスク「ええ。刀について、他に分かることはありませんか?」
ヒロ『店主も由来までは知らなかった。売れないまま、ずっと店のお守りみたいに残ってたらしい』
タスクは顎へ手を当て、少し考え込んだ。
タスク「刀身ではなく、柄に隠れている部分を確認してみてください」
ヒロ『柄の中?』
タスク「はい。そこに、刀を作った人物の名前が残っているかもしれません」
ヒロ『でも、柄で隠れてたら見えないぞ』
タスク「柄を外すんです。刀身の根元から柄の中へ収まっている部分を、茎といいます。そこに刀工の名前などを刻んだ銘が入っている場合があります」
ミナト「よくそんなこと知ってんな」
タスク「以前、刀を分解して手入れする動画を見たことがあるだけです」
タスクは記憶を頼りに、柄を固定している目釘の場所をヒロへ伝えた。
通信の向こうで、ヒロがリゼットへ声をかける。
少しして、金属の道具が触れ合う音が聞こえてきた。
リゼット『これを抜けばいいの?』
タスク「強引に引き抜かず、細い棒のような物で反対側から押してください。どうぞ」
ヒロ『分かった。……抜けた』
続いて柄を外す方法を伝える。
しばらく苦戦する声が続いたあと、小さく何かが外れる音がした。
ヒロ『取れた。黒っぽい金属の部分が出てきた』
タスク「それが茎です。何か刻まれていませんか?」
ヒロ『ちょっと待ってくれ。錆びてるけど……文字がある』
ミナト「読めるか?」
ヒロ『武州……住人。橘、宗景作』
タスク「武州住人、橘宗景作……ですね」
タスクはすぐにノートへ書き留めた。
その横では、ミナトがスマートフォンで検索を始めている。
ミナト「たちばな、むねかげ……っと。駄目だ。それっぽいのが出てこねえ」
タスクもパソコンを開き、銘をそのまま入力した。
区切り方や読み方を変え、刀工名だけでも調べる。
しかし、表示されるのは関係のない人物や、名前の一部が似ている刀ばかりだった。
タスク「記録がインターネット上にないのかもしれません」
ミナト「こんだけ古そうな刀なら、昔の本とかには載ってんじゃねえの?」
タスク「古い刀工名鑑や郷土資料なら、可能性はあります」
ミナト「そういう本、どこにあるんだ?」
タスクは少し考えてから、検索画面へ目を戻した。
タスク「国立国会図書館でしょうか。一般の図書館にはない古い資料も所蔵されています」
ミナト「じゃあ、今から行こうぜ」
タスク「今から向かっても、着く頃には閉まっていますよ」
ミナト「なら明日だな。学校休んで行くぞ」
タスク「明日、学校を休むんですか?」
ミナト「ヒロはダンジョン行くんだぞ。俺らもそれくらいしねえと釣り合わねえだろ」
タスク「比較することではありません」
呆れた声を出しながらも、タスクは図書館までの経路を調べ始めていた。
ヒロ『悪い。二人とも、その刀工について調べてもらえるか? この刀を持ってきた旅人のことも分かるかもしれない』
ミナト「任せろ。何か見つけたら、明日の通信で教える。どうぞ」
タスク「ダンジョンへ行くなら、そちらも気をつけてください。どうぞ」
ヒロ『ああ。頼んだ。どうぞ』
それを最後に、通信は途切れた。
タスクがパソコンを閉じ、机の上を片づけ始める。
ミナト「で、明日は何時に待ち合わせる?」
タスク「……僕も行くことになっているんですか?」
ミナト「もう経路調べてただろ」
タスクは返事の代わりに、深いため息をついた。




