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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
1章

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26話:こちら異世界

 カン、カン、カン。


 工房に響く金属音は、朝から途切れることがなかった。

 ボルガンが炉へ向かい、真っ赤に熱した金属を打ち続ける。

 その隣では、リゼットが細かな部品を削りながら何度も組み直していた。


ボルガン「焦るな。最後に精度が物を言う」


リゼット「分かってるって」


 返事こそ軽いが、その額には汗が滲んでいる。

 魔力蓄積石を使った"電池"は、今まで誰も作ったことがない道具だ。

 失敗しては作り直し、削っては組み直す。

 三日目に入っても、完成にはあと一歩届かなかった。


 その頃、街外れの訓練場では、ヒロが木剣を構えていた。


 向かいにはアリア。


 互いに間合いを測り、静かな空気が流れる。


アリア「来い」


 ヒロは大きく息を吸い込み、地面を蹴った。


 鋭い踏み込み。

 横薙ぎ。


 しかしアリアは半歩だけ身体をずらし、細剣で受け流す。

 金属音の代わりに、木剣同士が乾いた音を響かせた。


ヒロ「まだか!」


アリア「足は速くなった。だが剣が遅い」


 返す刀で軽く肩を叩かれる。


 また一本。


 ヒロは悔しそうに息を吐いた。


ヒロ「なかなか当たりませんね」


アリア「相手を見てから動いている。だから一瞬遅れる」


 ヒロは木剣を下ろし、汗を拭った。

 ここ数日の訓練で、重力魔法は以前よりも扱えるようになっていた。

 小石を重くする。

 軽くする。


 自分の周囲だけ重力をわずかに変える。

 まだ実戦で使えるほどではないが、少しずつ制御できるようになっている。

 その時だった。

 ヒロの頭へ、一つの考えが浮かぶ。


ヒロ「……アリアさん」


アリア「何だ」


ヒロ「外へ放つんじゃなくて、自分に魔力を流したらどうなると思います?」


 アリアは首を傾げた。


アリア「身体へ?」


ヒロ「はい」


アリア「そんな使い方は聞いたことがない」


 やはりそうか。

 この世界には身体強化という概念がない。

 それなら。

 ヒロはゆっくりと目を閉じた。

 魔力を身体の外へ放つのではなく、自分の中へ巡らせる。


 腕へ。


 脚へ。


 全身へ。


 血液が流れるように、魔力を身体中へ行き渡らせる。

 次の瞬間だった。


ヒロ「っ!」


 身体が羽のように軽くなる。

 無意識に地面を蹴ると、一瞬でアリアとの距離が消えた。


アリア「!」


 ヒロの木剣が、今まで届かなかった間合いへ飛び込む。

 アリアは慌てて細剣で受け止めた。


 ガッ!


