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異世界交信 〜元の世界とつながるトランシーバーで異世界を攻略します〜  作者: のる
1章

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11/49

11話:試験

 買い出しへ出た日から、さらに数日。

 ヒロの生活は、ほとんど決まった流れになっていた。


 朝は走り込み。

 そのあとに素振り。

 昼は重力魔法の訓練。

 夕方には館の仕事を手伝い、夜はソフィから文字を教わる。


 同じことの繰り返しだった。

 けれど、以前とは違う。

 最初は百回振るだけで腕が上がらなくなっていた木剣も、今では最後まで構えを崩さずに振れるようになった。

 走り込みでも、途中で立ち止まることはほとんどなくなった。

 足運びも少しずつ安定している。

 重力魔法も、まったく変化が起きなかった頃と比べれば、明らかに扱えるようになっていた。


ヒロ「……軽く」


 掌の上に乗せた小石へ魔力を流す。

 意識するのは、持ち上げることではない。

 地面に引かれる力を、ほんの少しだけ弱める。

 小石を指で弾く。

 いつもより高く上がり、地面へ落ちた。


ヒロ「今のは、できたよな」


 ヒロは落ちた小石を拾い上げる。

 もう一度試す。

 だが、今度は何も変わらない。


ヒロ「毎回できれば楽なんだけどな……」


 ヒロが一人で木剣を振っていると、訓練場へ大きな足音が近づいてきた。

 振り返ると、バルドが木剣を片手に歩いてくる。

 その後ろには、アリアもいた。


ヒロ「今日は二人ともいるんですね」


バルド「なんだ。いちゃ悪いか」


ヒロ「最近、ずっと外に出てたじゃないですか」


アリア「北の森の調査は、ひとまず落ち着いた」


ヒロ「異変が収まったんですか?」


アリア「完全にではない。ただ、魔物の目撃数は減っている」


 ヒロは少しだけ安心した。

 騎士団が頻繁に出動している間、怪我人が出ることもあった。

 バルドやアリアが戻るまで、落ち着かない夜も何度かあった。

 だが、バルドは安心させるようなことは言わなかった。


バルド「静かになったからって、終わったとは限らん」


アリア「むしろ、急に落ち着いたことが気になる」


ヒロ「悪いことが起きる前みたいな言い方しないでくださいよ」


バルド「油断して痛い目を見るよりましだ」


 バルドはそう言いながら、木剣を肩へ担いだ。


バルド「まあ、その話はあとだ」


ヒロ「何かあるんですか?」


バルド「お前の訓練を見る」


ヒロ「いつも見てるじゃないですか」


バルド「今日は少し違う」


 バルドは訓練場の中央へ歩いていく。

 数歩進んだところで足を止め、ヒロへ向き直った。


バルド「そろそろ仕上げだ」


ヒロ「仕上げ?」


バルド「俺と一本やる」


 ヒロは一瞬、言葉を失った。

 バルドの持っている木剣と、自分の木剣を見比べる。


ヒロ「いやいや、無理ですよ」


バルド「安心しろ。本気じゃやらねえ」


ヒロ「それでも団長ですよね」


バルド「だから試験になるんだろうが」


ヒロ「試験って、何のですか?」


バルド「あとで分かる」


 嫌な予感しかしなかった。

 アリアは訓練場の端へ移動し、腕を組んだ。


アリア「始めろ」


ヒロ「副団長は止めてくれないんですか?」


アリア「なぜ止める必要がある」


ヒロ「俺が一方的にやられる未来しか見えないからです」


バルド「話してる暇があるなら構えろ」


 バルドが木剣を構える。

 ただ、それだけだった。

 大きく腰を落とすわけでもない。

 剣先をこちらへ向けるわけでもない。

 自然に立っているように見える。

 それなのに、隙がまったく見えなかった。

 ヒロは木剣を握り直した。

 勝てるとは思っていない。

 だが、ここまで訓練してきた。

 何もできずに終わるのだけは嫌だった。


ヒロ「……お願いします!」


 ヒロは地面を蹴った。


 前へ踏み込みながら、木剣を横へ振る。

 バルドは身体をわずかにずらした。

 木剣が空を切る。


ヒロ「っ!」


 振り切る前に、バルドの木剣が脇腹へ触れた。


