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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
1章

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3話:異世界電池

 朝食を終えたあと、ヒロは机の上のトランシーバーを見つめていた。

 電源は入らない。ノイズも返ってこない。

 裏蓋を開ければ、中には古い乾電池が二本入っているだけだ。


ヒロ「……やっぱり、これが原因だよな」


 小さく呟いたところで、扉が叩かれた。


アリア「起きているな」


 返事を待たずに、アリアが部屋へ入ってくる。

 今日も青い短髪と白銀の鎧は隙がない。


アリア「団長と領主殿の許可が下りた。街へ出るぞ」


ヒロ「街?」


アリア「ミレイアの工房だ。お前の通信具を見せる。直せる保証はないが、何もしないよりはいい」


 ヒロはすぐにトランシーバーを掴んだ。


ヒロ「お願いします」


アリア「期待しすぎるな」


ヒロ「ゼロよりはいいです」


 ヒロがそう答えると、アリアは短く息を吐いた。


アリア「……来い」


 アリアに連れられ、ヒロは領主館の門を出た。

 ミレイアは、領主館を中心に広がる地方都市だった。

 石畳の通りの両脇には、木と石で造られた建物が並んでいる。パンの焼ける匂いが漂う店、軒先に果物を並べた露店、荷車を押して歩く男たち。

 遠くでは鐘の音が鳴り、朝の市場にはすでに多くの人が集まっていた。

 異世界だと頭では分かっていたはずなのに、こうして人々が暮らす街並みを見ると、その実感が急に強くなる。


ヒロ「……ほんとに、別の世界なんだな」


アリア「今さらだな」


ヒロ「いや、昨日までは遺跡と領主館しか見てなかったんで」


 道行く人々が、ちらちらとこちらへ視線を向ける。

 白銀の鎧を纏ったアリアと、その隣を歩く見慣れない黒髪の少年。目立たない方がおかしい。


アリア「よそ見をして転ぶなよ」


ヒロ「そこまで子供じゃないです」


アリア「どうだかな」


 そんなやり取りをしているうちに、二人は大通りから少し外れた一角へ辿り着いた。

 そこには周囲の建物より一回り大きな工房があった。

 建物の前には、剣と槌を組み合わせた看板が掲げられている。開け放たれた扉の奥からは、金属を打つ音と熱気が流れ出していた。


アリア「ここだ」


 中へ入った瞬間、熱と鉄の匂いが一気に押し寄せてくる。

 作業台、工具、打ちかけの剣や槍、見たことのない鉱石。壁際には鎧まで並んでいて、いかにも鍛冶工房という雰囲気だった。


???「おう、来たか」


 最初に声をかけてきたのは、五十歳ほどの男だった。

 背丈はバルドより低いが、肩幅は人間より一回り広い。革のエプロンから覗く腕には、長年金槌を振るってきた職人らしい筋肉が刻まれている。


 口元には立派な髭を蓄え、どっしりとした体格からは、人間とは少し異なる力強さが感じられた。


アリア「この工房の主、ギデオンだ。人間とドワーフのハーフで、ミレイア領でも指折りの鍛冶師だ。騎士団の武器や防具も任せている」


ギデオン「よろしくな、若造」


ヒロ「朝霧ヒロです。よろしくお願いします」


リゼット「最初から若造呼ばわりって、言い方が雑なんだよ、お父さん」


 横から呆れた声が飛んできた。

 赤い長髪を高い位置で結んだ少女だった。

 年はヒロと同じくらいだろう。背丈は少し低めだが、つり気味の瞳には、父親とよく似た職人らしい鋭さが宿っている。


アリア「こっちは娘のリゼットだ」


リゼット「リゼット。よろしく」


ヒロ「よろしく」


