24話:鍛冶の国
交易船がゆっくりとバルグの街の港へ接岸した。
太い綱が岸壁へ投げ渡され、船体が大きく軋む。港では屈強なドワーフたちが声を張り上げ、荷車いっぱいの鉱石を運んでいた。
ドワーフたちは見た目は人間と大きく変わらないが、屈強な体つきに対して、身長が低い。
街の奥には大小さまざまな煙突が並び、白い煙が絶え間なく空へ昇っている。
カン、カン、カン。
金属を打つ音が幾重にも重なり、街全体が巨大な工房のように鼓動していた。
ヒロ「すごい……街全部が工房みたいだ」
アリア「ここでは鍛冶が生活そのものだからな」
船を降りた三人は、人の流れに沿って港を進む。
通りの両側には武器屋や防具屋が並び、店先には剣や斧、鎧が所狭しと飾られていた。露店では歯車や魔石が売られ、店主たちが大声で客を呼び込んでいる。
女性たちも腰へ工具を下げ、子どもたちは木槌を振り回して遊んでいた。
リゼット「懐かしいな……」
ヒロ「ここで育ったんだよな」
リゼット「うん。あの広場でよく遊んでた」
リゼットが指差した先では、子どもたちが木の板を剣に見立てて走り回っている。
リゼット「お父さんの工房から勝手にハンマーを持ち出して、みんなで鍛冶屋ごっこをしたこともあるわ」
アリア「怒られただろう」
リゼット「すごくね。でも次の日には、ちゃんとした持ち方を教えてくれた」
ギデオンを思い出したのか、リゼットの笑顔が少しだけ曇る。
ヒロは何も言わず、その歩調へ合わせた。
坂道へ差しかかると、道端の店主が目を見開く。
ドワーフ「おい、リゼットじゃねぇか!」
リゼット「久しぶり!」
ドワーフ「いつ帰ってきたんだ!」
リゼット「今着いたばかり!」
その声を聞きつけ、周囲のドワーフたちも集まってきた。
ドワーフ「でかくなったなぁ!」
ドワーフ「ギデオンは一緒じゃないのか?」
リゼットの表情が一瞬止まる。
リゼット「……今は別行動なの」
相手は何かを察したのか、それ以上は聞かなかった。
ドワーフ「そうか。落ち着いたら顔を見せろよ」
リゼット「うん。必ず」
再び歩き出したあと、ヒロが静かに声を掛ける。
ヒロ「知り合いが多いんだな」
リゼット「小さい街だからね。悪いことをすると、次の日には全員知ってた」
アリア「逃げ場がなかったわけだ」
リゼット「本当にね」
やがて、一際大きな煙突を備えた古い工房が見えてきた。
看板には力強い文字で『ボルガン工房』と彫られている。
リゼット「着いた。ここよ」
扉を開けると、熱気と鉄の匂いが押し寄せた。
奥では大柄なドワーフが、真っ赤な鉄へハンマーを振り下ろしている。
ガンッ!