 鈍い音が響く。

 初めてアリアの表情が変わった。


アリア「今のは……!」


 だが、その直後だった。


ヒロ「あ……」


 全身から一気に力が抜ける。

 膝をつき、肩で息をした。

 魔力を一気に消費したせいだ。


アリア「無茶をするな」


 アリアはヒロを支えながら、小さく息を吐く。


アリア「今の魔法は、この世界には存在しない」


ヒロ「え?」


アリア「少なくとも私は見たことがない」


 魔力を自分へ流し込み、身体能力そのものを引き上げる。

 そんな発想は、この世界にはなかった。


アリア「制御できれば、とてつもない力になる」


ヒロ「でも、魔力の減り方がすごいですね」


アリア「ああ。だが、それだけの価値はある」


 その時だった。

 遠くから誰かが駆けてくる。

 赤い髪を揺らしながら、必死にこちらへ向かってくる少女。


リゼット「ヒローーー!!」


 息を切らしながら、目の前まで走ってきた。

 その顔は汗だくなのに、満面の笑みだった。


リゼット「できた!」


 嬉しさを隠し切れない声が響く。


リゼット「電池、完成したよ!」


 ヒロとアリアは顔を見合わせる。


 ついに。


 異世界で作られた最初の"電池"が完成した。


 ヒロたちはリゼットの後を追い、急いで工房へ戻った。

 扉を開けると、熱気が一気に押し寄せる。

 作業台の中央には、小さな銀色の筒が二本並べられていた。

 大きさはヒロが知る乾電池とほとんど変わらない。


ヒロ「これが……」


リゼット「魔力電池!」


 胸を張るリゼットの隣で、ボルガンが腕を組む。


ボルガン「見た目は似せたが、中身は別物だ」


 ヒロは一本を手に取った。

 ひんやりとした金属の感触。

 振ってみても音はしない。


ボルガン「中には魔力蓄積石が入っている」


ボルガン「その石へ魔力を溜め込み、少しずつ外へ流す仕組みだ」


 ボルガンは机へ図面を広げる。

 内部には薄い金属板が何枚も重ねられ、その中心へ小さな魔力蓄積石が固定されていた。


ボルガン「一度魔力を込めれば、しばらくは使える」


リゼット「魔力がなくなっても捨てる必要はないよ」


ヒロ「え?」


リゼット「また魔力を流し込めば、何回でも使える!」


 思わずヒロの表情が明るくなる。

 乾電池とは違う。

 充電式バッテリーのようなものだった。


ヒロ「すごい……」


ボルガン「だが問題がある」


 ボルガンは一本の魔力電池を持ち上げた。


ボルガン「魔力を流し込む作業が難しい」


リゼット「少し多すぎてもダメ。少なすぎてもダメ。均等に流さないと壊れちゃうんだよ」


 ヒロは電池を見つめる。

 魔力を細かく制御する。

 つい先ほど、自分は身体中へ魔力を巡らせることに成功した。

 もしかすると。


ヒロ「やってみてもいいですか?」


 ボルガンは静かに頷いた。

 ヒロは魔力電池を両手で包む。


 深呼吸。


 身体強化で掴みかけた感覚を思い出す。

 勢いよく流すのではない。


 ゆっくり。


 細く。


 糸を通すように。

 魔力を石へ送り込んでいく。

 すると。

 淡い青白い光が筒の中で静かに灯った。


リゼット「……!」


 光は揺れない。

 暴走もしない。

 ゆっくりと満ちていく。


ボルガン「……見事だ」


 職人であるボルガンが、小さく息を吐いた。


ボルガン「これほど安定して流せる者は初めて見た」


アリア「先ほどの魔法の影響かもしれないな」


 ヒロは充電を終えた電池をそっと机へ置く。

 ほんの少し疲れはある。

 だが身体強化ほど魔力は減っていない。


リゼット「成功!」


 嬉しそうに両手を上げる。

 工房の空気が一気に明るくなった。

 ヒロはトランシーバーを取り出す。

 傷だらけの黒い機体。

 異世界へ来てから、一度も反応を見せなかった唯一の希望。

 裏蓋を開け、魔力電池をゆっくりとはめ込む。


 カチッ。


 小さな音が響く。

 誰も言葉を発しない。

 工房には炉の火が燃える音だけが聞こえていた。

 ヒロはゆっくりと電源スイッチへ指を伸ばす。

 心臓が早鐘のように鳴る。

 父の顔が浮かぶ。

 ミナトの顔が浮かぶ。

 元の世界。


 学校。


 家。


 もう二度と戻れないと思っていた日常。

 全部が頭の中を駆け巡った。


アリア「ヒロ」


 静かな声。

 ヒロは顔を上げる。

 アリアは小さく頷いた。

 リゼットもボルガンも、固唾を飲んで見守っている。

 ヒロは覚悟を決めた。


 カチッ。


 スイッチを入れる。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 沈黙。


 やはりダメなのか。


 そう思った瞬間だった。


『ザッ……』


 全員の身体が跳ねる。


『ザーーーーー……』


 ノイズ。


 間違いない。


 あの日、停電の夜に聞いた音だった。


リゼット「ついた……!」


ボルガン「成功だ……」


 赤いランプが静かに灯る。

 トランシーバーは、確かに息を吹き返していた。

 ヒロは震える手で送信ボタンへ親指を添える。


 息を吸う。


 ゆっくり吐く。


 そして、口を開いた。


ヒロ「こちら朝霧ヒロ。誰か聞こえますか。どうぞ」


 工房にノイズだけが静かに響き続けていた。

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