28話:全然理解できねぇ
ミナト『……もう一回言ってくれ』
ヒロ「異世界にいる」
再び沈黙。
ヒロはトランシーバーの故障を疑い、画面を確認した。
ランプは今も淡く光っている。
タスク『黒瀬さん』
ミナト『なんだ』
タスク『聞き間違いではないですよね』
ミナト『俺にも異世界って聞こえた』
タスク『僕にもです』
ミナト『……ヒロ、お前、頭打ったのか?』
ヒロ「そう言うと思った」
近くで聞いていたリゼットが眉を寄せる。
リゼット「何て言われたの?」
ヒロ「頭を打ったのかって」
リゼット「失礼ね。本当のことなのに」
その声がトランシーバーにも入ったらしい。
向こう側で、ミナトが反応する。
ミナト『今、誰かいたか?』
ヒロ「ああ。こっちで一緒にいるリゼット」
タスク『日本人ではない方ですか?』
ヒロ「日本人どころか、ドワーフの血が入ってる」
リゼット「四分の一だけどね」
通信の向こうから、再び長い沈黙が返ってきた。
ミナト『ちょっと待て。ドワーフって、あのドワーフか?』
ヒロ「たぶん、お前が想像してるやつで合ってる」
ミナト『全然分かんねえ』
ヒロ「俺も最初はそうだったよ」
タスク『異世界に転移したということですか?』
ヒロ「そうだと思う。あの日、トランシーバーが鳴ったあと、気づいたら廃墟みたいな場所にいた」
ヒロは、あの日の光景を思い出す。
崩れた神殿。
暗闇の中から現れた魔物。
そして、自分を助けてくれた騎士たち。
ヒロ「そこには、モンスターもいた」
ミナト『モンスター?』
ヒロ「ああ。映画やゲームに出てくるようなやつだ。俺も何度か戦った」
ミナト『お前が戦ったのかよ』
ヒロ「剣も使った。魔法も使えるようになった」
タスク『魔法……』
ミナト『待て待て。異世界にドワーフにモンスターで、今度は魔法か?』
ヒロ「俺の属性は重力らしい」
ミナト『属性まであんのかよ……』
呆れたような声だった。
だが、笑ってはいない。
二人とも、理解できないながらも話を聞こうとしている。
ヒロ「最初は、こっちの騎士団に助けてもらった」
ヒロの声が少しだけ低くなる。
バルドの豪快な笑い声。
ソフィの優しい表情。
領主館で過ごした日々が、次々と脳裏へ浮かんだ。
ヒロ「保護してくれた人たちがいた。剣や魔法を教えてくれた人も、生活を助けてくれた人もいた」
ミナト『なら、今もそいつらと一緒なのか?』
ヒロはすぐに答えられなかった。
握っていたトランシーバーへ、僅かに力が入る。
ヒロ「……殺された」
ノイズだけが、静かに流れ続けた。
ヒロ「俺を狙ってきた奴らに、殺されたんだ」
通信の向こうから、すぐには返事がなかった。
ミナトもタスクも、何を言えばいいのか分からないらしい。
ミナト『……誰にだ』
ヒロ「王都から来た連中」
ミナト『王都?』
ヒロ「俺を探して、保護してくれてた人たちを襲ったんだ」
言葉にするたび、胸の奥が痛んだ。
領主館の廊下。
倒れていた人々。
傷だらけのバルド。
最後まで自分を逃がそうとしてくれた姿。
思い出さないようにしても、鮮明に浮かんでくる。
ヒロ「騎士団の団長も、館で世話をしてくれてた人も殺された」
ミナト『……お前を狙って?』
ヒロ「ああ」
タスク『朝霧さんが、何かしたんですか?』
ヒロ「何もしてない」
少し強い声が出た。
ヒロは一度息を整える。
ヒロ「少なくとも、俺には理由が分からない。ただ、異世界から来た俺を邪魔だと思ってる奴がいるみたいだ」
ミナト『ふざけんなよ』
低い声だった。
怒鳴ってはいない。
それでも、抑え込んだ怒りが通信越しに伝わってきた。
ミナト『勝手に連れてって、今度は命を狙うって何だよ』
ヒロ「こっちの誰かが俺を連れてきたのかは、まだ分からない」
タスク『では、その人たちから逃げている最中なんですか?』
ヒロ「ああ。それだけじゃない」
ヒロは一瞬だけ言葉を止めた。
自分でも、改めて説明するのが馬鹿らしくなるほど酷い状況だった。
ヒロ「保護してくれた人たちを殺した犯人に、俺が仕立て上げられてる」
ミナト『……は?』
ヒロ「王都は、俺が領主と騎士団長を殺したって広めてる。だから今は、王国全体から追われてる」
向こう側から、椅子が軋むような音が聞こえた。
