光
雨は止んでいた。
だが空気は重いままだ。
空に刻まれた黒い裂け目。
そこから漏れ出す闇が、夜の都市を静かに侵食している。
街灯の光は弱く揺れ、遠くのビル群すら輪郭が滲んで見えた。
現実そのものが不安定になっている。
レイナは息を呑んだ。
目の前の少女。
その姿が、明らかに変わっていたからだ。
黒い影が少女の周囲を漂っている。
まるで呼吸するみたいに。
その瞳は深い闇へ沈み込み、奥に別の何かが揺れていた。
さっきまでの彼女とは違う。
そう本能が告げている。
「あなた……本当に、大丈夫なの?」
レイナの問いに、少女はゆっくり顔を向ける。
一瞬だけ間が空いた。
まるで“誰として答えるか”迷ったみたいに。
「……問題ない」
声が少し低い。
感情の温度も薄い。
レイナの胸がざわつく。
自己補完。
傷を修復する代わりに、“別の何か”が混ざる力。
さっきの言葉が頭を離れない。
少女は怪物を見上げた。
巨大な異形はゆっくりと身体を軋ませながら立ち上がる。
黒い腕が増殖していた。
地面に触れた場所から影が広がり、周囲の建物を侵食している。
コンクリートが黒く染まり、崩壊していく。
このまま放置すれば街ごと飲まれる。
少女は静かに右手を上げた。
影が集束する。
黒い粒子が渦を巻き、一本の大剣を形成した。
巨大。
人の背丈を超える異形の刃。
刀身は輪郭が安定しておらず、内部で黒い霧が蠢いている。
空気が沈む。
少女は大剣を肩へ担ぎ、静かに呟いた。
『影装冥滅具現陣――重界兵装』
次の瞬間。
地面が砕けた。
少女の姿が消える。
いや。
速すぎて見えなかった。
轟音。
黒い斬撃が怪物の胴体を両断する。
衝撃波だけで周囲の窓ガラスが吹き飛んだ。
怪物が絶叫する。
だが。
再び肉が蠢く。
黒い影が傷口を覆い、瞬時に修復していく。
少女の眉が寄る。
「……しつこい」
怪物が腕を振り下ろした。
黒い津波みたいな影が迫る。
避けられない。
レイナがそう思った瞬間だった。
白い光が走る。
空気が変わった。
夜の中へ、一筋の白が割り込む。
『――光界固定』
静かな声。
その瞬間。
空間が“止まった”。
迫っていた黒い影が空中で静止する。
波打っていた闇が、まるで時間ごと固定されたみたいに動かなくなった。
少女が目を見開く。
「……っ」
白い光が広がっていく。
温かい。
なのに鋭い。
夜を裂く朝日のような光だった。
レイナの前へ、一人の少女が降り立つ。
銀白色の髪。
白と金を基調とした戦装束。
長い髪の先が、光粒子となって夜へ溶けている。
その瞳は金色。
そして奥には、小さな恒星みたいな輝きがあった。
レイナは、その姿を見て言葉を失う。
綺麗だった。
神秘的で。
どこか人間離れしていて。
なのに不思議と恐怖は感じなかった。
白銀の少女は静かに前を見る。
怪物へ向けて剣を構えた。
純白の刀身。
内部に星空みたいな光が流れている。
『恒星剣アステリア』
剣の名を呼ぶ声は、驚くほど静かだった。
怪物が咆哮する。
巨大な黒腕が白銀の少女へ迫る。
だが。
「遅い」
白光が瞬く。
一閃。
黒腕が消滅した。
斬った、というより“浄化された”みたいに。
断面から白い粒子が広がり、影を崩壊させていく。
怪物が苦しげに暴れる。
再生が止まっていた。
黒い肉が白光に焼かれ、修復できず崩れていく。
影の少女が小さく呟く。
「……光属性」
その声に、微かな警戒が混ざった。
白銀の少女はゆっくり振り返る。
そして。
影の少女を見た瞬間、その表情が僅かに揺れた。
「やっと見つけた」
静かな声。
だがそこには、抑えきれない感情が滲んでいた。
影の少女は眉を寄せる。
「……誰」
その言葉に。
白銀の少女の瞳が、一瞬だけ痛そうに細められる。
「……忘れちゃったんだ」
雨上がりの風が吹く。
銀髪が揺れ、白い粒子が舞った。
そして少女は、まっすぐ影の少女を見つめながら言う。
「私は、白煌レイナ」
夜の中。
その名前だけが、不思議なくらい鮮明に響いた。
第5話を読んでいただきありがとうございました。
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次回は、主人公と同名のキャラの正体が明かされます。
ぜひお楽しみに!
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それでは、また次話で。




