白き片割れ
白煌レイナ。
その名前が夜の空気へ溶けていく。
影の少女は、わずかに目を細めた。
「……レイナ」
小さく繰り返す。
まるで、その音だけを確かめるみたいに。
一方で、後ろにいたレイナは混乱していた。
「え……?」
待って。
今、この人。
自分と同じ名前を名乗った?
理解が追いつかない。
だが白銀の少女は、そんなレイナへ視線を向けることもなく、ただ影の少女だけを見つめていた。
その瞳には、懐かしさと痛みが混ざっている。
まるで長い間探し続けていた誰かを、ようやく見つけたみたいに。
怪物が咆哮する。
黒い肉体を再生させながら、巨大な腕を振り上げた。
空気が震える。
だが。
白銀の少女は微動だにしない。
『光界固定』
白い光が広がる。
瞬間。
怪物の動きが止まった。
完全静止。
まるで時間そのものが凍りついたみたいに、巨大な異形は空中で固定される。
次の瞬間。
白銀の少女が剣を振るった。
白い軌跡。
一閃。
怪物の身体が音もなく崩壊した。
黒い影が白光へ焼かれ、粒子となって消えていく。
再生は起きない。
存在そのものを固定され、浄化されている。
圧倒的だった。
レイナは呆然とその光景を見る。
強い。
影の少女とは別方向に。
異質なくらい。
白銀の少女は剣を下ろし、静かに息を吐いた。
その身体から淡い光粒子が舞っている。
夜の中で、彼女だけが朝みたいだった。
だが。
影の少女の視線は鋭い。
「……なんでここにいる」
その声には、はっきり警戒が混ざっていた。
白銀の少女は少し黙る。
やがて静かに答えた。
「迎えに来た」
「必要ない」
「必要あるよ」
即答だった。
その瞬間。
影の少女の影が揺れる。
黒い霧が周囲へ広がり、空気が冷たくなる。
レイナは思わず息を呑んだ。
空気が張り詰める。
二人の間だけ、別世界みたいだった。
「……あなた、誰なの」
恐る恐るレイナが聞く。
白銀の少女はゆっくり振り返った。
金色の瞳。
その目は、驚くほど自分に似ていた。
「私は、“もう一人の白煌レイナ”」
静かな声。
だがその言葉は、レイナの思考を止めるには十分だった。
「……は?」
「正確には違うけど」
白銀の少女は苦笑する。
「私は、この子があなたから切り離した“光側”」
影の少女が僅かに目を伏せる。
レイナは理解できなかった。
光側?
切り離した?
「昔、あなたは壊れかけた」
白銀の少女は空を見上げる。
黒く割れた夜空。
「だから、あなたを生かすためあなたを分けたの」
「力を引き受ける側と」
そして。
白銀の少女は、自分の胸へ手を当てる。
「普通の人間側に」
静寂。
風が吹く。
レイナはゆっくり影の少女を見る。
少女は何も言わない。
ただ、静かに目を閉じていた。
「……嘘」
レイナは小さく呟く。
そんなこと、あり得ない。
人間が自分を分けるなんて。
だが。
目の前の自分を名乗る少女を見れば、否定できなかった。
似ている。
声も。
瞳の揺れ方も。
何より――。
“自分を見ている感覚”があった。
白銀の少女は続ける。
「本当は一つだった」
「でも、この子は全部の“影”を自分に押し込めた」
「孤独も」
「絶望も」
「壊れる感情も」
「全部」
影の少女の影が揺らぐ。
ノイズみたいに。
「だから、この子は少しずつ消えてる」
白銀の少女の声は震えていた。
「自己補完を繰り返すたび、“自分”じゃなくなってる」
レイナの胸が締め付けられる。
思い出す。
“最近、自分が薄いんだよね”
そう笑った顔。
名前を忘れたと言った声。
全部、冗談なんかじゃなかった。
白銀の少女は一歩前へ出る。
「もう終わりにしよう」
その言葉に、影の少女の瞳が細められる。
「……嫌」
「このままじゃ壊れる」
「もう壊れてる」
静かな返答。
だが、その声には微かな怒りが滲んでいた。
「だから止めに来たんだよ!」
初めて白銀の少女が感情を露わにする。
光が揺れる。
周囲の空気が震えた。
「これ以上、自分を削らないで!」
その叫びに。
影の少女は、ほんの少しだけ目を逸らした。
苦しそうに。
痛そうに。
けれど。
次の瞬間。
彼女の影が爆発的に広がる。
黒。
圧倒的な闇。
街灯の光が消える。
夜そのものが濃くなる。
レイナは息を呑んだ。
影の少女の瞳。
その奥に。
“別人”がいた。
「……近づくな」
低い声。
ノイズ混じり。
人間のものじゃない。
白銀の少女の表情が凍る。
「……もう、そんなに侵食されて」
影の少女は笑った。
壊れかけた笑み。
「だから言ったじゃん」
黒い粒子が舞う。
存在が崩れていく。
「私はもう、人間じゃない」
第7話を読んでいただきありがとうございました。
もし少しでも続きが気になったり、世界観が好きだと思っていただけたら、ブックマークや感想など頂けるととても励みになります。
この場でこれからの予定について書いておこうと思います。
余裕がある限り平日は朝7時更新、休日は昼12時に毎日更新していきたいと思います。
ぜひお楽しみに!
それでは、また次話で。




