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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
1章

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14話:はじめての戦闘

 ミレイアの街を出てから、しばらくの間、二人は街道に沿って馬を進めていた。


 朝の空気はまだ冷たく、吐く息がわずかに白い。

 街の外には緩やかな丘陵が広がり、その先には深い森が見えている。


 ヒロは慣れない馬の揺れに耐えながら、何度も姿勢を直していた。


ヒロ「……思ってたより、きついですね」


アリア「まだ半刻も進んでいない」


ヒロ「もう腰が痛いんですけど」


アリア「力を入れすぎだ。馬の動きに合わせろ」


ヒロ「それができたら苦労してません」


 前を進むアリアは、振り返ることもなく答えた。

 白銀の鎧を身につけたままでも、身体はほとんど揺れていない。


 馬に乗り慣れている者と、そうでない者の差は一目で分かった。


ヒロ「副団長って、何でもできますよね」


アリア「必要なことを覚えただけだ」


ヒロ「料理は?」


アリア「……できる」


 返事まで、ほんの少し間があった。


ヒロ「今、迷いましたよね?」


アリア「迷っていない」


ヒロ「得意料理は何ですか?」


アリア「干し肉を焼く」


ヒロ「それ、料理って言います?」


アリア「火を通している」


ヒロ「料理長が聞いたら怒りそうだな……」


 アリアは何も答えなかった。

 だが、わずかに耳が動いたように見えた。


 街道を進むにつれ、周囲の景色は少しずつ変わっていく。

 畑や小さな家々は減り、代わりに背の高い木々が増えていった。


 途中、何度か旅人や商人の荷車とすれ違った。

 そのたびにアリアは軽く手を上げ、相手も頭を下げる。


 騎士団の副団長という立場は、街の外でもよく知られているらしい。


ヒロ「グラナ鉱洞までは、どれくらいかかるんですか?」


アリア「順調なら六日ほどだ」


ヒロ「六日……」


アリア「嫌になったか?」


ヒロ「いや、思ってたより遠いなって」


アリア「鉱洞の周辺には村がない。魔物が増えてからは、街道を使う者も減った」


ヒロ「ユニークモンスターがいるかもしれないんですよね」


アリア「ああ」


ヒロ「どんな魔物なんですか?」


アリア「目撃者の話では、大型の獣型だ。だが、姿をはっきり見た者はいない」


ヒロ「そんな曖昧な情報で行くんですか?」


アリア「だから確認する」


ヒロ「騎士って大変だな……」


アリア「今さら気づいたのか」


 淡々とした返事だった。

 けれど、アリアの声にはどこか誇りのようなものが混じっていた。


 昼を過ぎた頃、二人は街道脇で短い休憩を取った。

 馬へ水を飲ませ、硬いパンと干し肉を口へ運ぶ。


 ヒロは料理長から渡された揚げた芋を一枚取り出した。


ヒロ「食べます?」


アリア「もらおう」


 アリアは迷わず手を伸ばした。

 薄い芋を口へ運び、小さく噛む。


 ぱりっ、と軽い音が鳴った。


アリア「悪くない」


ヒロ「もっと素直に美味しいって言えばいいのに」


アリア「悪くないと言った」


ヒロ「副団長の中では、かなり高評価なんですよね?」


アリア「勝手に解釈するな」


 そう言いながら、アリアは二枚目へ手を伸ばした。


 休憩を終え、再び馬を進める。

 日が傾き始める頃には、街道の両脇を森が囲んでいた。


 枝葉の隙間から差し込む光は赤く、足元には長い影が伸びている。


アリア「今日はここまでだ」


 アリアは街道から少し離れた開けた場所へ馬を進めた。

 近くには小さな川が流れており、周囲の見通しも悪くない。


 野営には適した場所らしい。


 馬を木へ繋ぎ、荷物を降ろす。

 アリアは周囲を確認したあと、乾いた枝を集め始めた。


ヒロ「野宿って、もっと適当にするものだと思ってました」


アリア「適当に眠れば、夜中に魔物へ食われる」


ヒロ「怖いことをさらっと言わないでください」


アリア「事実だ」


 二人で簡単な焚き火を作る。

 ヒロは保存食を取り出した。


 硬いパン。

 干し肉。

 乾燥した野菜。

 そのまま食べてもいいが、せっかく火がある。


ヒロ「鍋ってあります?」


アリア「小さいものならある」


 アリアが荷物の中から金属製の鍋を取り出した。

 ヒロは川から汲んだ水を沸かし、干し肉と乾燥野菜を入れる。


 塩と香草も少しだけ加えた。


アリア「何を作っている?」


ヒロ「スープです。干し肉だけだと味気ないので」


アリア「旅の食事に贅沢を求めるな」


ヒロ「せっかく食べるなら、美味しい方がいいでしょ」


 鍋から湯気が立ち上る。

 干し肉の塩気と香草の匂いが混ざり、空腹を刺激した。


 ヒロは木の器へスープを注ぎ、アリアへ差し出す。


アリア「……いただこう」


 アリアは一口飲んだ。

 少しだけ目を細める。


ヒロ「どうです?」


アリア「温かい」


ヒロ「感想それだけ?」


アリア「味も悪くない」


ヒロ「またそれだ」


 だが、アリアは黙ったまま二口目を飲んでいる。

 どうやら気に入ったらしい。


 食事を終える頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 森の中から虫の声が聞こえ、川の流れる音が静かに続いている。