男が振り返った。
ボルガン「客なら少し待て。今、手が離せん」
リゼット「相変わらず忙しそうね、ボルガンおじさん」
男の目が大きく見開かれる。
ボルガン「……リゼット?」
次の瞬間、工房へ豪快な笑い声が響いた。
ボルガン「帰ってきたか! ギデオンの娘!」
再会を喜ぶ二人を見て、ヒロは小さく笑う。
しかし、リゼットの表情はすぐに真剣なものへ変わった。
リゼット「おじさん。今日は頼みたいことがあって来たの」
その声色を聞いたボルガンも笑みを消す。
ボルガン「……中で聞こう」
重い扉が閉まり、工房の音がわずかに遠ざかった。
工房の奥にある休憩室で、リゼットは王国で起きた出来事を最初から説明した。
領主館への襲撃。
騎士団長の死。
ヒロが濡れ衣を着せられ、王国から追われる身となったこと。
そして、ギデオンが三人を逃がすため、ひとり工房へ残ったこと。
ボルガンは腕を組んだまま、最後まで黙って聞いていた。
話が終わると、外から聞こえる槌音だけが重い沈黙を刻む。
ボルガン「……あいつらしいな」
低い声で呟き、深く息を吐く。
ボルガン「昔からそうだった。自分が損をしてでも仲間を逃がす。馬鹿みたいに義理堅い男だ」
リゼット「お父さん、無事かな」
ボルガン「簡単にくたばる奴じゃねぇ」
即答だった。
ボルガン「ギデオンは腕のいい職人だ。それに逃げ道を作るのも昔から得意だった。今は信じろ」
リゼットは唇を結び、やがて小さく頷いた。
ボルガン「それで、頼みってのは何だ」
ヒロはトランシーバーと乾電池を机へ置いた。
ヒロ「これを、もう一度動かしたいんです」
ボルガン「これが異世界の魔道具か」
ボルガンの目つきが変わる。
裏返し、側面を指でなぞり、細部まで食い入るように観察する。
ヒロ「俺のいた世界で使われていた通信機です。遠く離れた相手と話せます」
ボルガン「声を届けるのか?」
リゼット「ヒロの世界と、この世界を繋いでいたの」
ボルガンは乾電池へ視線を移す。
リゼット「動力はこっち。これと同じ役割を、魔力蓄積石で再現したい」
船旅の間に書き溜めた紙束を広げる。
魔力の流れや石の形状、乾電池の両端にある印まで、細かな図が書き込まれていた。
ボルガン「考え方は悪くねぇ。ただ、魔力を一定の強さで流し続ける仕組みが必要だ」
リゼット「そこが安定しないの」
ボルガン「なら器を作る。中へ削った魔力蓄積石を詰め、両端に導力金属を噛ませる」
リゼット「回路は二重?」
ボルガン「三重だ。暴走した時に逃がす道もいる」
職人二人の会話は一気に加速した。
ヒロ「もう何を言ってるのか分かりません」
アリア「奇遇だな。私もだ」
二人はすぐに作業へ取り掛かった。
魔力蓄積石を細かく切り、慎重に削る。
ボルガンが金属筒へ回路を刻み、リゼットが石を詰めた。
最初の試作品は一時間ほどで完成した。
リゼット「いくよ」
魔力を流すと、金属筒が淡く光った。
ヒロ「成功ですか?」
ボルガン「まだだ」
直後、筒から白い煙が噴き出す。
リゼット「わっ!」
ボルガンが素早く布を被せ、魔力を遮断した。
ボルガン「流れが強すぎる」
リゼット「でも反応はした」
ボルガン「なら次だ」
二個目は魔力が流れず、三個目は途中で石が割れた。
日が傾く頃、作業台には失敗作が並んでいた。
ボルガンはようやく工具を置く。
ボルガン「仕組みは見えた。だが完成まで最低でも三日はかかる」
リゼット「三日でやる」
ボルガン「寝る時間も必要だぞ」
リゼット「少しくらいなら平気」
ボルガン「ギデオンと同じことを言いやがる」
呆れながらも、ボルガンは楽しそうに笑った。
ボルガン「分かった。三日で形にする。お前たちは集中の邪魔になるから外へ行け」
アリア「承知した」
ヒロ「俺たちは何をすれば?」
アリア「訓練だ」
ヒロ「ですよね」
工房の外へ出ると、夕焼けが街を赤く染めていた。
アリア「三日ある。お前の重力魔法と剣術を、今より一段階引き上げる」
ヒロ「分かりました」
アリア「まずは基礎からだ。魔力へ頼りすぎる癖を直すぞ」
アリアは街外れの訓練場へ歩き始める。
その背中を追いながら、ヒロは工房を振り返った。
窓の向こうでは、リゼットとボルガンがすでに次の試作品へ取り掛かっている。
異世界と現代を再び繋ぐため。
それぞれの三日間が、静かに始まった。




