35話:刀
翌朝。
宿を出たヒロたちを待っていたのは、壁にもたれて腕を組むロッカスだった。
アリア「早いな。約束の時間より前だが」
ロッカス「案内する俺が先に待つのは当然だろ」
昨日、あれだけ飲んで倒れたとは思えないほど元気だ。
リゼット「二日酔いじゃないの?」
ロッカス「このくらい、どうってことねえ!」
そう言いながらも、大声が頭に響いたのか一瞬だけ顔をしかめる。
三人は彼の案内で武器屋の並ぶ大通りへ向かったが、ロッカスはどの店にも入らず通りを抜けていった。
ヒロ「武器屋に行くんじゃないのか?」
ロッカス「表の店も悪くねえが、姐御にはもっといい場所を案内してやる」
連れてこられたのは、大通りから離れた細い路地裏だった。
建物の隙間を進んだ先に、看板のない鉄の扉があった。
リゼット「……ここ?」
ロッカス「知る人ぞ知る名店だ」
ヒロ「その言い方、余計に不安になるな」
ロッカスが扉を三度叩くと、内側から鍵が開き、地下へ続く暗い階段が現れた。
アリア「ロッカス。昨日の仕返しではないだろうな?」
ロッカス「姐御にそんなことするかよ!」
アリアは細剣の柄へ手を添え、ヒロとリゼットも警戒しながら階段を下りる。
だが、地下にあったのは怪しい取引場などではなかった。
魔力灯に照らされた広い店内には、剣や槍、斧が種類ごとに整然と並べられている。床に埃はなく、壁に掛けられた武器も一本ずつ丁寧に手入れされていた。
奥では、白い髭を編んだ老ドワーフが剣を研いでいた。
店主「朝からうるさいと思えば、お前か」
ロッカス「客を連れてきてやったんだ。喜べよ、ドラン」
ドラン「酒場で負けて倒れた奴が、よく朝から歩けたものだ」
ロッカス「なんで知ってんだよ!」
ドラン「この街で、お前の恥が広まるより速いものはない」
店主のドランは砥石から剣を離すと、ヒロたちを順番に見た。
その鋭い目は、腰の武器だけでなく立ち方や手まで見ていた。
ドラン「細剣使いに、まだ剣へ身体が馴染みきっていない若造。それから――」
ドランの目が、リゼットの背負う魔力銃で止まった。
ドラン「娘。その長い物を見せろ」
リゼット「これ? 私が作った魔力銃だけど」
ドラン「魔力銃だと?」
先ほどまでの無愛想な顔が、一瞬で職人のものへ変わる。
リゼットが渡すと、ドランは銃身と側面の箱を覗き込んだ。
ドラン「ここへ魔力蓄積石を収め、魔力で鉄の弾を押し出すのか」
リゼット「見ただけで分かるの?」
ドラン「分からんから見ている。これは面白い」
そう言いながら、仕組みの大半はすでに見抜いているようだった。
リゼットも嬉しそうに電池や試射の話を始める。
アリア「私たちは武器を選びに来たはずだが」
ヒロ「長くなりそうですね」
ドランは名残惜しそうに魔力銃を返すと、壁から細剣を三本選んだ。
アリアは一本ずつ握り、重さと重心を確かめていった。
ドラン「雷を使うなら、真ん中の物がいい。魔力を通しやすい鉱石を混ぜてある」
アリアが細剣へ僅かに魔力を流す。
刀身の表面を青白い雷が走った。
アリア「いい剣だ」
ドラン「そうだろう。そいつを打ったのは俺だ」
アリアが武器を選ぶ横で、ヒロも店内を見て回った。
長さも厚さも違う剣が何十本と並ぶが、手に取っても、これだと思える一本はない。
ロッカス「でかい斧にしろ。見た目から強そうだぞ」
ヒロ「振り回されるのが俺のほうになるよ」
店の奥へ目を向けた時、隅にある古い木箱の陰で、黒い鞘が微かに光った。
ヒロは木箱の横へ回り込んだ。
そこにあったのは、どの剣とも違う武器だった。
