23話:海の向こう側
交易船は穏やかな波を切りながら、ドワーフの地、ドゥルガン大陸を目指して進んでいた。
ラトナ村を出航してから一日が過ぎ、周囲には見渡す限り青い海が広がっている。
船首へ立ったヒロは、遠ざかってしまった王国の方角を静かに見つめていた。
目を閉じるたびに浮かぶのは、バルドとソフィの姿だった。
守れなかった。
その言葉だけが胸の奥に残り続けている。
そんなヒロとは対照的に、船室ではリゼットが机いっぱいへ工具を並べ、トランシーバーを夢中になって眺めていた。
ヒロ「また研究してるのか」
リゼット「もちろん。時間があるなら手を動かさないともったいないもの」
乾電池を光へかざし、角度を変えながら観察する。
リゼット「ねぇ、本当に分解しちゃ駄目?」
ヒロ「絶対駄目」
リゼット「ちょっとだけ」
ヒロ「その『ちょっと』で終わる気がしない」
リゼットは頬を膨らませる。
リゼット「職人は壊して覚える生き物なの」
ヒロ「それを聞くたびに不安になる」
近くにいた船員たちが吹き出した。
船員「嬢ちゃん、我慢してやれ」
リゼット「むぅ……」
笑い声が船内へ広がる。 ヒロも思わず口元を緩めた。
リゼットは乾電池の両端を指差した。
リゼット「この印が気になるの」
ヒロ「プラスとマイナスだよ」
リゼット「流れを作る印?」
ヒロ「そんな感じ」
リゼットは紙へ図を書き込み始める。
リゼット「魔力蓄積石にも流れがあるなら、この考え方が使えるかもしれない」
ヒロ「俺には難しいな」
リゼット「だから職人がいるのよ」
父ギデオンならどう考えただろう。
その言葉は飲み込んだ。
三人とも同じことを考えていたからだ。
ギデオンはどうしているだろうか。
無事でいてほしい。
昼になると船員たちが大きな魚を釣り上げた。
船員「今日はご馳走だ!」
船上は一気に賑やかになる。
焼き魚の香りが漂う中、ヒロだけは青い顔をしていた。
ヒロ「まだ揺れに慣れない……」
リゼット「情けないわね」
ヒロ「陸なら負けないんだけど」
アリア「相手が海では勝負にならんな」
真顔で返すアリアに、リゼットが目を丸くする。
リゼット「今、冗談言った?」
アリア「言ってない」
その真剣な顔に、船員たちは再び笑った。
少しずつ重苦しかった空気がほぐれていく。
船旅は続いた。
航海三日目。
突然、船が大きく揺れた。
船員「総員、持ち場につけ!」
ヒロは慌てて剣へ手を伸ばす。
ヒロ「魔物ですか!」
海面の下を巨大な影が横切る。
思わず息をのむヒロだったが、リゼットは落ち着いていた。
リゼット「あれは海竜よ」
ヒロ「りゅ、竜!?」
リゼット「温厚だから平気。船の音が好きで近寄ってくるの」
次の瞬間、巨大な背びれが海面から姿を見せ、そのままゆっくりと船の横を泳いでいった。
船員「縁起がいいぞ!」
船員たちは笑顔で手を振る。
ヒロもようやく肩の力を抜いた。
五日目の夜。
眠れなかったヒロは甲板へ出る。
そこには夜風を浴びるアリアの姿があった。
アリア「眠れないか」
ヒロ「また夢を見ました」
アリア「団長か」
ヒロ「……はい」
静かな波音だけが響く。
アリア「鉱洞で、お前は私へ魔力を流した」
ヒロ「正直、覚えてません」
アリア「私は覚えている」
身体が軽くなり、魔法の威力まで増したこと。
本来ならあり得ないこと。
アリア「生き物へ魔力を流すことは禁忌だ」
ヒロ「でも何も起きませんでした」
アリア「ああ」
ヒロ「試した人は?」
アリア「いない」
ヒロ「え?」
アリア「禁忌だから試されていない」
ヒロは苦笑した。
ヒロ「じゃあ、本当に危険か誰も知らないってことですよね」
アリアは少し考え、静かに頷く。
アリア「……そうなるな」
ヒロ「俺の世界でも、常識が覆ることはたくさんありました」
アリア「焦るな」
アリア「だが、お前の発想がこの世界を変えるかもしれん」
その言葉は師匠としての期待にも聞こえた。
そして七日目の朝。
船員の大声が船中へ響き渡る。
船員「陸だ!」
船員「ドゥルガン大陸が見えたぞ!」
ヒロたちは一斉に甲板へ飛び出した。
霧の向こうから現れたのは巨大な岩山。
断崖へ張り付くように築かれた街並み。
何本もの煙突から立ち上る白い煙。
風に乗って聞こえてくる金属を打つ音。
それは王国では聞いたことのない音だった。
リゼット「帰ってきた……」
その声はどこか嬉しそうで、少しだけ寂しそうでもあった。
船はゆっくりと港へ近づいていく。
巨大なクレーンが鉱石を積み下ろし、屈強なドワーフたちが忙しく行き交っている。
船員「まもなくバルグ港へ入港する!」
ヒロはその光景に息をのむ。
ヒロ「これが……ドゥルガン大陸」
新たな大地が、三人を静かに迎えようとしていた。