バルド「一本」


ヒロ「早すぎません?」


バルド「敵が待ってくれると思うな」


 ヒロはすぐに構え直した。

 今度は正面から踏み込む。

 木剣を上から振り下ろす。

 乾いた音が響いた。

 バルドの木剣に受け止められる。

 そのまま押し切ろうとするが、びくともしない。


バルド「力みすぎだ」


 次の瞬間、木剣を横へ弾かれた。

 ヒロの体勢が崩れる。

 足を踏み出して耐えようとしたが、バルドの足がその前へ入った。

 視界が傾く。

 気づいたときには、背中から地面へ転がっていた。


ヒロ「痛っ……」


バルド「二本目」


ヒロ「これ、何本取られたら終わりですか?」


バルド「俺がいいと言うまでだ」


ヒロ「最悪の答えだ……」


 ヒロは木剣を支えに立ち上がった。

 もう一度構える。

 息を整える。

 今度はすぐに踏み込まない。

 バルドの動きを見る。


 肩。

 腕。

 足。


 どこが先に動くのか。

 じっと見ていると、バルドが笑った。


バルド「来ないなら、こっちから行くぞ」


 姿がぶれた。

 そう感じるほど速かった。


ヒロ「っ!」


 木剣が横から迫る。

 ヒロは慌てて受け止めた。

 重い。

 両腕が一気に痺れる。

 踏ん張った足が地面を滑った。

 さらに二撃目が飛んでくる。


 上。

 横。

 下。


 ヒロは防ぐだけで精いっぱいだった。

 剣を受けるたびに腕が軋む。

 足が止まる。

 呼吸が乱れる。


アリア「足を止めるな」


 訓練場の端から、アリアの声が飛んできた。

 ヒロは歯を食いしばり、横へ動く。

 バルドの木剣が目の前を通り過ぎた。

 避けた。

 そう思った瞬間、肩へ軽い衝撃が走る。


バルド「三本目」


ヒロ「今、避けましたよね?」


バルド「一撃目はな」


ヒロ「二撃目が見えなかったんですけど」


バルド「見えるようになれ」


ヒロ「無茶言わないでくださいよ」


 バルドは笑いながら木剣を構え直した。


バルド「まだやるか?」


ヒロ「やります」


 答えはすぐに出た。

 ここで終われば、今までと何も変わらない。

 ヒロは再び地面を蹴った。


 踏み込み。

 横薙ぎ。

 受け流される。

 戻しながら、下から振り上げる。

 避けられる。

 木剣が肩へ落ちてくる。

 転がるように避ける。

 立ち上がる。

 また向かう。


 何度やっても届かない。

 バルドはほとんどその場から動かず、すべての攻撃を受け流した。

 ヒロが焦るほど、剣筋は乱れていく。


アリア「呼吸が浅い」


 ヒロは大きく息を吸う。


アリア「肩の力を抜け」


 言われた通りに力を抜こうとする。

 だが、バルドの木剣が迫ると、身体が勝手に固まってしまう。


バルド「怖がるのは悪くねえ」


 木剣同士がぶつかる。


バルド「だが、怖がって動けなくなるなら意味がない」


 押し返される。

 足が地面を滑る。


ヒロ「分かってます!」


バルド「分かってる奴の動きじゃねえな」


 木剣が横から飛んでくる。

 ヒロは身を沈めて避けた。

 そのまま前へ踏み込む。

 下から木剣を振り上げる。

 バルドは半歩下がった。

 木剣の先が、服の端をかすめる。


ヒロ「惜しい!」


バルド「声に出す余裕があるなら、次を出せ」


 バルドの木剣が返ってくる。

 ヒロは受け止めきれず、再び地面へ転がった。


 背中が痛い。

 腕も重い。

 呼吸も苦しい。

 それでも、木剣を握る手は離さなかった。


バルド「もう終わりか?」


 何度目か分からない言葉だった。

 ヒロは地面へ手をつき、ゆっくり立ち上がった。


ヒロ「まだです」


バルド「なら来い」


 ヒロは構えた。

 だが、すぐには動かなかった。

 何度やっても、普通に振るだけでは届かない。

 足運びも。

 剣の速さも。

 力も。

 すべてバルドの方が上だ。

 それなら、自分にしかできないことを使うしかない。

 掌の上で小石を軽くした感覚を思い出す。

 果物の動きを鈍らせたときの感覚。

 魔力を対象へ流し、重さへ触れる。

 相手に使うのは、まだ難しい。

 なら、自分の持っている物ならどうか。

 ヒロは木剣を見た。

