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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
1章

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18/45

18話:帰還

 ヒロが目を覚ましたとき、最初に見えたのは夕焼けに染まった空だった。

 身体を起こそうとした瞬間、全身へ鋭い痛みが走る。


ヒロ「いっ……!」


アリア「動くな」


 すぐ近くから声が聞こえた。

 ヒロは顔だけを動かす。

 焚き火の向こうに、アリアが座っていた。肩には包帯が巻かれ、頬や腕にも無数の傷が残っている。

 普段の白銀の鎧はところどころへこみ、乾いた血で赤黒く汚れていた。


ヒロ「アリアさん……」


アリア「気がついたか」


ヒロ「蜘蛛は……?」


アリア「倒した」


ヒロ「そう、ですか……」


 その答えを聞いた途端、張り詰めていたものが緩んだ。

 最後の記憶は曖昧だった。

 周囲を埋め尽くす蜘蛛。

 傷ついたアリア。

 胸の奥から噴き出した魔力。

 そして、自分の声。


ヒロ「俺、何を……」


アリア「今は考えるな。魔力をほとんど使い果たしている」


 アリアは火にかけていた器を持ち上げ、ヒロの前へ置いた。


アリア「食べられるか?」


 中には薄いスープが入っていた。

 腹は減っているはずなのに、匂いを嗅いでも食欲が湧かない。

 それでも、このままでは動けない。


ヒロ「食べます」


 震える手で器を受け取る。

 アリアは何も言わず、その様子を見ていた。

 彼女の傍らには、魔力蓄積石を入れた袋が置かれている。

 あれだけの戦いを経ても、どうにか持ち帰ることができたらしい。


ヒロ「石……無事だったんですね」


アリア「ああ」


ヒロ「よかった……」


アリア「まったくよくない」


 低い声に、ヒロは顔を上げた。


アリア「お前は自分が何をしたか分かっているのか?」


ヒロ「たぶん……重力魔法を使ったんだと思います」


アリア「それだけではない」


 アリアは自分の手を見つめた。


アリア「あの時、私の身体へお前の魔力が流れ込んだ」


ヒロ「俺の魔力が?」


アリア「身体が軽くなり、力も速度も魔力も増した。あんな現象は聞いたことがない」


 ヒロには覚えがなかった。

 ただ、アリアを助けなければならないと思った。

 それだけだ。


ヒロ「無意識だったみたいです」


アリア「だろうな」


 アリアはしばらく黙り込んだあと、短く息を吐いた。


アリア「今は帰ることだけを考えろ。話は館へ戻ってからだ」


ヒロ「はい」


 翌朝、二人はミレイアへ向けて出発した。

 帰路は、来た時よりもずっと長く感じられた。

 ヒロは魔力を使い果たした影響で、まともに馬へ乗っていることさえ難しかった。意識が遠のくたびに休み、傷口が開けば包帯を巻き直す。


 アリアも万全ではなかった。


 肩の傷は深く、左腕を動かすたびに顔をしかめていた。それでも、ヒロが馬から落ちそうになれば支え、夜になれば周囲を警戒しながら火を起こした。


 森を抜ける。

 荒れた街道を進む。

 小さな村で水と食料を分けてもらい、再び馬を走らせる。

 数日が過ぎる頃には、ヒロもどうにか自分で歩けるまで回復していた。

 それでも、身体の奥には重い疲労が残っている。

 魔力を使いすぎるというのは、単に疲れるのとは違った。

 自分の中身をごっそりと削り取られたような感覚だった。

 そして、鉱洞を出てから七日。

 夕暮れの街道の先に、ミレイアの街並みが見えてきた。


ヒロ「……やっと帰ってきた」


 思わず安堵の息が漏れる。

 見慣れ始めた石造りの家々。

 遠くに見える領主館。

 あそこへ戻れば休める。

 傷の手当ても受けられる。

 何より、魔力蓄積石をギデオンとリゼットへ渡せる。

 命を懸けて手に入れた石が、本当にトランシーバーを動かせるかもしれない。

 そう考えると、重かった足もわずかに軽くなった。

 だが、アリアは何も言わなかった。

 馬上から街を見つめたまま、眉を寄せている。


ヒロ「どうしたんですか?」


アリア「……妙だ」


ヒロ「何がです?」


アリア「見張りが少なすぎる」


 言われて、ヒロも周囲を見回した。


 街道沿いに設けられた監視所には誰もいない。


 普段なら夕方でも行商人や荷車が行き交っているはずなのに、今日は人影がほとんど見当たらなかった。


 街へ入っても、その違和感は消えない。

 店の扉は閉ざされている。

 道を歩く人も少ない。

 時折見かける住民も、何かを恐れるように足早に家へ入っていった。


ヒロ「何かあったんでしょうか」


アリア「分からない」


 アリアは馬を急がせた。

 二人が領主館へ着いた頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 門の前まで来て、ヒロは違和感の正体に気づく。

