31話:元の世界の武器
その日の夜。
工房の食卓を、ヒロたち四人が囲んでいた。
中央に置かれたのは、一台のトランシーバー。
昨夜初めて会話できたばかりで、今夜もつながる保証はない。
ヒロは時計を確かめ、電源を入れた。
微かなノイズが流れる。
送信ボタンへ指を置いたまま、少しだけ息を整えた。
ヒロ「こちら朝霧ヒロ。ミナト、聞こえるか。……どうぞ」
数秒の沈黙が、妙に長く感じられた。
やがてノイズの向こうから、聞き慣れた声が届く。
ミナト『お、おう。聞こえてる。昨日と同じ声だ』
タスク『ミナト君。「どうぞ」を忘れています』
ミナト『あ、そうだった。聞こえてるぞ、ヒロ。どうぞ』
ヒロ「タスクもいるのか?」
タスク『はい。僕にも、はっきり聞こえています。どうぞ』
ミナト『昨日のあともさ、何かの聞き間違いじゃねえかって何度も思ったんだよ。まだ半分くらい信じられてねえ』
ヒロ「俺も、こうして普通に話せるのが変な感じだよ」
ミナト『なあ。本当にそこ、異世界なんだよな? どうぞ』
ヒロ「たぶんな。少なくとも、日本じゃないのは間違いない」
アリア「昨日も説明したが、ここはドゥルガン大陸のバルグだ。私はアリア。改めてよろしく頼む。どうぞ」
ミナト『……やっぱ、知らねえ女の声が返ってくるんだよな』
リゼット「知らない女って何よ」
ミナト『また増えた!?』
驚く声に、リゼットが楽しそうにトランシーバーへ顔を近づけた。
ヒロ「リゼットだ。魔力電池を作ってくれた職人。今日は工房主のボルガンさんも一緒に聞いてる」
ボルガン「本当に小さな箱から声がしやがる」
ミナト『おっさんまでいる……』
タスク『少なくとも、ヒロ君一人によるいたずらとは考えにくくなりましたね』
ミナト『まだ疑ってたのかよ』
タスク『ミナト君もでしょう』
ヒロ「今日は報告と相談がある。俺とアリア、それからリゼットも冒険者に登録した」
ミナト『リゼットって子も戦えんの?』
ヒロ「いや。剣も魔法も使えない」
リゼット「ちょっと!」
ヒロは、南のダンジョンで魔物の凶暴化が起きていることを二人へ説明した。
異変が転移の時期と重なり、帰る手掛かりがあるかもしれないこと。戦う手段のないリゼットを連れていくのは危険なことも伝える。
ヒロ「だから、リゼットでも使える武器を作れないかって話になった。俺の世界の知識を使って。何か思いつかないか。どうぞ」
少し間が空いたあと、ミナトが迷うように口を開いた。
ミナト『俺らの世界の武器っていったら、やっぱ銃だけど……』
アリア「ジュウ?」
リゼット「それ、どんな武器?」
ヒロは映画で見た拳銃の形を、両手で作ってみせた。
ヒロ「金属の弾を、筒からものすごい速さで撃ち出す武器だ」
アリア「それを戦ったこともない者に持たせるのか?」
ヒロ「作れて、使えるようになればの話です」
アリアが露骨に眉をひそめる一方で、リゼットの目は輝いていた。
リゼット「その弾は、どうやって飛ばすの?」
ヒロ「仕組みは何となく分かるけど、作り方までは……」
ヒロは送信ボタンを押し直した。
ヒロ「ミナト、銃の仕組みをググって教えてくれる? タスクも手伝ってくれ。どうぞ」
ミナト『銃って、お前……簡単に言うなよ!』
タスク『設計図そのものは無理でしょうが、基本構造なら調べられます。少し待ってください。どうぞ』
向こうで椅子を動かす音と、慌ただしくキーボードを叩く音が聞こえ始めた。
話し声とキーボードを叩く音が続いていた。
ミナト『写真ばっかで、どこ読めばいいんだよ』
タスク『僕が要点をまとめます。ミナト君は説明を』
ミナト『面倒なとこ俺じゃねえか』
小声まで筒抜けになり、ヒロは笑った。
待つ間に、リゼットは紙と筆を用意する。
しばらくして、ミナトの声が戻ってきた。
ミナト『待たせた。タスクが調べたのを、俺が説明する。途中で変なこと言ったら止めろよ』
タスク『任せてください』