 元の世界では、これほど星が見える場所へ来たことはなかった。

 夜空には無数の光が浮かび、見知らぬ星座を作っている。


ヒロ「星は、あまり変わらないんですね」


アリア「故郷にも同じものがあるのか?」


ヒロ「似てます。でも、知ってる星座は見つからないです」


 アリアは空を見上げた。


アリア「北に見える三つの星は、旅人の灯と呼ばれている」


ヒロ「旅人の灯?」


アリア「三つを結んだ先が北を示す。街道を外れたときに使う」


ヒロ「へえ……」


 ヒロも同じ星を探した。

 少し離れた空に、並んだ三つの光が見える。


ヒロ「副団長って、本当に旅慣れてるんですね」


アリア「騎士になれば、街の中にいる時間の方が少ない」


ヒロ「休みの日は何してるんですか?」


アリア「鍛錬」


ヒロ「休んでないじゃないですか」


アリア「身体を動かす方が落ち着く」


ヒロ「俺には理解できないな……」


 アリアは小さく息を吐いた。


アリア「お前も最近は、毎朝訓練しているだろう」


ヒロ「それは必要だからです」


アリア「同じだ」


ヒロ「全然違う気がする」


 焚き火の向こうで、アリアの口元がわずかに緩んだように見えた。

 だが、火が揺れたため、本当に笑ったのかは分からなかった。


 しばらくして、アリアが立ち上がる。


アリア「川で身体を洗ってくる」


ヒロ「今からですか?」


アリア「鎧のまま一日移動した。汗を流しておきたい」


ヒロ「確かに」


アリア「お前も洗うなら、私のあとにしろ」


ヒロ「分かりました」


 アリアは荷物から布と着替えを取り出し、川の下流へ向かった。

 木々の向こうへ姿が消える。


 ヒロは焚き火へ枝を足しながら待った。

 しかし、しばらくして風が強くなる。


 焚き火の火の粉が舞い、近くに置かれていた布へ飛びそうになった。


ヒロ「危なっ」


 慌てて布を退かす。

 その拍子に、水を汲んでいた桶が倒れた。


ヒロ「最悪だ……」


 火を消さないためには、もう一度水を汲んでおいた方がいい。

 ヒロは桶を持ち、アリアが向かったのとは反対側へ歩いた。


 少し上流へ向かえば問題ない。

 そう思っていた。


 だが、暗い森の中では距離感が分かりづらい。

 川沿いを歩いているうちに、いつの間にかアリアのいる場所へ近づいてしまったらしい。


 水の音に混じり、小さな気配が聞こえた。

 ヒロは木の陰から川へ出る。


ヒロ「アリア、まだ……」


 言葉が止まった。


 月明かりの下。

 アリアが背中を向け、髪を片手で持ち上げていた。


 普段は短く見える髪も、濡れると首筋に沿って伸びている。

 白い肩と背中には、訓練でついたらしい小さな傷跡がいくつか残っていた。


 水面が揺れ、身体の輪郭をぼんやりと隠している。


 ヒロは反射的に目を逸らした。


ヒロ「ご、ごめん!」


 水音が止まる。


アリア「……ヒロ」


 静かな声だった。

 怒鳴られるよりも怖い。


ヒロ「わざとじゃないです! 水を汲もうとして、道を間違えて!」


アリア「こちらへ来るなと言ったはずだ」


ヒロ「反対側に行ったつもりだったんです!」


 少しの沈黙。

 ヒロは背中を向けたまま、動かなかった。


アリア「見たか」


ヒロ「見てません!」