 以前、無意識に木剣へ魔力が流れたことがある。

 あのときは、少しだけ振りやすくなった気がした。

 同じことができれば。

 ヒロは木剣を握る手へ意識を集中させた。

 身体の奥にある熱を、指先へ流す。

 そこから、木剣へ。

 最初は何も起きない。


 焦るな。

 力を入れすぎるな。

 重くするのではなく、軽くする。

 ほんの一瞬でいい。


バルド「来ないなら、こっちから行くぞ」


 バルドが前へ出た。

 ヒロは息を吸う。

 足を踏み込む。

 腰を回す。

 木剣を振る。

 その瞬間。

 手の中の重さが、わずかに消えた。


ヒロ「っ!」


 木剣が、今までより速く走る。

 バルドの目がわずかに見開かれた。

 木剣同士がぶつかる。

 乾いた音が響いた。

 バルドが受け止めた。

 そう思った。

 だが、ヒロの木剣は受け止められる直前に軌道を変えていた。

 軽くなった木剣を、手首でわずかに返す。

 バルドの木剣を滑り、その先へ届く。

 バシッ。

 軽い音が訓練場へ響いた。

 ヒロの木剣の先が、バルドの肩へ触れている。

 その場が静まり返った。


ヒロ「……え?」


 自分でも何が起きたのか分からなかった。

 木剣を見る。

 バルドの肩を見る。

 確かに当たっている。

 ほんのわずかに。

 触れただけに近い。

 それでも、今まで一度も届かなかった一撃だ。

 訓練場の端にいたアリアも、目を見開いていた。


アリア「今のは……」


 バルドはしばらく動かなかった。

 やがて、自分の肩へ触れた木剣を手で押し退ける。

 その口元が、ゆっくりと上がった。


バルド「一本、とは言えねえな」


ヒロ「……ですよね」


 嬉しさが一瞬でしぼむ。

 だが、バルドは笑ったままだった。


バルド「だが、初めてだ」


ヒロ「何がですか?」


バルド「訓練で、俺に一撃入れた」


 ヒロは顔を上げた。


バルド「もちろん、本気なら避けられた」


ヒロ「やっぱり」


バルド「そこで落ち込むな」


 バルドは木剣を肩へ担いだ。


バルド「俺が手を抜いていたとしても、今までのお前なら届かなかった」


 その言葉に、ヒロは黙った。


バルド「今の一撃は、お前が考えて、自分で掴んだものだ」


ヒロ「木剣を軽くしました」


バルド「見りゃ分かる」


 アリアが二人の方へ近づいてくる。


アリア「木剣へ魔力を流したのか?」


ヒロ「たぶん」


アリア「たぶん?」


ヒロ「意識はしました。でも、本当にできるとは思ってなくて」


 アリアはヒロの木剣を受け取った。

 表面を確かめるように眺める。

 だが、見た目に変化はない。


アリア「もう一度できるか?」


ヒロ「今すぐは難しいかもしれません」


アリア「やってみろ」


 ヒロは木剣を受け取り、魔力を流そうとした。

 だが、何も変わらない。

 もう一度試す。

 わずかに軽くなったような気がしたが、先ほどほどではなかった。


ヒロ「駄目ですね」


アリア「完全に制御できているわけではないか」


バルド「だが、使い道はありそうだな」


アリア「武器へ魔力を流し、属性の効果を与える……」


 アリアは考え込むように呟いた。


ヒロ「この世界では、誰もやらないんですか?」


アリア「魔法は外へ放つものだ」


ヒロ「でも、魔道具は魔力で動くんですよね?」


アリア「魔道具には、魔力を受け取るための術式が刻まれている。普通の武器とは違う」


ヒロ「じゃあ、今のは何なんですか?」


アリア「私にも分からない」


 アリアは木剣を見つめたまま、少しだけ目を細めた。


アリア「だが、面白い」


 短い言葉だった。

 けれど、アリアが素直に興味を示すのは珍しい。


ヒロ「褒めてます?」


アリア「興味深いと言っている」


ヒロ「似たようなものですよね」


アリア「違う」


 即答だった。

 バルドが横で笑う。


バルド「まあ、いいだろ」


 バルドはヒロへ向き直った。


バルド「剣士としては、まだ半人前にも届いてねえ」


ヒロ「さっきより評価下がってません?」


バルド「話は最後まで聞け」


 バルドは笑みを消し、真っ直ぐヒロを見る。


バルド「だが、自分なりの戦い方は見つけ始めている」


