34話:酒豪の騎士
バルグを出てから三日目の夕方。
ヒロたちは、ようやく鍛冶都市ドルガレムへ辿り着いた。
高い石壁に囲まれた街へ入ると、至るところから金属を打つ音が響いてくる。通りには剣や斧を掲げた店が並び、大きな炉から立ち昇る煙が夕焼けへ溶けていた。
リゼット「見て、あの店! 入口に飾ってある剣、刀身に魔力を通す溝が――」
アリア「武器屋を回るのは明日だ」
店へ吸い寄せられかけたリゼットの肩を、アリアが掴んだ。
リゼット「まだ見るだけって言ってないよ?」
アリア「言う前に止めた。三日も移動が続いたんだ。今日は身体を休める」
ヒロ「もう夕方だし、今から見てもゆっくり選べないだろ」
リゼットは名残惜しそうに店を振り返ったが、さすがに疲れていたのか素直に頷いた。
近くの宿で二部屋を押さえ、荷物を置く。
このまま眠ってしまうには少し早い。せっかく大きな街へ来たのだから、夕食を兼ねて通りを見て回ることになった。
夕暮れの大通りには、巨大な金床を模した噴水や、武器を満載した荷車が並んでいた。鍛冶場の前では、仕事を終えた職人たちが出来上がった剣を自慢し合っている。
リゼットは店先に珍しい武器を見つけるたびに足を止めた。
リゼット「買わなければ、見るくらいはいいでしょ?」
アリア「その言葉を聞くのは四度目だ」
ヒロ「まだ宿を出てから十分も経ってないぞ」
リゼット「だって、見たことない物ばっかりなんだもん」
休むための散策だったはずが、このままでは武器屋巡りになりかねない。
ヒロとアリアは顔を見合わせ、リゼットが次の店を見つける前に食事へ連れていくことにした。
三人が選んだのは、炉の形をした看板が下がる大きな酒場だった。
扉を開けると、酒と焼いた肉の匂いが押し寄せてくる。広い店内は仕事を終えた職人や冒険者で埋まり、怒鳴るような笑い声が飛び交っていた。
リゼット「やっぱりドルガレムに来たなら、炉焼き肉は食べないとね」
ヒロ「名前からして熱そうだな」
アリア「火傷するなよ」
ヒロ「俺だけ子供扱いしてません?」
運ばれてきた肉は、熱した鉄板の上で音を立てていた。
香辛料の効いた肉を頬張り、冷たい果実水で流し込む。アリアとリゼットは、この街で造られているという麦酒を注文した。
三日ぶりに落ち着いて食べる温かい料理に、張りつめていた身体から力が抜けていく。
その時、大きな影が三人のテーブルへ落ちた。
見上げると、丸太のように太い腕を持つ大男が、酒の入った木杯を片手に立っていた。
大男「見ねえ顔だな。男一人で女二人も連れて、ずいぶん楽しそうじゃねえか」
ヒロ「三人で旅をしてるだけです」
リゼット「酔っぱらいに説明する必要ないでしょ」
リゼットが追い払うように手を振る。
しかし大男は気を悪くするどころか、豪快に笑った。
周りの客が面白そうにこちらを見る。
客「またロッカスが始めたぞ」
客「旅人相手に絡むなって」
喧嘩屋ロッカス。
この街では知らない者がいないほど喧嘩が強く、酒場の勝負でも負け知らずらしい。
ロッカス「旅人なら、ドルガレムの流儀を教えてやる。俺と酒の飲み比べをしろ」
ヒロ「俺は酒を飲めません」
ロッカス「なら、そっちの姉ちゃんたちでもいいぜ」
ロッカスはアリアとリゼットを順番に見て、口元を吊り上げた。
ロッカス「俺が勝ったら、姉ちゃん二人には朝まで俺と楽しんでもらう」
ヒロ「ふざけるな。二人を勝手に賭けの景品にするな」
リゼット「誰があんたなんかと!」
ヒロとリゼットが同時に立ち上がる。
その隣で、アリアだけが座ったままロッカスを見ていた。