アリア「即答するな」


ヒロ「いや、少しは見えましたけど、すぐ逸らしました!」


アリア「正直なのか馬鹿なのか、どちらだ」


ヒロ「嘘つくよりいいかと思って……」


 背後で水音がする。

 アリアが岸へ上がったらしい。


ヒロは前だけを見続けた。


アリア「振り返るな」


ヒロ「絶対に振り返りません」


アリア「動くな」


ヒロ「動きません」


 布が擦れる音が聞こえる。

 数十秒が、やけに長く感じられた。


アリア「もういい」


 ヒロは恐る恐る振り返った。

 アリアはすでに着替えを終え、濡れた髪を布で拭いている。


 表情はいつもと変わらない。

 だが、耳がわずかに赤い。


ヒロ「本当にすみませんでした」


アリア「次はない」


ヒロ「はい」


アリア「今見たものも忘れろ」


ヒロ「努力します」


アリア「忘れろ」


ヒロ「忘れました」


 即座に言い直すと、アリアはじっと睨んできた。


アリア「……戻るぞ」


ヒロ「はい」


 二人は並んで野営地へ戻った。

 行きよりも、空気が妙に重い。


 ヒロは何か話した方がいいと思ったが、何を口にしても墓穴を掘る気がした。


 結局、焚き火へ戻るまで一言も話さなかった。


 その夜は、交代で見張りをすることになった。

 先にヒロが休み、夜半から見張りを代わる。


 だが、寝袋へ入ってもなかなか眠れなかった。

 先ほど見てしまった光景が、頭から離れない。


ヒロ「忘れろって言われてもな……」


アリア「何か言ったか?」


ヒロ「何も言ってません」


 焚き火の向こうから返事が飛んできた。

 ヒロは目を閉じ、無理やり眠りについた。



 肩を揺さぶられ、ヒロは目を覚ました。


アリア「起きろ」


ヒロ「……交代ですか?」


アリア「違う」


 アリアの声が低い。

 眠気が一瞬で消えた。


 焚き火は小さくなっている。

 周囲の森は暗く、風も止まっていた。


 その静けさの中。

 草を踏む音が聞こえる。


 一つではない。


 ヒロは身体を起こし、腰の剣へ手を伸ばした。


アリア「三体。獣型だ」


ヒロ「見えるんですか?」


アリア「気配で分かる」


 森の奥で、赤い光が揺れた。

 目だ。


 低い唸り声が響く。

 木々の間から、狼に似た魔物が姿を現した。


 元の世界の狼よりも大きい。

 背中には黒い棘が並び、口元から鋭い牙が覗いている。


 アリアが細剣を抜く。


アリア「ブラックハウンドだ」


ヒロ「強いんですか?」


アリア「一体なら、お前でも倒せる」


ヒロ「その言い方、全然安心できないんですけど」


アリア「私が二体を引き受ける。残りはお前がやれ」


ヒロ「いきなりですか?」


アリア「実戦は待ってくれない」


 ブラックハウンドたちが地面を蹴った。


 アリアが前へ出る。

 細剣が閃き、一体の喉元を正確に貫いた。


 残る一体が横から飛びかかる。

 アリアは身体を捻り、雷をまとわせた蹴りで弾き飛ばした。


 そして、三体目がヒロへ向かってくる。


ヒロ「っ!」


 剣を抜く。

 金属の刃が月明かりを反射した。


 だが、身体が動かない。


 魔物は速い。

 唸り声。

 牙。

 地面を蹴る音。


 訓練場で木剣を振っていたときとは違う。

