30話:冒険者登録
朝食を終えると、ヒロとアリアは冒険者ギルドへ向かうことにした。
リゼットも、案内役として一緒についてくる。
工房を出る前に、アリアは外套のフードを深く被った。
青い髪も、腰に下げた細剣も、その下へ隠している。
リゼット「そんな格好のほうが目立つ気もするけどね」
アリア「……そうか?」
ヒロ「そのままでいきましょう」
朝のバルグは、既に多くの人で賑わっていた。
港から荷を積んだ荷車が石畳を行き交い、道の両側に並ぶ工房からは金属を打つ音が響いている。
冒険者ギルドは、港から少し離れた大通りに建っていた。
大きな石造りの建物で、入口には剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。
扉を開けると、広い室内にはいくつものテーブルが並び、その奥に長い受付台があった。
壁一面に貼られた依頼書の前では、人間やドワーフ、獣の耳を持つ者たちが声を上げている。
ヒロ「本当にゲームで見た冒険者ギルドみたいだ……」
リゼット「げーむ?」
ヒロ「俺の世界の遊び。こういう場所がよく出てくるんだ」
周囲を見回しながら進んでいると、酒を飲んでいた冒険者たちの視線が集まった。
アリアに小突かれ、ヒロは慌てて受付へ向き直る。
受付にいた赤茶色の髪の女性が、三人を順番に見てから一枚の用紙を取り出した。
受付「冒険者登録ですか?」
ヒロ「はい。二人分お願いします」
そう答えかけて、ヒロは隣にいるリゼットを見た。
ヒロ「どうせなら、リゼットも登録する?」
リゼット「私も?」
ヒロ「登録証があれば、これから役に立つかもしれないし。せっかく来たんだから」
リゼットは少し迷ったあと、受付の向こうにある依頼書へ目を向けた。
リゼット「……じゃあ、私も登録する」
受付「では、三名ですね。お名前からお願いします」
ヒロとアリアは一瞬だけ目を合わせた。
王国から離れたとはいえ、二人の名が追っ手に知られている可能性は高い。
ここへ来るまでに決めておいた偽名を口にする。
ヒロ「ロイです」
アリア「レナだ」
リゼット「リゼット」
受付「出身地と所属は?」
ヒロ「中央大陸の小さな村です。所属はありません」
アリア「私も同じだ」
リゼット「私はこの街。ボルガン工房で働いてる」
アリアの答えに、受付の女性が顔を上げた。
どう見てもヒロと同じ村の出身には見えない。
受付「お二人はご一緒に?」
ヒロ「はい。村を出てから、ずっと」
咄嗟に答えると、受付の女性はそれ以上追及せず、用紙へ書き込んだ。
冒険者には、過去を語りたがらない者も多いのかもしれない。
受付「最後に魔力出力を測定します。結果は、受けられる依頼を決める際の参考となります」
受付の奥から、二人の職員が丸い石板を運んでくる。
中心には、青い石が埋め込まれていた。
ヒロには見覚えがある。
ミレイアで初めて魔力を調べた時に使った物と、ほとんど同じだった。
受付「この石へ手を置き、ゆっくり魔力を流してください」
ヒロが石板へ近づこうとすると、アリアが外套の下から腕を伸ばして制した。
アリア「私が先にやる」
すれ違いざま、アリアが小さな声で告げる。
アリア「ヒロ。絶対に本気で流すな」
ヒロ「分かってます」
アリア「お前の分かっているは、信用できない」
ヒロ「一回しか壊しかけてないじゃないですか」
アリア「一回でも十分だ」
アリアは石板へ手を置くと、静かに魔力を流した。
中心の石が青く輝き、刻まれた紋様の半分ほどまで光が広がる。
受付「魔力出力は、B等級相当です」
近くにいた冒険者たちが僅かにざわめいた。
続いて、ヒロが石板へ手を置く。
以前は加減が分からず、測定具を眩しく光らせてしまった。
だが、今なら流す魔力の量を自分で調整できる。
アリアが流した量を思い出しながら、慎重に魔力を押し出した。
中心の石から青白い光が広がり、僅かに白銀へ変わりかける。
その瞬間、ヒロは魔力を止めた。
受付「こちらも、B等級相当ですね」
ヒロ「同じなんですね」
アリア「偶然だな」
アリアは真顔で答えた。
もちろん、偶然ではない。
二人とも目立たない程度まで、意図的に出力を抑えただけだ。
受付「では、最後にリゼットさん」
リゼット「先に言っておくけど、私は期待しないでね」
リゼットが石板へ手を置き、唇を結んだ。
しばらくして、中心の石が薄く光る。
しかし、その光は最初の紋様へ届く前に消えてしまった。
受付「魔力出力は、E等級相当です」
リゼット「うん。知ってた」
ヒロ「魔道具を作れるのに、魔力は少ないんだ」
リゼット「魔道具を作る技術と、魔法の適性は別なの。だから私、魔法も使えないし」
受付の女性は三枚の小さな金属板へ、それぞれの名前を刻んだ。
受付「こちらが冒険者登録証です。依頼を受ける時と、達成報告の際に提示してください」
ヒロは渡された登録証を持ち上げる。
表面には、ロイという見慣れない名前が刻まれていた。
ヒロ「これで俺も冒険者か……」
リゼット「偽名だけどね」
ヒロ「小声で言ってくれ」
登録を終えた三人は、依頼書が貼られた壁の前へ移動した。
薬草の採取、荷物の護衛、街道に現れる魔物の討伐。
文字はまだ十分に読めないため、横からアリアが内容を説明してくれる。
ヒロ「まずは、今の装備でもできる依頼からですね」
アリア「ああ。ダンジョンへ行くのは、そのあとだ」
その言葉を聞いたリゼットが、二人の間へ割って入った。
リゼット「ねえ。そのダンジョン、私も一緒に行っちゃ駄目?」
ヒロ「リゼットも?」
リゼット「私だって冒険者になったんだし、魔力の異常を自分の目で確かめたいの」
アリアの目が鋭くなる。
アリア「お前は、魔物と戦った経験があるのか」
リゼット「……ない」
アリア「剣は使えるのか」
リゼット「使えない」
アリア「魔法は」
リゼット「今、使えないって話したばかりでしょ」
アリア「ならば却下だ」
リゼット「冒険者になった意味は!?」
アリア「登録証を得た」
リゼットは言い返せず、悔しそうに唇を噛んだ。
戦う術を持たない者を連れていけば、全員が危険に晒される。
だが、魔力電池を完成させたリゼットの技術が、調査の役に立つ可能性もあった。
ヒロは、金槌を握っていた彼女の手を思い出す。
剣を握れなくても、その手は元の世界の機械を動かしてみせた。
ヒロ「剣も魔法も使えないなら、別の武器を作るのはどうかな」
リゼット「別の武器?」
アリア「何を言っている」
ヒロ「俺の世界には、剣や魔法を使わなくても戦える武器があります」
頭の中に、映画や本で見た武器の形がいくつも浮かぶ。
この世界の素材と魔道具の技術を組み合わせれば、作れる物があるかもしれない。
ヒロ「俺の世界の知識と、リゼットの技術を合わせてみよう」
俯いていたリゼットが、ゆっくりと顔を上げた。




