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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
1章

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22/46

22話:出港

 村へ入る前に、三人は森の中で馬を下りた。

 このまま連れていけば、王国兵の馬だとすぐに気づかれる。

 鞍と手綱を外し、馬を森へ放す。


ヒロ「ここからは歩きですか」


アリア「ああ。村では目立たない方がいい」


 アリアは外套のフードを深く被った。

 ヒロとリゼットも顔を隠す。


 村は思っていたより賑やかだった。

 漁を終えた男たちが網を片付け、女たちが魚を籠へ移している。

 王都から遠いためか、兵士の姿は見当たらない。


 リゼットが村の奥にある宿へ向かう。

 小さな木造の建物で、入口には魚の絵が描かれた看板が下がっていた。


 中へ入ると、暖かな空気と料理の匂いが三人を包む。


宿主「いらっしゃい」


 宿主は三人の姿を見たあと、少し不思議そうな顔をした。

 旅人が珍しいのだろう。


リゼット「三人で一晩泊まりたいんだけど」


宿主「部屋は二つ空いてるよ」


アリア「それで構わない」


 金を払い、部屋を取った。

 アリアとリゼットが一部屋。

 ヒロが一部屋を使うことになった。

 荷物を置いたあと、三人は一階の食堂へ降りた。

 食堂には漁師や船乗りらしい男たちが何人も座っている。

 酒を飲みながら、大声で笑っていた。

 三人は入口から離れた隅のテーブルへ座った。


 しばらくして、焼いた魚と野菜の煮込み、黒いパンが運ばれてくる。

 久しぶりの温かい食事だった。


リゼット「美味しそう」


 リゼットは煮込みを一口食べ、少しだけ表情を緩めた。


リゼット「温かい」


 アリアも静かに食事を始める。

 ヒロはスプーンを持ったまま、皿を見つめていた。


 湯気が立っている。

 いい匂いもする。


 それでも、食べる気にはなれなかった。


アリア「食べろ」


ヒロ「……はい」


 スープを一口だけ飲む。

 身体へ温かさが広がった。

 だが、それと同時に領主館での食事を思い出した。

 ソフィが運んできた料理。

 バルドと酒を飲みながら話した夜。

 くだらない冗談を言って、笑っていた。


 あの場所へは、もう戻れない。


 ヒロはスプーンを置いた。

 その時、少し離れたテーブルから声が聞こえてきた。


男「おい、聞いたか?」


男「何をだよ」


男「ミレイアの領主が殺されたって話だ」


 ヒロの指が止まる。

 アリアも食事の手を止めた。


男「領主だけじゃない。王都から来てた騎士団長も死んだらしいぞ」


男「また魔物か?」


男「いや、それが違うらしい」


 男は酒の入った杯を傾け、声を少し落とした。

 だが、静かな食堂では十分に聞こえた。


男「犯人は少年だって話だ」


男「少年?」


男「ああ。見慣れない黒髪の少年で、領主館に住み着いてたらしい」


 ヒロの呼吸が止まる。

 黒髪の少年。

 それだけで、自分のことだと分かった。


男「恩を仇で返して、領主と騎士団長を殺したんだとよ」


男「怖い話だな」


男「王都からお触れも出るらしいぞ。見つけたら近づかずに兵士へ知らせろって」


 身体の奥で、何かが音を立てて切れた。

 バルドを殺したのは八星だ。

 ソフィを殺したのも、王都から来た者たちだ。


 それなのに、自分が犯人にされている。


 命を懸けて守ってくれた人たちを、自分が殺したことになっている。


 拳が震えた。

 爪が手のひらへ食い込む。


男「どうせ化け物みたいな魔法でも使うんだろ」


男「少年の姿をした魔族かもしれないって話もあるぞ」


 椅子が大きな音を立てた。

 ヒロは立ち上がっていた。


リゼット「ヒロ?」


 アリアが何か言うより先に、ヒロは食堂を出た。

 冷たい夜風が顔へ当たる。

 それでも足を止められなかった。

 村の中を歩き、人気のない浜辺まで来る。

 暗い海へ波が寄せては返す。

 月明かりが、水面で細かく揺れていた。

 ヒロは砂の上で立ち止まる。


ヒロ「……なんでだよ」


 声が震える。


ヒロ「俺は何もしてない」


 拳を強く握る。


ヒロ「殺されたのは、団長なのに」


ヒロ「ソフィさんだって……」


 堪えていたものが、一気に溢れそうになる。


ヒロ「なんで俺が殺したことになってるんだよ!」


 叫び声が、波の音へ消えていく。

 目の奥が熱くなる。


ヒロ「俺が弱かったからか」


ヒロ「俺が何もできなかったから、こんなことになったのかよ」


 もし自分がもっと強ければ。

 八星を倒せるほど強ければ。


 バルドもソフィも助けられた。

 ギデオンを一人で残すこともなかった。