 目の前の相手は、本気で自分を殺そうとしている。


 怖い。


 逃げたい。


 足が地面へ縫い付けられたように動かなかった。


 ブラックハウンドが跳ぶ。


アリア「ヒロ!」


 その声で、バルドの言葉を思い出した。


 怖がっていい。

 動けなくなるな。


ヒロ「うああっ!」


 ヒロは横へ転がった。

 牙が外套の端を裂く。


 地面へ手をつき、すぐに立ち上がる。

 ブラックハウンドが振り返る。


 今度は止まらない。


 剣を構える。

 息を吸う。


 相手の動きを見る。


 ブラックハウンドが再び走り出した。

 ヒロは正面から剣を振ろうとする。


 だが、そのままでは届く前に噛みつかれる。


 ヒロは剣へ魔力を流した。


 軽くする。

 一瞬だけでいい。


 手の中の重さがわずかに消える。


 剣を横へ振る。

 刃が今までより速く走った。


 ブラックハウンドの前脚へ当たる。

 鈍い感触が手へ伝わった。


 魔物が悲鳴を上げ、地面へ転がる。


 倒したわけではない。

 だが、動きは止まった。


ヒロ「今だ!」


 ヒロは一歩踏み込んだ。


 剣を両手で握り、首元へ振り下ろす。


 刃が肉へ食い込む。

 温かいものが手と頬へ飛んだ。


 ブラックハウンドの身体が大きく震える。

 やがて、動かなくなった。


 ヒロは剣を握ったまま、荒い息を吐いた。


ヒロ「……倒した?」


 声が震えている。


 少し離れた場所で、雷の音が響いた。

 アリアが最後の一体を仕留める。


 静けさが戻った。


 ヒロは足元の魔物を見下ろした。


 自分が殺した。


 その事実が、遅れて胸へ落ちてくる。


 胃の奥がひっくり返るような感覚がした。

 剣を落としそうになる。


 アリアが近づいてきた。


アリア「剣を離すな」


ヒロ「でも……」


アリア「周囲に他の魔物がいないとは限らない」


 ヒロは歯を食いしばり、剣を握り直した。


 アリアは周囲を見回したあと、ようやく細剣を鞘へ戻した。


アリア「もう大丈夫だ」


 その言葉を聞き、ヒロの肩から力が抜けた。


ヒロ「死ぬかと思いました」


アリア「最初に動けなかったな」


ヒロ「……はい」


アリア「剣筋も乱れていた」


ヒロ「分かってます」


アリア「だが」


 アリアは倒れたブラックハウンドへ視線を向けた。


アリア「初実戦にしては、悪くなかった」


 ヒロは顔を上げた。


ヒロ「それ、褒めてます?」


アリア「悪くなかったと言った」


ヒロ「やっぱり、それなんですね」


 アリアはわずかに口元を緩めた。


アリア「生き残った。それが何よりだ」


 ヒロは剣についた血を見つめた。

 手はまだ震えている。


 怖かった。

 今も怖い。


 けれど、自分は動いた。

 逃げずに剣を振った。


 焚き火の向こうでは、夜の森が静かに広がっている。

 グラナ鉱洞までは、まだ遠い。


 初めての旅。

 初めての野宿。

 そして、初めての実戦。


 ヒロは血のついた剣を握りながら、自分が本当にこの世界を歩き始めたのだと、ようやく実感していた。

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