 誰もいない。

 いつもなら門の両側に立っている衛兵がいなかった。

 見張り台にも人影はない。

 馬が一頭、繋がれたまま不安そうに鼻を鳴らしている。


ヒロ「交代の時間、とかじゃ……」


アリア「あり得ない」


 アリアは馬から下りると、すぐに細剣を抜いた。

 その動きに迷いはなかった。


アリア「ヒロ。私の後ろにいろ」


ヒロ「はい」


 ヒロも腰の剣へ手をかける。

 まだ傷は痛む。

 戦える状態とは言い難い。

 それでも、何も持たずに進むよりはましだった。

 門は半開きになっていた。

 アリアが手を触れると、重い軋みを立てながらゆっくりと開く。

 庭にも人影はない。

 荷車が横倒しになり、中身が地面へ散らばっている。

 玄関へ続く石畳には、何かを引きずったような黒い跡が残っていた。


 血だった。


ヒロ「……っ」


 喉の奥が詰まる。

 アリアの表情も険しくなる。

 二人は足音を殺しながら、玄関へ近づいた。

 扉はわずかに開いている。

 アリアが壁へ背をつけ、剣先でゆっくりと押した。

 暗い館内が姿を現す。

 風が吹き抜け、どこかで扉が小さく揺れていた。

 誰の声も聞こえない。

 人の気配もない。

 ただ、鉄に似た生臭い匂いだけが漂っている。


アリア「……行くぞ」


 館へ足を踏み入れる。

 玄関広間は荒れ果てていた。

 椅子や机は倒され、花瓶は粉々に割れている。壁には剣で斬りつけた跡が残り、床には乾きかけた血が広がっていた。

 戦いがあった。

 それも、ほんの小さな争いではない。


ヒロ「みんな、どこに……」


 声が震えた。

 アリアは答えない。

 細剣を構えたまま、廊下の奥へ進んでいく。

 普段なら使用人たちが忙しく行き交っていた場所だ。

 ヒロへ文字を教えてくれたソフィも、よくこの廊下を歩いていた。

 笑いながら声をかけてくれた姿が脳裏をよぎる。

 今は、その面影すらない。

 廊下の壁には血が飛び散っていた。

 床にも、いくつもの足跡が残っている。

 その大半は赤黒く染まっていた。

 アリアが足を止めた。

 廊下の途中にある部屋の扉が、半分ほど開いている。

 扉の下から、乾いた血が帯のように流れ出していた。


アリア「……そこにいろ」


ヒロ「でも」


アリア「動くな」


 いつもより鋭い声だった。

 アリアは一人で扉へ近づく。

 細剣を前へ向けたまま、ゆっくりと部屋の中を覗き込んだ。

 その瞬間。

 アリアの身体が止まった。

 息を呑む音が、はっきりと聞こえた。


ヒロ「アリアさん?」


 返事はない。

 胸騒ぎに耐えられず、ヒロも扉へ近づいた。


アリア「見るな!」


 制止は間に合わなかった。

 部屋の中はひどく荒らされていた。

 棚は倒れ、衣服や食器が床へ散乱している。

 壁一面に赤い血が飛び散っていた。


ヒロ「ソフィさん……?」


 部屋の中央に、見覚えのある服を着た身体が倒れていた。


 けれど、その身体には首がなかった。

 視線が、床の隅へ吸い寄せられる。

 そこに転がっていたのは。

 ソフィの首だった。

 優しく笑っていたはずの顔。

 文字を間違えるたび、困ったように笑っていた顔。

 その瞳は虚ろに開かれたまま、何もない空間を見つめている。


ヒロ「……え」


 頭が理解を拒んだ。

 これは人形だ。

 見間違いだ。

 ソフィが、こんな姿になっているはずがない。

 けれど、生臭い匂いも、床を染めた血も、すべてが現実だった。


ヒロ「うっ……!」


 胃の奥から一気に何かが込み上げる。

 ヒロは口元を押さえ、廊下へ飛び出した。

 壁へ手をつき、その場へ膝をつく。


ヒロ「うぇっ……!」


 食べたものを激しく吐き戻した。

 呼吸ができない。

 身体の震えが止まらない。

 目から勝手に涙が溢れてくる。

 アリアも、部屋の入口から動けずにいた。

 普段なら、どんな状況でも真っ先に周囲を警戒するはずだった。

 だが今だけは違った。

 目を見開いたまま、ソフィの顔を見つめている。


アリア「……ソフィ」


 かすれた声だった。

 アリアは細剣を持っていない方の手を強く握った。

 爪が掌へ食い込み、血が滲んでも力を緩めない。


アリア「……くそっ」


 怒り。

 悔しさ。

 そして、自分たちが間に合わなかったという後悔。

 そのすべてが、短い言葉へ滲んでいた。

 ほんの数秒。

 けれど、ヒロが見るのは初めてだった。

 いつも冷静なアリアが、完全に判断を止めてしまう姿を。

 やがてアリアは大きく息を吸い、まだ完全には消えていない動揺を押し殺し、細剣を握り直した。


アリア「まだ敵がいる可能性がある」


 声はわずかに震えていた。

 それでも、再び前へ進もうとしている。


アリア「ヒロ。私から離れるな」


 ヒロは口元を拭い、震える足で立ち上がった。


ヒロ「……はい」


 そのとき。

 廊下のさらに奥から、微かな音が聞こえた。

 何かが軋むような音。

 そして、苦しげな呼吸。

 アリアが顔を上げる。


アリア「……誰かいる」

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