 背後から、砂を踏む音が聞こえた。


アリア「ヒロ」


 アリアとリゼットが立っている。

 ヒロは顔を背けた。


ヒロ「……来ないでください」


アリア「それはできない」


ヒロ「少し、一人にしてほしい」


アリア「一人になれば、また自分を責めるだろう」


 何も言い返せなかった。

 アリアはヒロの隣まで歩いてくる。

 同じように、暗い海を見つめた。


ヒロ「俺のせいにされてます」


アリア「ああ」


ヒロ「団長も、領主も、俺が殺したって」


アリア「あれは王都が作った嘘だ」


ヒロ「でも、みんな信じてる」


アリア「真実を知らないからだ」


ヒロ「じゃあ、どうすればいいんですか」


 ヒロはアリアを見る。


ヒロ「俺が違うって言って、誰が信じてくれるんですか」


ヒロ「王都が嘘を言えば、それが本当になるんですか」


 アリアはしばらく答えなかった。

 やがて、低い声で言う。


アリア「今は、そうなる」


ヒロ「……」


アリア「だが、永遠には続かない」


ヒロ「どうして分かるんですか」


アリア「私が知っている」


 アリアは真っ直ぐヒロを見る。


アリア「団長を殺したのがお前ではないことを、私は知っている」


アリア「領主も、ソフィも、お前が傷つけていないことを知っている」


アリア「リゼットも知っている」


 リゼットが大きく頷いた。


リゼット「当たり前でしょ」


ヒロ「でも」


リゼット「私たちが知ってる」


リゼット「それじゃ足りない?」


 ヒロは言葉を失った。

 足りないはずがない。

 それでも、胸の中の怒りは消えなかった。


ヒロ「悔しいです」


アリア「ああ」


ヒロ「団長たちを殺した奴らが、何もなかったみたいに隠れてる」


ヒロ「それで俺だけが犯人にされるなんて」


アリア「私も悔しい」


 アリアの手も、強く握られていた。


アリア「団長は、最後まで私たちを守った」


アリア「その死を、王都の都合で利用された」


 静かな声だった。

 だが、その奥にはヒロより深い怒りがある。


アリア「私も許せない」


 ヒロはアリアの横顔を見る。

 アリアもバルドを失った。

 それでも、今まで感情を表へ出さなかっただけだ。

 リゼットがヒロの反対側へ並ぶ。


リゼット「お父さんがよく言ってた」


ヒロ「何を?」


リゼット「壊れたものは直せばいいって」


リゼット「剣でも、鎧でも、道具でも」


 リゼットは一度言葉を切った。


リゼット「でも、直すのを諦めたら、それで終わりだって」


ヒロ「……ギデオンさんらしいな」


リゼット「でしょ」


 リゼットは少しだけ笑った。

 けれど、すぐに顔を伏せる。


リゼット「私だって、お父さんのことが心配」


リゼット「今すぐ戻りたいくらい」


ヒロ「……」


リゼット「でも、お父さんが行けって言ったから行く」


リゼット「全部終わったら、絶対に迎えに戻る」


 ヒロは暗い海を見る。

 バルドとソフィは、もう戻らない。

 それでも、二人が守ってくれた命は残っている。


 ここで立ち止まれば、その命まで無駄にしてしまう。


ヒロ「俺も、戻りたい」


アリア「ああ」


ヒロ「戻って、全部本当のことを明らかにしたい」


 声はまだ震えていた。

 悲しみも怒りも消えていない。


 それでも、さっきまでとは違っていた。


 自分を責めるだけの痛みが、進むための怒りへ変わり始めている。


アリア「なら、生き延びろ」


アリア「強くなれ」


アリア「今の私たちでは、八星には勝てない」


ヒロ「分かってます」


アリア「ドワーフの地へ渡り、力をつける」


アリア「そして、必ず戻る」


 ヒロは強く頷いた。


ヒロ「はい」


 翌朝。

 まだ空が薄暗い時間に、三人は宿を出た。

 村の港には、荷物を積み込む船乗りたちの声が響いている。

 リゼットの知り合いだという船主が、ドワーフの地へ向かう交易船へ乗せてくれることになっていた。


 桟橋の先に、大きな帆船が停まっている。

 ミレイアで見たどの船よりも大きかった。


船主「出るぞ!」


船主「乗るなら急げ!」


 船乗りたちが綱を外し始める。

 リゼットが先に桟橋を進む。

 アリアもそのあとへ続いた。

 ヒロは一度だけ立ち止まり、背後を振り返った。


 この先に、ミレイアがある。


 バルドとソフィが眠る場所。

 ギデオンが残っている街。

 そして、自分を犯人に仕立て上げた王都がある。

 胸の奥に、まだ痛みは残っていた。

 きっと、すぐには消えない。

 それでも、ヒロは顔を上げる。


ヒロ「……必ず戻る」


 誰に聞かせるでもなく呟いた。

 逃げ続けるためではない。

 失ったものの真実を取り戻すために。

 ヒロは二人のあとを追い、船へ向かって歩き出した。

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