 そう言ったわりに、歓迎しているような顔ではない。

 ただし、その視線はヒロではなく、ヒロが手にしているトランシーバーへ向けられていた。


ギデオン「こいつはドワーフの血が四分の一だからな。見た目はほとんど人間だが、背丈だけはちぃと控えめだ」


リゼット「余計な説明しないでくれる?」


ギデオン「事実だろうが」


リゼット「今それ言う必要あった?」


 親子のやり取りに、ヒロは思わず苦笑した。


リゼット「それが、その通信具?」


ヒロ「うん」


 ヒロが差し出すと、リゼットが真っ先に受け取った。


リゼット「へえ……」


 リゼットはトランシーバーをくるくると回し、アンテナを伸ばしたり、側面のボタンを押したりする。

 裏蓋を開け、中の構造まで覗き込んだ。

 その目つきは、珍しい玩具を眺める少女のものではない。

 未知の技術を前にした職人の目だった。


リゼット「魔道具じゃないわね」


ヒロ「分かるのか?」


リゼット「見ればね。普通の魔道具なら、魔石か術式が組み込まれてる。でも、これはどっちもない」


 ギデオンも横から覗き込む。


ギデオン「妙に精巧だな。部品も小せえ。こんな細工は見たことがねえ」


 ギデオンの目が、わずかに楽しそうに細められる。


ギデオン「面白えじゃねえか」


ヒロ「面白いんですか?」


ギデオン「鍛冶師ってのはな、知らねえ道具ほど燃えるもんなんだ」


 ギデオンは豪快に笑った。


ギデオン「で、これは何をする道具なんだ?」


ヒロ「遠くにいる相手と話すための道具です」


ギデオン「声を飛ばすのか?」


ヒロ「はい。ただ、今は動かなくて」


ギデオン「壊れてるのか?」


ヒロ「たぶん、電池切れです」


ギデオン「でんち?」


リゼット「でんち?」


 親子が揃って首を傾げる。

 ヒロはリゼットからトランシーバーを受け取り、裏蓋を開けて中の乾電池を見せた。


ヒロ「これです。電気を蓄えておく部品で、これが空になると道具が動かなくなります」


リゼット「電気って何?」


ヒロ「雷に近い力かな。でも、もっと小さくして、道具を動かすために使うっていうか……」


リゼット「雷を、この小さい筒に閉じ込めてるの?」


ヒロ「ざっくり言えば、そんな感じ」


 正確な説明ではないと思うが、少なくともリゼットは話の筋を追えているらしい。

 彼女は乾電池を指先で転がしながら、じっと観察した。


リゼット「その“でんち”が空になったから、動かないわけね」


ヒロ「たぶん」


リゼット「……これ、使い切ったあとに、もう一回力を流し込めないの?」


 ヒロは少し驚いた。


 リゼットはただ面白がっているだけではない。短い説明だけで、電池の役割をかなり正確に捉えていた。


ヒロ「俺も同じことを考えて、アリアさんに相談したんだ。雷魔法でどうにかならないかって」


 名前を出されたアリアが、淡々と口を挟む。


アリア「私は不可能だと言ったわけではない。私の雷魔法を直接流し込めば、道具を壊す可能性が高いと説明しただけだ」


ギデオン「お前の雷は威力が高すぎるからな」


アリア「それ以前に、ヒロの言う電気と、私の雷魔法が同じ性質とも限らん」


リゼット「まあ、その小さい筒にアリアの雷を撃ち込んだら、普通に破裂しそうだけど」


ヒロ「やっぱりそうなるよな……」


 リゼットは乾電池を見つめたまま、考え込む。


リゼット「でも、やりたいことは分かった。要するに、力を溜めておける小さなものが必要なんでしょ?」


ヒロ「そう。そこから少しずつ力を出して、この道具を動かしたい」


リゼット「だったら……」


 リゼットが父親へ顔を向ける。

 ギデオンも同じことを考えていたらしく、太い腕を組んで頷いた。


ギデオン「魔力蓄積石だな」