タスク『ちょ、ちょっと待ってください』
ミナト『まだあんのかよ』
タスク『異世界へ行って、モンスターと戦って、魔法を覚えて、王国の人に狙われて、そのうえ殺人犯にされているんですよね?』
ヒロ「だいたい合ってる」
タスク『だいたいで済ませていい内容ではないです』
タスクの声が明らかに上ずっている。
ミナトも、しばらく何も言わなかった。
ミナト『今はどこにいる』
ヒロ「王国から海を渡ったところ」
ミナト『だから、どこだよ』
ヒロ「ドワーフの国」
また沈黙が訪れた。
タスク『本当にドワーフがいるんですか?』
リゼット「いるわよ」
横から突然答えたリゼットに、ヒロは振り返った。
リゼットは当然のようにトランシーバーを覗き込んでいる。
リゼット「さっきから何度も言ってるでしょ」
タスク『しゃ、喋った……』
ミナト『普通に日本語だな』
ヒロ「こっちでは魔力の影響で、会話の意味が通じるみたいなんだ」
タスク『魔力で翻訳までされるんですか……』
ミナト『便利すぎんだろ、その世界』
ヒロ「文字は読めなかったけどな」
ミナト『そこだけ妙に不便だな』
少しだけ空気が緩む。
だが、ミナトの声にはまだ戸惑いが残っていた。
ミナト『悪い。正直、どこまで信じればいいのか分かんねえ』
ヒロ「分かってる」
ミナト『お前の声なのは間違いない。でも、異世界とか魔法とか、いきなり言われてもな』
ヒロ「俺も逆の立場なら信じないと思う」
ヒロは隣にいたアリアを見る。
アリアは少し離れた場所で腕を組み、通信の様子を見守っていた。
ヒロ「アリアさん」
アリア「何だ」
ヒロ「少し話してもらえませんか。」
アリア「私が?」
ヒロ「俺だけだと、たぶん信じてもらえないので」
アリアは僅かに眉を寄せた。
それでも拒むことはなく、ヒロからトランシーバーを受け取る。
アリア「この部分へ話せばいいのか」
ヒロ「はい。横のボタンを押しながら話してください。それと、話し終わったら最後に『どうぞ』って付けてください」
アリア「なぜだ」
ヒロ「相手に話し終わったって伝えるためです」
アリア「分かった」
アリアは送信ボタンへ指を添えた。
アリア「聞こえているか。どうぞ」
通信の向こうが一瞬静かになる。
ミナト『……誰だ。』
アリア「レヴァンティア王国騎士団副団長、アリアだ。朝霧ヒロが話した内容に虚偽はない。どうぞ」
ミナト『騎士団副団長……』
タスク『本当にいたんですか……』
アリア「ヒロが話した内容に虚偽はない」
アリアは淡々と説明を始めた。
ヒロがノルン神殿跡へ突然現れたこと。
魔物に襲われていたところを騎士団が保護したこと。
膨大な魔力と、珍しい重力属性を持っていたこと。
王都から来た者たちに領主館を襲われたこと。
そして現在、王国を離れてドゥルガン大陸にいること。
説明を終えるまで、ミナトもタスクも一度も口を挟まなかった。
アリア「今のところ、ヒロの身に差し迫った危険はない。どうぞ」
ミナト『今のところって言い方、怖えな』
アリア「事実を伝えただけだ。どうぞ」
タスク『話し方まで騎士っぽい……』
ミナト『演技じゃねえよな』
アリア「何の話だ」
ヒロ「アリアさん、もう大丈夫です」
ヒロがトランシーバーを受け取る。
通信の向こうでは、二人が小声で何かを話していた。
ミナト『……タスク』
タスク『はい』
ミナト『どう思う』
タスク『分かりません』
ミナト『だよな』
タスク『ただ、朝霧さん一人が話しているわけではありません。それに、この通信自体が普通ではないです』
ミナト『じゃあ、信じるのか?』
タスク『信じるというより、まずは話を聞くしかないと思います』
少し間が空いた。
やがて、ミナトがゆっくり口を開く。
ミナト『とりあえず、お前は無事ってことだな、どうぞ』
ヒロは周囲を見る。
ボルガンの工房。
見守っているリゼットとアリア。
王国からは追われている。
帰る方法も分からない。
問題は何一つ解決していない。
それでも、今ここで生きている。
ヒロ「ああ。無事だよ。どうぞ」
ミナト『……なら、今はそれでいい』
その言葉を聞いて、ヒロは静かに目を閉じた。
長い間、胸の奥に張りついていた不安が、ほんの少しだけ軽くなった。




