17話:無意識の覚醒
ヒロの叫びが洞窟中へ響いた。
ヒロ「うっぜぇなぁぁぁっ!!」
その瞬間だった。
胸の奥に沈んでいた魔力が、一気に噴き上がる。
今まで何度も感じてきた熱とは比べものにならない。
身体の内側から溢れ出し、洞窟全体へ広がっていく。
空気が震えた。
地面が低く唸る。
蜘蛛たちが一斉に動きを止めた。
ヒロ「……全部」
無意識だった。
魔法を使おうと考えたわけじゃない。
ただ、心の底から思った。
ヒロ「潰れろ」
ドォンッ!!
洞窟全体へ、とてつもない重圧が落ちた。
まるで空そのものが落ちてきたような衝撃。
蜘蛛たちの身体が一斉に地面へ叩きつけられる。
甲殻が砕ける。
脚が折れる。
岩盤へめり込み、黒い体液が飛び散った。
一体。
二体。
三体。
十体。
二十体。
周囲を埋め尽くしていた蜘蛛が、次々と押し潰されていく。
甲殻が潰れ、内臓が弾ける。
逃げようとした個体もいた。
だが逃げられない。
重力は容赦なく全身を押し付け、岩ごと砕いていく。
ぐしゃり。
ぐしゃり。
耳を塞ぎたくなるような音が、洞窟中へ響いた。
ほんの数秒。
それだけで、蜘蛛の群れは動かなくなった。
静寂。
残ったのは黒い体液と、押し潰された死骸だけだった。
ヒロ自身も膝をつく。
ヒロ「はぁ……っ……」
息が苦しい。
身体中から力が抜けていく。
魔力を使い切った。
そんな感覚だった。
視界もぼやけ始める。
それでも、まだ終わっていない。
前方ではユニークモンスターが立っていた。
アラクネ。
巨体こそ傷だらけだったが、まだ生きている。
八つの目が怒りに染まり、ゆっくりとアリアへ向く。
アリア「まだ……立つか」
左腕は糸に絡まり、肩から血が流れている。
呼吸も荒い。
万全とは程遠い。
それでも細剣を握る手だけは震えていなかった。
アラクネが咆哮を上げる。
巨大な脚が振り上げられる。
決着をつける一撃。
アリアも最後の魔力を細剣へ集め始めた。
青白い雷が剣身を走る。
しかし、足が止まる。
傷と疲労で体が動かない。
勝てない。
そう悟った瞬間だった。
ヒロの身体から、淡い銀色の光が溢れた。
本人に意識はない。
ただ、アリアを助けたい。
その思いだけが魔力となって流れ出した。
銀色の光がアリアを包む。
アリア「……これは?」
疲労が消える。
身体が軽い。
剣が羽のように軽く感じる。
アリアは目を見開いた。
アリア「身体強化……?」
今まで経験したことのない感覚だった。
自分で雷魔法を使ったわけではない。
ヒロから流れてきた魔力が、自分の身体能力そのものを底上げしている。
この世界では存在しないはずの魔法。
だが考える時間はない。
アラクネが飛び込んできた。
アリア「……感謝する」
一歩。
踏み込む。
その瞬間、景色が遅くなった。
違う。
自分が速くなっている。
一瞬でアラクネの懐へ潜り込む。
巨体が反応するより早く。
細剣を突き出した。
アリア「雷閃」
切っ先が胸部を貫いた。
同時に、雷鳴が洞窟を揺らす。
轟音。
青白い雷がアラクネの体内を駆け巡った。
甲殻が砕ける。
脚が弾け飛ぶ。
腹部が内側から破裂し、巨体が大きく仰け反る。
最後に悲鳴とも咆哮ともつかない声を上げ。
アラクネはゆっくりと崩れ落ちた。
地響きとともに、洞窟が静まり返る。
アリアは剣を下ろし、大きく息を吐く。
アリア「終わった……」
すぐにヒロの元へ駆け寄る。
ヒロは地面へ倒れ込んでいた。
顔色は真っ青。
呼吸も浅い。
だが、生きている。
アリア「ヒロ!」
呼びかけても返事はない。
魔力切れによる昏倒だ。
アリアは安堵の息を漏らした。
周囲には、押し潰された蜘蛛の死骸が無数に転がっている。
あれほどいた群れを、一撃で。
そして最後には、自分へ身体強化魔法まで付与した。
アリア「……こんな魔法」
聞いたことがない。
重力魔法だけではない。
最後に自分へ流れ込んだ魔法も、この世界の常識には存在しないものだった。
アリアは静かにヒロを背負う。
アリア「帰るぞ、ヒロ」
そう呟き、魔力蓄積石の袋を拾い上げる。
夕日が差し込む洞窟の出口へ向かって、一歩ずつ歩き始めた。
二人はまだ知らない。
この日ヒロが無意識に使った力が、この世界の常識そのものを大きく変える第一歩になることを。