 ヒロは木剣を握り直した。


バルド「魔物を前にしても、何もせずに逃げ回るだけにはならんだろう」


ヒロ「それって……」


バルド「ああ」


 バルドは大きく頷いた。


バルド「合格だ」


ヒロ「……本当に?」


バルド「何度も言わせるな」


 胸の奥が熱くなる。

 初めて、バルドから認められた。

 まだ強くなったわけではない。

 勝てる相手も少ない。

 それでも、ここまで続けてきたことが無駄ではなかった。


ヒロ「ありがとうございます」


バルド「礼はまだ早い」


ヒロ「え?」


バルド「次はアリアだ」


 ヒロの表情が固まる。

 アリアはすでに訓練場の奥へ歩いていた。

 地面に置かれていた大きな石の前で足を止める。

 抱えるには少し大きい。

 人の頭ほどの大きさがある。


アリア「来い」


ヒロ「まだやるんですか?」


アリア「当然だ」


ヒロ「今、結構いい雰囲気で終われそうだったんですけど」


アリア「剣の試験が終わっただけだ」


 ヒロは疲れた身体を引きずり、石の前へ向かった。


アリア「この石を重くしろ」


ヒロ「どれくらいですか?」


アリア「私が持ち上げにくいと感じる程度だ」


ヒロ「基準がおかしくないですか?」


 アリアは無言で石を片手で持ち上げた。

 重そうな様子はない。


ヒロ「それ、普通の人は片手で持てないですよね?」


アリア「私は持てる」


ヒロ「だから基準がおかしいって言ってるんです」


 アリアは石を地面へ戻した。


アリア「始めろ」


 聞く気はないらしい。

 ヒロは石の前へ座り、両手を当てた。

 小石よりはるかに大きい。

 その分、魔力を流す対象としても分かりやすいかもしれない。

 ヒロは目を閉じた。

 身体の奥から魔力を集める。


 石へ流す。

 重くする。

 地面へ沈めるように。

 力を込める。


 次の瞬間。

 石の下から、鈍い音が響いた。

 地面に細いひびが入る。


ヒロ「……」


アリア「流しすぎだ」


ヒロ「分かってます」


アリア「分かっている者は地面を割らない」


ヒロ「その言い方、前にも聞きました」


アリア「同じ失敗をしているからだ」


 正論だった。

 ヒロは一度、石から手を離した。

 呼吸を整える。

 魔力量は多い。

 だからこそ、少し流したつもりでも出力が大きくなる。

 水を樽から注ぐように。

 少しずつ。

 細く。

 今度は力を押しつけるのではなく、石そのものへ触れる意識を持つ。

 もう一度、両手を石へ当てた。


ヒロ「……重くなれ」


 魔力を流す。

 ゆっくり。

 少しずつ。

 石の周囲に変化はない。

 地面も割れない。


 だが、手の下にある感触が少しずつ変わっていく。

 石が地面へ沈み込むような重さを持ち始める。


ヒロ「今です」


 アリアが石へ手をかけた。

 片手で持ち上げようとする。

 石がわずかに浮く。

 だが、先ほどのようには上がらない。

 アリアの眉がほんの少し動いた。

 今度は両手で持ち上げる。

 石が地面から離れた。

 数秒後、ヒロの集中が切れる。

 石の重さが元へ戻った。

 アリアは石を地面へ置いた。


ヒロ「どうですか?」


 アリアはしばらく石を見つめていた。


アリア「合格だ」


ヒロ「本当ですか?」


アリア「ああ」


ヒロ「もう一回持ち上げなくていいんですか?」


アリア「必要ない。確かに重さは変わっていた」


 ヒロは大きく息を吐いた。

 その場に座り込みそうになる。


アリア「ただし、維持時間は短い」


ヒロ「分かってます」


アリア「対象が大きくなるほど、消費する魔力も増えている」


ヒロ「それも分かりました」


アリア「制御もまだ不安定だ」


ヒロ「一回くらい普通に褒めてくれてもいいんですよ」


 アリアは少し黙った。

 それから、短く口を開く。


アリア「よくやった」


ヒロ「……急に言われると怖いな」


アリア「二度と言わん」


ヒロ「すみません。嬉しいです」


 アリアは小さく息を吐いた。

 バルドが訓練場の端で笑っている。


バルド「これで二人とも合格だな」


ヒロ「合格って、結局何の試験だったんですか?」