ミナト『弾が通る金属の筒が銃身。後ろに弾を入れて、引き金を引くと火薬に火がつく。その力が弾を前へ押し出す……らしい。どうぞ』
アリア「全く分からん」
ヒロ「俺は何となく」
リゼット「筒の内側は、ただ真っすぐなの?」
ミナト『え? 筒なんだから真っすぐじゃねえの?』
タスク『待ってください。内側には螺旋状の溝があるそうです。弾を回転させ、軌道を安定させるためだと。どうぞ』
リゼットの炭筆が紙の上を走る。
筒の絵に、断面や小さな部品が加わっていく。
リゼット「続けて何発も撃てるの?」
タスク『複数の弾を入れる仕組みもありますが、構造は複雑です』
ボルガン「まずは一発ずつだ」
ボルガンも身を乗り出し、図を覗き込んでいた。
リゼット「火薬っていうのは、こっちでも作れる?」
ミナト『そこまでは分かんねえ。適当に混ぜたら、普通に爆発するだろ』
タスク『危険です。試すのは勧められません』
ボルガン「筒の中で爆発を起こすなら、少しでも歪みがあれば使い手ごと吹き飛ぶぞ」
アリア「却下だ」
ヒロ「まだ何も作ってませんよ」
アリア「だから今のうちに却下した」
話が止まり、ヒロはトランシーバーへ目を落とした。
中には、リゼットたちが作った魔力電池がある。
ヒロ「爆発させなくても、弾を押し出せればいいんだよな」
リゼット「そうだけど、それだけの力をどうやって……」
リゼットもヒロの視線を追い、目を見開いた。
リゼット「魔力電池……」
ヒロ「俺が魔力を込めて、それを動力にする。引き金を引いた瞬間だけ、一気に力を解放できないかな」
リゼットは紙を裏返し、銃身と魔力電池をつなぐ新しい図を描き始めた。
ボルガン「一度に流す量を間違えれば、石が割れるぞ」
リゼット「流量を絞る。電池は小さくして、交換できるようにする」
アリア「リゼット自身に魔力がなくても使えるのか?」
リゼット「電池に魔力が入っていれば、たぶん。魔道具と同じ仕組みにできる」
図を見直したリゼットの顔から、迷いが消えた。
リゼット「これなら、いけるかもしれない」
タスク『こちらでも、もう少し安全な仕組みを調べておきます。まだ異世界と通信している実感はありませんが……できることはします。どうぞ』
それを聞いていたリゼットが、机の上のトランシーバーへ身を乗り出した。
リゼット「ねえ、ヒロ。明日はこれ、一日私に貸してくれない?」
ヒロ「トランシーバーを?」
リゼット「うん。設計図を描くのに集中したいから、分からないことがあったらすぐに聞けるようにしておきたいの」
リゼットはトランシーバーを手に取ると、送信ボタンを押した。
リゼット「そっちも明日、ミナトかタスクのどっちかが、いつでも連絡を取れるようにしておいてくれない? どうぞ」
しばらく返事がなかった。
微かな物音のあと、ミナトの声が聞こえてくる。
ミナト『タスク、頼んだ』
タスク『なぜ当然のように僕へ押しつけるんですか』
ミナト『こういうの得意だろ。それに、お前のほうが説明も細かいし』
タスク『一日中トランシーバーの前で待機しろということですか……』
通信の向こうから、深いため息が聞こえた。
タスク『まあ、明日は学校もありませんし……仕方ありません。僕が持っておきます。どうぞ』
リゼット「本当? 助かる!」
ヒロ「悪いな、タスク。何かあったらリゼットから連絡すると思う」
タスク『分かりました。ただ、僕も銃に詳しいわけではありませんからね。調べながらになります。どうぞ』
ミナト『じゃあ、明日はタスクに任せた。』
ヒロ「ありがとう。また明日。どうぞ」
ミナト『おう。明日も本当につながるか、まだちょっと疑ってるけどな。……どうぞ』
通信を終えたあとも、リゼットとボルガンは紙を挟んで話し続けていた。
明日、リゼットは工房に残り、タスクたちと連絡を取りながら銃の設計図を作る。
その間に、ヒロとアリアはギルドの依頼をこなし、装備を整えるための金を稼ぐ。
世界を隔てた協力が、まだ手探りのまま動き始めていた。