黒い鞘は緩やかに反り、柄には見覚えのある巻き紐と丸い鍔がついている。
ヒロ「……まさか」
鞘を左手で持ち、ゆっくりと抜く。
細い刀身は片側にだけ刃があり、魔力灯を受けて波のような模様を浮かべた。
実物を見るのは初めてだった。
それでも、見間違えるはずがない。
ヒロ「刀だ」
リゼット「カタナ?」
その声に、アリアたちも集まってくる。
ドランはヒロの手元を見ると、僅かに眉を上げた。
ドラン「そいつを知っているのか」
ヒロ「俺の故郷にあった武器と同じです。どうしてここに?」
ドランは少し考えたあと、刀の置かれていた壁へ目を向けた。
ドラン「俺にも詳しいことは分からん。この店を始めたのは、何代も前の先祖だ。店を開いて間もない頃、一人の旅人から譲り受けたと伝わっている」
アリア「その旅人は、どこから来た者だ?」
ドラン「それも残っておらん。名も、どこへ向かったのかもな」
先祖は珍しい剣として店へ並べたが、買おうとする者は現れなかったという。
ドラン「刀身は薄く、力を加えればしなる。片刃でもある。この辺りの剣士には、脆く頼りない剣にしか見えなかったらしい」
リゼット「それで、ずっと売れ残ってたの?」
ドラン「ああ。いつからか売り物ですらなくなった。店と一緒に代々受け継がれてきた、守り札のようなものだ」
ヒロは刀身へ目を落とした。
何代も前の物とは思えないほど綺麗に手入れされている。
ヒロ「ずっと使われてないのに、手入れしてたんですね」
ドラン「使われぬ武器でも、錆びさせるのは職人の恥だ」
ドランの言葉に、ヒロはもう一度刀を構えてみた。
今まで使っていた剣より軽い。わずかに前へ重心があり、両手で柄を握ると不思議なほどしっくりきた。
剣とは扱い方が違う。映画で見ただけの自分に、使いこなせる保証もない。
それでも、手放すという選択肢は浮かばなかった。
ヒロ「ドランさん。これを俺に売ってください」
ドラン「話を聞いていなかったのか。そいつは売り物ではない」
ヒロ「分かってます。でも、この刀を使いたいんです」
ドランは黙ったまま、ヒロを見つめた。
アリア「ヒロ。本当にそれでいいのか?」
ヒロ「うん。刀が弱い武器じゃないことは知ってる。それに……なにか感じるんだ」
目の前にあるのは、トランシーバー以外で初めて見つけた故郷の痕跡だった。
やがてドランが深く息を吐く。
ドラン「武器は、飾られるために作られたのではない」
ドランは刀を受け取ると、刃を確かめて鞘へ納めた。
ドラン「本当にこいつを知る者が現れたのなら、先祖も文句は言わんだろう。持っていけ」
ヒロ「ありがとうございます」
ドラン「ただし、代金はもらう。長年手入れしてきた分も含めてな」
ヒロ「そこはしっかり取るんですね」
ドラン「当然だ」
安くはなかったが、ヒロは迷わず代金を支払った。
アリアも先ほどの細剣を購入し、古い物と替えた。
店を出たあと、ロッカスはヒロの腰に下がる刀を眺めて首を傾げた。
ロッカス「もっと強そうな剣がいくらでもあっただろ」
ヒロ「俺には、これが一番強そうに見えたんだ」
ロッカス「変わった奴だな。まあ、姐御の仲間なら見る目もあるか」
満足そうに頷くロッカスの横で、ヒロは黒い鞘へ手を添えた。
何代も前、この街を訪れたという名も知らない旅人。
刀を持っていたのなら、自分と同じ世界から来た可能性がある。
この世界へ来た日本人は、自分が初めてではないのかもしれない。
新たな疑問は、腰にある刀と同じ重さを持って、静かに残り続けた。