 バルドは木剣を置き、腕を組んだ。


バルド「グラナ鉱洞へ行くための試験だ」


 ヒロの動きが止まった。


ヒロ「……行っていいんですか?」


バルド「ああ」


 思わず声が出そうになる。

 ずっと目標にしていた場所だ。

 魔力蓄積石があるかもしれない鉱洞。

 トランシーバーを動かすために必要なものが、ようやく手に入るかもしれない。


ヒロ「いつですか?」


バルド「早ければ明日の朝だ」


ヒロ「そんなにすぐ?」


バルド「何だ。行きたくないのか?」


ヒロ「行きたいです」


 ヒロはすぐに答えた。

 だが、アリアは冷静な表情のままだった。


アリア「一人で行かせるつもりではないだろうな」


バルド「当たり前だ」


ヒロ「さすがに一人じゃないですよね」


バルド「一人なら、今の倍は鍛えてからだ」


ヒロ「今の倍って、何か月かかるんですか」


バルド「さあな」


 バルドはアリアへ視線を向けた。


バルド「お前がついていけ」


アリア「私が?」


バルド「ああ」


 アリアはわずかに眉を寄せた。


アリア「騎士を数名つければ十分では?」


バルド「普通の鉱洞ならな」


 バルドは表情を引き締めた。


バルド「最近、この辺りの魔物の動きは収まりつつある」


バルド「北の森も、ノルン神殿跡の周辺も、目撃数は減っている」


ヒロ「なら、危険も減ってるんじゃないですか?」


バルド「そう単純なら楽なんだがな」


 バルドは首を横へ振った。


バルド「グラナ鉱洞の近くで目撃されたユニークモンスターは、まだ確認が取れていない」


ヒロ「ユニークモンスター……」


 工房で聞いた話を思い出す。

 普通の個体よりはるかに危険な、特異な魔物。

 縄張りを持ち、周辺の魔物を従えることもある。


バルド「目撃情報が間違いならそれでいい」


バルド「だが、本当にいるなら、放っておくわけにもいかん」


アリア「鉱洞の調査も兼ねるということか」


バルド「そういうことだ」


 バルドはアリアを指差した。


バルド「それに、お前が一番こいつの面倒を見てきただろ」


アリア「任務だからです」


バルド「魔法も、お前が一番分かってる」


アリア「重力属性については、私も分からないことが多い」


バルド「だからこそだ」


 アリアは何も言わなかった。

 バルドは続ける。


バルド「こいつが無茶をしたとき、一番止められるのもお前だ」


ヒロ「俺、無茶する前提なんですか?」


アリア「するだろう」


ヒロ「即答しないでくださいよ」


バルド「なんだかんだで面倒見てるしな」


アリア「面倒を見ているつもりはない」


ヒロ「俺もそこまで迷惑かけてないですよね?」


アリア「地面を割った」


ヒロ「今日だけじゃないですか」


アリア「訓練中に倒れた」


ヒロ「最初の頃だけです」


アリア「一人で魔力を使いすぎて、手が痺れたこともある」


ヒロ「何で全部覚えてるんですか」


 バルドが豪快に笑った。


バルド「決まりだな」


アリア「まだ了承していない」


バルド「団長命令だ」


 アリアはしばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐く。


アリア「……承知しました」


ヒロ「すごく嫌そうですね」


アリア「嫌とは言っていない」


ヒロ「でも、間が長かったですよ」


アリア「準備について考えていただけだ」


 そういうことにしておくらしい。

 バルドはヒロの肩を軽く叩いた。


バルド「出発は明日の朝だ」


ヒロ「はい」


バルド「今日はもう訓練を切り上げろ。身体を休めて、必要なものを準備しろ」


ヒロ「分かりました」


アリア「遠足ではない。油断するな」


ヒロ「分かってます」


 グラナ鉱洞。

 ようやくそこへ行ける。

 胸が高鳴る。

 同時に、わずかな恐怖もあった。

 魔物がいる。

 ユニークモンスターがいるかもしれない。

 訓練ではない。

 今度は、本当に命がかかる。

 それでも、行くしかなかった。


 初めての実戦へ向けた準備が、いよいよ始まろうとしていた。

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