ヒロ「魔力蓄積石?」


ギデオン「魔力を内部に溜めておける鉱石だ」


 ギデオンは作業台の引き出しから、小さな青白い石を取り出した。

 親指ほどの大きさで、内側から淡く光っているように見える。


ギデオン「ドワーフは昔から、鉱石や魔石を扱ってきた。その中には、魔力を溜め込める特殊な石がある」


 ギデオンは石を指先で摘まみ、ヒロへ見せる。


ギデオン「ランタンや簡単な魔道具の補助動力に使う。あらかじめ魔力を入れておけば、必要な時に少しずつ取り出せる代物だ」


ヒロ「それなら、電池の代わりになるんですか?」


ギデオン「なるかもしれねえ、だな」


リゼット「そもそも魔力と電気が同じものかも分からないから、絶対とは言えない。でも、“力を溜めて少しずつ流す”って役割なら一番近いと思う」


 ヒロの胸に、わずかな希望が灯る。

 昨日までは、何をすればいいのかさえ分からなかった。

 だが今は、試せるものが目の前にある。


ヒロ「じゃあ、その石を使えば……」


ギデオン「問題は質だ」


 ギデオンは青白い石を作業台へ戻した。


ギデオン「これはランタン用の安物だ。出力も安定しねえ。お前の通信具は、見た目以上に繊細そうだからな」


 太い指先で、トランシーバーの小さな部品を示す。


ギデオン「試すなら、もっと純度が高くて、出力の安定した蓄積石が欲しい」


ヒロ「質のいい石は、どこにあるんですか?」


 そう聞いた途端、リゼットが露骨に嫌そうな顔をした。


リゼット「ミレイアから馬で一週間くらいの場所にある鉱洞」


ギデオン「昔は魔力蓄積石を掘っていた場所だ。今でも奥へ行けば、質のいい石が採れることがある」


ヒロ「だったら、そこへ行けば……」


ギデオン「話は最後まで聞け」


 ギデオンの低い声に、ヒロは口を閉じた。


ギデオン「最近、その鉱洞の近くでユニークモンスターが目撃されてる」


ヒロ「ユニークモンスター?」


リゼット「稀に、同じ種族の中から異常に強い個体が生まれることがあるの。そういう特異な魔物を、ユニークモンスターって呼ぶのよ」


ヒロ「普通の魔物とは違うのか?」


リゼット「ずっと危険。縄張りを持ったり、周辺の魔物を従えたり、普通の個体にはない能力を持ってることもある」


ギデオン「今のミレイア周辺じゃ、魔物の凶暴化まで起きてる。腕に覚えのある冒険者でも、気軽に近づける場所じゃねえ」


 ヒロは黙り込んだ。

 希望は見えた。

 けれど、その希望がある場所はあまりにも遠い。


 馬で一週間。


 しかも、危険な魔物がいる場所だ。

 それでも、完全に手詰まりだった昨日までとは違う。

 必要なものが分かった。

 それがどこにあるのかも分かった。


ヒロ「……なるほど」


リゼット「なるほど、じゃないでしょ」


 リゼットが呆れたように眉を寄せる。


リゼット「その顔、絶対ろくでもないこと考えてるでしょ」


ヒロ「顔に出てた?」


リゼット「分かりやすすぎるのよ」


 ヒロは苦笑し、トランシーバーを握り直した。


ヒロ「石がそこにしかないなら、取りに行けるようになるしかないかなって」


リゼット「は?」


ヒロ「もちろん今すぐじゃない。今の俺じゃ無理なのは分かってる。でも、他の誰かに危険な場所へ行ってくれって頼むのも違うだろ」


 ギデオンが鼻を鳴らした。


ギデオン「無茶を言う若造だ」


ヒロ「自覚はあります」


ギデオン「だが、諦める気もねえって顔だな」


ヒロ「……はい」


 ギデオンはしばらくヒロを見つめたあと、口元をわずかに緩めた。


ギデオン「嫌いじゃねえぞ、そういうのは」


リゼット「お父さんまで煽らないでよ」


ギデオン「煽っちゃいねえ。職人として、客の覚悟を確認しただけだ」


