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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
1章

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21話:濡れ衣

 工房の扉が、激しく叩かれる。

 古い木材が悲鳴を上げるように軋んだ。


兵士「開けろ!」


兵士「王都の命令だ!」


 ギデオンは扉へ一度だけ視線を向けると、ヒロたちへ背を向けた。


ギデオン「二階じゃ。急げ」


 アリアが先に階段を駆け上がる。

 リゼットがそのあとへ続き、ヒロも遅れないよう足を動かした。

 背後では、扉を叩く音がさらに強くなる。


兵士「聞こえないのか!」


兵士「次は破るぞ!」


 工房の二階は、武器の材料や使われていない道具が積み上げられた倉庫になっていた。

 ギデオンは迷わず奥の窓を開く。

 冷たい夜風が一気に流れ込んできた。


ギデオン「下に屋根がある。そこから裏へ降りろ」


 窓の向こうには、隣の建物の低い屋根が見えた。

 地面までの高さはそれほどない。

 だが、リゼットは窓枠へ手を置いたまま動かなかった。


リゼット「お父さん」


ギデオン「行け」


リゼット「でも」


ギデオン「わしが残らんと、すぐに追われる」


 ギデオンの声は変わらなかった。

 けれど、その表情はいつもより少しだけ柔らかい。


ギデオン「お前がここに残れば、わしが残る意味までなくなる」


リゼット「……」


ギデオン「ドワーフの地まで、こいつらを連れていけ」


 リゼットは唇を強く噛んだ。

 目の端に涙が浮かぶ。


リゼット「絶対、あとから来てよ」


ギデオン「ああ」


 短い返事だった。

 それが本当かどうか、誰にも分からない。


 アリアが先に窓から屋根へ降りた。

 足を痛めているはずだが、その動きに迷いはない。


アリア「リゼット」


 下から呼ばれ、リゼットは一度だけ父親を見る。

 そして、窓を越えた。


 ヒロも続こうとする。

 だが、窓の前で足が止まった。


 バルドも、自分たちを逃がすために残った。

 今度はギデオンまで残ろうとしている。


 また、自分だけが生き残る。

 そんな考えが頭をよぎり、胸が強く痛んだ。


ギデオン「何をしておる」


ヒロ「……また、俺だけ逃げるんですか」


ギデオン「逃げるんじゃない」


 ギデオンはヒロの背中を強く押した。


ギデオン「今は、生き延びろ」


ヒロ「でも」


ギデオン「死んだ者のためにも、生きるしかない時がある」


 ヒロは息を呑んだ。


 椅子へ縛られていたバルドの姿が、脳裏へ浮かぶ。

 廊下へ倒れていたソフィの姿まで続いた。


 何かを言おうとしたが、喉が動かない。


ギデオン「娘を頼んだぞ」


 ヒロは俯き、拳を強く握った。


ヒロ「……はい」


 窓枠を越え、屋根へ飛び降りる。

 着地した直後、工房の一階から大きな音が響いた。


 扉が破られた。


兵士「動くな!」


兵士「工房の中を調べろ!」


 兵士たちの声が、次々と建物の中へ入っていく。

 リゼットが振り返りかけた。


アリア「行くぞ」


リゼット「でも、お父さんが」


アリア「今戻れば、ギデオンの覚悟を無駄にする」


 リゼットは目を閉じる。

 肩が小さく震えていた。


 それでも、振り返らなかった。


 三人は屋根から裏路地へ降りた。

 工房の裏手にある厩には、二頭の馬が繋がれている。

 王都の兵士たちが乗ってきたものらしい。


アリア「この馬を使う」


ヒロ「勝手に使っていいんですか」


アリア「許可を取る時間があると思うか」


 アリアは一頭の手綱を外した。

 リゼットを前へ乗せ、その後ろへ自分も跨る。


リゼット「私、後ろでも平気だけど」


アリア「道を知っているのはお前だ」


 ヒロももう一頭へ乗った。

 馬の扱いにはまだ慣れていない。

 だが、今は怖がっている場合ではなかった。


 工房の中から、何かが倒れる音がする。

 兵士の怒鳴り声も聞こえた。


アリア「東へ向かう」


 アリアの言葉と同時に、二頭の馬が走り出す。


 夜のミレイアを駆け抜けた。

 人通りの少ない裏道を選び、街の東門へ向かう。

 幸い、門には兵士の姿がなかった。

 領主館と工房へ人員を集めているのだろう。


 街を出ても、三人は馬を止めなかった。


 暗い街道を避け、森の中の細い道を走る。

 枝が顔へ当たり、冷たい風が身体を刺した。


 馬の手綱を握る手に力が入る。


 もし自分が異世界へ来なければ。

 もし自分がノルン神殿に現れなければ。

 もし自分がもっと強ければ。


 何度考えても、答えは出なかった。


 三人は昼も夜も移動を続けた。

 王国兵の目を避けるため、街道から離れた獣道を進む。


 一日目の夜は、森の奥で短い休息を取った。

 火は焚かなかった。

 冷えた干し肉と硬いパンを、月明かりの下で口へ運ぶ。


 ヒロはパンを手に持ったまま、食べることができなかった。


リゼット「食べないの?」


ヒロ「……食欲がない」


リゼット「でも、食べないと明日動けないよ」


ヒロ「分かってる」


 思ったより強い声が出た。


 リゼットが黙る。

 ヒロはすぐに目を逸らした。


ヒロ「ごめん」


リゼット「別に」


 リゼットはそれ以上何も言わず、自分のパンを少しずつ食べ始めた。


 ヒロも一口だけかじる。

 だが、喉を通らない。


 ソフィなら何と言っただろう。


ソフィ「食べられる時に食べておかないと駄目ですよ」


 そんな声が聞こえた気がした。

 思わず顔を上げる。


 もちろん、どこにもいない。

 胸の奥が締め付けられ、ヒロは俯いた。

 眠りについたあとも、何度も夢を見た。


バルド「行け」


 声が聞こえる。

 振り返ると、バルドが椅子へ縛られている。

 その向こうには、ソフィが倒れていた。


ヒロ「待って」


 足を動かそうとしても、身体が前へ進まない。


ヒロ「置いていけない」


 手を伸ばす。

 次の瞬間、二人の姿が暗闇へ沈んだ。


ヒロ「待ってくれ!」


 自分の声で目を覚ました。


 息が荒い。

 全身が汗で濡れていた。


 少し離れた場所で、アリアが木へ背を預けている。

 目を閉じていたが、眠ってはいなかったらしい。


アリア「また夢か」


ヒロ「……はい」


アリア「そうか」


 それ以上、アリアは何も聞かなかった。

 二日目も、三日目も同じだった。

 ほとんど会話をせず、ただ東へ進む。


 途中、遠くの街道を王国兵が通る姿が見えた。

 三人は木々の奥へ身を隠し、兵士たちが通り過ぎるまで息を潜めた。


 兵士たちは、何かが描かれた紙を持っていた。

 距離があり、内容までは分からない。

 だが、自分たちを探していることだけは理解できた。


 三日目の夕方。


 森を抜けると、風の匂いが変わった。

 湿った潮の香りがする。


 丘を越えた先に、海が広がっていた。


 その手前には、小さな家々が並んでいる。

 海へ伸びた桟橋には、何隻もの漁船が繋がれていた。


リゼット「ラトナ村よ」


 リゼットの声には、わずかな安堵が混じっていた。

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