やがて、静かに麦酒の杯を置く。
アリア「その勝負、私が受けよう」
ヒロ「アリア、本気ですか?」
アリア「ああ。心配するな」
アリアの返事を聞いた店主が、琥珀色の酒を満たした大杯を二つ並べた。
ドルガレムでも特に強い酒らしく、近くにいるだけで鼻を刺すような匂いがする。
店主「倒れたほうの負けだ。無理だと思ったら降参しろよ」
ロッカス「一杯目!」
合図と同時に、ロッカスが大杯を一気に空にした。
アリアも表情一つ変えず、同じ速さで酒を飲み干す。
二杯目、三杯目と空の杯が増えていく。
五杯目を飲み終える頃には、ロッカスの顔は真っ赤になっていた。対するアリアは、普段とまるで変わらない。
リゼット「アリアって、こんなにお酒強かったの?」
ヒロ「俺も初めて知った」
アリア「次を頼む」
ロッカス「ま、まだ飲むのか……?」
アリア「勝負の途中だろう」
六杯目。
アリアが空になった杯を静かに置く。
ロッカスも半分までは飲んだものの、そこで腕が止まった。大きな身体が左右へ揺れ、そのままテーブルへ突っ伏す。
酒場に歓声が響いた。
客「ロッカスが負けた!」
客「しかも、相手は全然酔ってねえぞ!」
しばらくして顔を上げたロッカスは、向かいに座るアリアを呆然と見つめた。
ロッカス「姉ちゃん……。あんた何者だ?」
アリア「ただの旅人だ」
ロッカス「ただの旅人が、こんな飲み方できるかよ」
ロッカスはふらつきながら立つと、アリアへ深く頭を下げた。
ロッカス「俺の負けだ。それと、さっきの賭けは悪かった」
アリア「負けを認めたなら、それでいい」
リゼット「私はまだ少し腹が立ってるけどね」
ロッカス「勘弁してくれ。飯代は俺が払う!」
負けても潔いロッカスに、リゼットも最後には笑っていた。
話してみれば、彼は生まれた時からドルガレムで暮らし、武器街にも詳しいらしい。
ロッカス「お前ら、武器を買いに来たのか。なら明日は俺が案内してやる。姐御に変な店で買わせるわけにはいかねえ」
アリア「助かる。だが、明日の朝までに起きられるのか?」
ロッカス「任せろ!」
胸を叩いた直後、ロッカスは再びテーブルへ倒れた。
本当に起きられるのか不安を残しつつ、三人は酒場をあとにした。
宿へ戻ると、アリアとリゼットは隣の部屋へ入り、ヒロは一人部屋でトランシーバーを取り出した。
ヒロ「こちらヒロ。ミナト、聞こえるか。どうぞ」
ミナト『聞こえてる。ドルガレムには着いたのか? どうぞ』
ヒロ「ああ。着いて早々、アリアが地元の大男と酒の飲み比べをしてた」
ヒロが酒場での出来事を説明すると、通信の向こうでミナトが笑い出した。
ミナト『異世界で女二人連れて酒場に入って、喧嘩を売られたって?アニメみたいなことしてんな』
ヒロ「勝負したのはアリアだけどな。俺は見てただけ」
ミナト『で、その二人ってさ。アリアとリゼットだろ?』
ヒロ「そうだけど」
ミナト『お前、どっちが好みなんだよ』
ヒロ「……何の話だよ」
ミナト『女として。二人とも可愛いんだろ?』
ヒロ「見たこともないのに、よく聞けるな」
ミナト『だから聞いてんだよ。ほら、どっち?』
リゼットは明るくて話しやすい。一緒にいると、自然と空気が軽くなる。
けれど、そういう意味で気になるのはどちらかと問われれば、思い浮かぶのはもう一人だった。
ヒロ「……アリア、かな」
ミナト『ああ、やっぱりな』
ヒロ「やっぱりって何だよ」
ミナト『お前、アリアの話をする時だけ妙に細かいんだよ』
ヒロは何も言い返せなかった。