リゼット「それを煽ってるって言うんじゃないの?」


 リゼットはまだ何か言いたげにヒロを見ていたが、結局それ以上は何も言わなかった。


 工房を出たあと、ヒロはアリアと並んで石畳の道を歩きながら考え続けていた。


 魔力蓄積石。

 危険な鉱洞。

 ユニークモンスター。

 どれも昨日までの自分とは無縁だったものだ。

 けれど、手を伸ばさなければ何も変わらない。


アリア「本気なのか」


 隣を歩いていたアリアが口を開いた。


ヒロ「さっきの話ですか?」


アリア「危険地帯へ行くつもりなのかと聞いている」


ヒロ「今すぐは無理です。でも、いつか行けるようにはなりたいです」


アリア「昨日まで魔物から逃げ回っていた人間の言葉とは思えんな」


ヒロ「俺もそう思います」


 ヒロは苦笑した。


ヒロ「でも、元の世界に繋がる可能性があるものは、これだけなんです」


 手の中のトランシーバーへ目を落とす。

 沈黙したままの黒い通信機。

 それでも、ヒロにとっては二つの世界を結ぶ、唯一の糸かもしれなかった。

 領主館へ戻ると、正面玄関の近くでバルドと出会った。


バルド「おう。工房はどうだった?」


 ヒロは足を止めた。


ヒロ「トランシーバーを動かせるかもしれないものが見つかりました」


バルド「ほう」


ヒロ「魔力蓄積石っていう石です。でも、質のいいものがある場所には、危険な魔物がいるらしくて」


 バルドは黙って続きを待つ。

 ヒロは一度息を吸い、バルドとアリアをまっすぐ見た。


ヒロ「団長、アリアさん。俺に戦い方を教えてもらえませんか」


 バルドが目を丸くする。

 アリアは予想していたのか、わずかに眉を寄せるだけだった。


ヒロ「ついてきてほしいとは言いません。石を取りに行くのも、まだずっと先になると思います」


 ヒロは拳を握った。


ヒロ「でも、行ける可能性があるなら、行けるようになりたい。だから、強くなりたいんです」


 しばしの沈黙のあと、バルドが口元を緩めた。


バルド「いい目をするようになったじゃねえか」


アリア「団長」


バルド「嫌いじゃねえぞ、そういうのは」


 バルドはヒロの肩を軽く叩いた。


バルド「剣なら、時間がある時に俺が見てやる」


ヒロ「本当ですか?」


バルド「ただし、俺たちは魔物の異変を調べるために王都から派遣されてる。毎日お前に付きっきりにはなれん」


アリア「魔法も同じだ。基礎は教えるが、それ以外は自主訓練になる」


ヒロ「それでも十分です」


バルド「アリア。魔法の方は任せるぞ」


アリア「……承知しました」


 あまりにすんなりと話が進み、ヒロの方が戸惑ってしまう。


ヒロ「本当にいいんですか?」


バルド「言い出したのはお前だろうが」


 バルドは豪快に笑った。


バルド「死にたくないなら鍛える。帰りたいなら、なおさらだ。理由としては十分だろ」


 アリアが冷静に付け加える。


アリア「礼を言うのはまだ早い。明日、お前の剣と魔法の適性を見る。話にならなければ、まずは身体作りからだ」


ヒロ「はい」


アリア「それと、今日は休め。昨日の傷が治ったわけではない」


ヒロ「……はい」


 ヒロが素直に答えると、バルドが笑いを噛み殺した。


バルド「素直でよろしい」


 ヒロは少しだけ恥ずかしくなり、目を逸らした。

 それでも胸の奥には、昨日までなかった熱が灯っていた。

 魔力蓄積石。

 危険な鉱洞。

 剣と魔法の訓練。


 やるべきことが、ようやく見えてきた。

 沈黙の向こうへ手を伸ばすために。

 まずは、この世界で戦えるようにならなければならない。


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