32話:初依頼と設計図
翌朝。
ヒロとアリアは、冒険者ギルドの依頼書が並ぶ壁の前に立っていた。
昨日登録したばかりの二人に選べる仕事は、街の雑用や採取、近郊に現れる弱い魔物の討伐が中心だ。
アリア「これがいいだろう」
アリアが一枚の依頼書を剥がす。
内容は、バルグの北にある林で目撃された灰牙狼五体の討伐。報酬は銀貨八枚だった。
ヒロ「灰牙狼って、強いんですか?」
アリア「単独なら新人でも倒せる。群れになると多少厄介だが、今の私たちなら問題ない」
ヒロ「初依頼なのに、ずいぶん自信満々ですね」
アリア「お前がそれを言うのか」
受付へ依頼書と登録証を出すと、女性は二人の名前を確認した。
受付「ロイさんとレナさんですね。灰牙狼の牙を、討伐の証明として持ち帰ってください」
偽名で呼ばれ、ヒロは一拍遅れて頷いた。
アリアが横目で睨んでくる。
アリア「外でその反応をするな。怪しまれるぞ」
ヒロ「まだ慣れてないんですよ、レナさん」
アリア「……その呼び方は妙に腹が立つな」
ギルドを出た二人は、朝の街道を北へ向かった。
林までは歩いて一時間ほど。空は晴れ、海から吹く風が潮の匂いを運んでくる。
ヒロ「アリアさんにも、初めて魔物を討伐した日があったんですよね」
アリア「当然だ。十三の頃、たった一体の角兎を前にして、剣を抜けなかった」
ヒロ「意外です」
アリア「誰にでも最初はある。だからこそ、慣れても油断するな」
ヒロ「はい。でも今日は、アリアさんが隣にいますから」
アリア「……それはこちらも同じだ」
一方、工房ではリゼットが作業台いっぱいに紙を広げていた。
その中央には、ヒロから一日だけ借りたトランシーバーが置かれている。
リゼット「こちらリゼット。タスク、聞こえる? どうぞ」
短いノイズのあと、少し眠そうな声が返ってきた。
タスク『聞こえています。まさか朝から本当に連絡が来るとは思いませんでした。どうぞ』
リゼット「いつでも連絡できるようにって、昨日お願いしたでしょ」
タスク『覚えています。ですが、こちらは休みの日の朝です』
リゼット「ちょうどよかったじゃない。」
タスク『遠慮という概念は、そちらの世界にないんですか?』
文句を言いながらも、タスクは調べておいた情報を順番に読み上げてくれた。
昨夜話した拳銃は持ち運びやすい反面、狙える距離が短く、扱いにも慣れが必要らしい。
リゼット「私は剣で戦えないから、ヒロたちの近くには立たないほうがいいと思うの」
タスク『それなら、遠くの敵を狙う長い銃が向いているかもしれません。ライフルと呼ばれる種類です。どうぞ』
リゼット「ライフル……どのくらい長いの?」
タスク『物によります。少なくとも、昨日ヒロ君が手で形を作っていた物よりは、ずっと長いですね』
リゼットは紙へ長い筒を描き、その後ろに肩へ当てるための台を加えた。
ボルガン「銃身が長けりゃ、加工の誤差も大きくなるぞ」
リゼット「その分、離れた場所から援護できる。前で二人の邪魔をするより、ずっといいでしょ」
ボルガンは唸りながらも、反対はしなかった。
リゼットは再び送信ボタンを押す。
リゼット「タスク。遠くを狙うなら、他に何が必要?」
タスク『狙いを定める照準器と、撃った時に姿勢を崩さない形でしょうか。ただし、こちらの銃をそのまま再現する必要はないと思います』
リゼット「もちろん。作るのは、こっちの世界の銃だから」
炭筆が迷いなく紙の上を走り始めた。
林へ入って間もなく、アリアが足を止めた。
茂みの奥から、獣の低い唸り声が聞こえる。
灰色の毛並みと長い牙。依頼書に描かれていた灰牙狼が、二人を囲むように姿を現した。
数は五体。
アリア「右の二体を任せる」
ヒロ「分かりました」
一体が地面を蹴る。
ヒロは剣を抜くと同時に、自分の身体へ魔力を流した。
飛びかかってきた灰牙狼の横をすり抜け、胴を斬りつける。そのまま踏み込み、続く一体を剣の腹で地面へ叩き落とした。
振り返ると、アリアの細剣はすでに三体目の喉元へ突きつけられていた。
青白い雷が走り、灰牙狼が崩れ落ちる。
ヒロ「もう終わりですか?」
アリア「こちらの台詞だ。二体目まで倒しているとは思わなかった」
ヒロ「少しは褒めてくれてもいいんですよ」
アリア「随分と速くなったな。これで満足か?」
ヒロ「言わせたみたいで、あまり嬉しくないですね」
ヒロが牙を回収していると、背後で小さく息が漏れた。
振り返れば、アリアが口元を押さえている。
ヒロ「今、笑いました?」
アリア「笑っていない」
ヒロ「いや、絶対に笑いましたよね」
アリア「早く戻るぞ、ロイ」
先に歩き出したアリアの横顔には、まだ僅かに笑みが残っていた。
昼を少し過ぎた頃、二人はギルドへ戻った。
受付の女性は二人の姿を見るなり、不思議そうに首を傾げる。
受付「何か問題がありましたか?」
ヒロ「いえ、終わったので報告に来ました」
受付「……終わった?」
ヒロが五本の牙を差し出すと、受付の女性は一本ずつ確かめ、目を丸くした。
受付「確かに灰牙狼の牙です。今朝受けた依頼ですよね?」
アリア「そうだが」
受付「こんなに早く戻る新人は、滅多にいません」
周囲の冒険者からも視線が集まる。
目立たないために偽名を使ったはずなのに、初日から少し目立ってしまった。
ヒロ「次は、もう少しゆっくり帰ります?」
アリア「依頼を早く終えて叱られる筋合いはない」
銀貨八枚を受け取ったアリアは、その半分をヒロの手へ置いた。
アリア「初報酬だ」
ヒロ「二人で稼いだ金って、何かいいですね」
アリア「ああ。明日も働くぞ」
その日の夜。
工房へ戻った二人を、机に突っ伏したリゼットと、大量の紙が待っていた。
リゼット「できた……!」
差し出された設計図には、長い銃身のライフル型の武器が描かれていた。
本体には小型の魔力電池を組み込み、引き金を引くと蓄えた魔力が鉄の弾丸を押し出す仕組みだという。
タスク『安全性までは保証できません。僕は、リゼットさんの説明を整理しただけですからね。どうぞ』
リゼット「すっごく助かった。細かいところまで何度も調べてくれたし」
タスク『質問が二十回を超えたあたりから、数えるのをやめました』
ボルガン「問題は弾だな。同じ大きさの物を、いくつも作らにゃならん」
リゼット「それなら、工房に余ってる鉄の端を使えばいい。いくらでもあるでしょ?」
ボルガン「材料には困らんな」
ヒロ「魔力が切れたら、どうするんだ?」
リゼット「本体の電池に、もう一度誰かが魔力を流し込めばいい。ヒロならできるでしょ?」
ヒロ「たぶん。それなら何度でも使えるな」
アリア「形になってからが本番だ。試射には私も立ち会う」
リゼット「分かってる。まずは明日、この設計図どおりに部品を作ってみる」
紙の上に描かれた長い銃を、五人が二つの世界から見つめる。
まだ一発の弾も撃っていない。
それでも、剣も魔法も使えないリゼットのための新しい武器は、確かに形を持ち始めていた。




