異変は続く
翌朝、ホームルーム。
担任は教卓の前に立ったまましばらく黙っていた。
理由は明らかだ。
「また減ってる...」
クロエが呟いた。
空席は10席に増えている。昨日の2倍だ。
出席簿を持つ手にも力が入っている。
生徒たちも静かだった。
やがて担任が口を開く。
「今日から当面の間、部活動を全面停止する」
予想していた者も多かったのだろう。
大きなざわめきは起きなかった。
だが誰も納得しているわけではない。
「また、下校時は必ず複数人で行動すること」
担任は続ける。
「保護者にも連絡している。不要な外出は控えろ」
そこまで言うと、一度言葉を切った。
「正直に言う」
教室を見回す。
「先生たちも状況を把握しきれていない」
誰も声を出さない。
「警察も捜査を続けている」
「学校も協力している」
「だから勝手な行動だけはするな」
最後の言葉だけ妙に強かった。
おそらく本心だろう。
教師たちもかなり追い詰められている。
レイナはそう感じた。
◇
昼休み。
クロエは窓際に立って校庭を見ていた。
レイナが隣へ来る。
「また何か見える?」
クロエは少しだけ考えてから頷いた。
「見えるというか……」
「感じる?」
「うん」
校舎全体を眺める。
普通の生徒には何も見えない。
しかしクロエには違った。
校舎を覆う巨大な影。
それが昨日より明らかに大きくなっている。
まるで建物そのものへ根を張るように。
「成長してる」
クロエが呟く。
「成長?」
「うまく言えないけど」
言葉を探す。
「何かが力を集めてる」
レイナの顔が険しくなる。
「失踪者と関係ある?」
「多分」
クロエは即答した。
「むしろ関係してない方がおかしい」
その時だった。
キーンと耳鳴りがしてクロエの身体が僅かに揺れる。
「クロエ!」
レイナが慌てて肩を支える。
「大丈夫?」
「う、ん……」
しかし顔色が悪い。
頭を押さえている。
数秒後、クロエは荒い呼吸を整えながら呟いた。
「また聞こえた」
「助けてって声?」
クロエは首を横に振る。
「そうだけどそうじゃない」
その瞳には困惑が浮かんでいた。
「今度は複数」
「たくさん聞こえた」
その言葉にレイナの背筋が冷える。
たくさん。
それはつまり失踪者が増えていることが原因なのか。
◇
放課後。
学校からの指示通り、生徒たちはまとまって帰宅していた。
普段なら部活動へ向かう時間帯。
しかし今日は違う。
校門から出ていく生徒ばかりだ。
学校全体が早く閉まろうとしているようだった。
レイナとクロエも帰路につく。
夕暮れが近づいている。
空は赤く染まり始めていた。
「ねえ」
レイナが歩きながら言う。
「もし学校の中に入口があるなら」
「うん」
「夜に行くしかないよね」
クロエは苦笑する。
「先生に聞かれたら怒られるよ」
「今さらでしょ」
「それは否定できない」
二人は少しだけ笑った。
だが、その笑顔はすぐ消える。
クロエが突然立ち止まったからだ。
「……クロエ?」
返事がない。
視線は学校へ向いている。
「見える」
小さく呟く。
「何が?」
クロエは答えない。
ただ学校の方角を指差した。
レイナも振り返る。
しかし何も見えない。
夕焼けに染まる校舎が遠くに見えるだけだ。
だが、クロエには違った。
校舎の上空に巨大な黒い影が見えていた。
まるで蜘蛛のような異形が学校全体へ覆い被さっている。
普通の人間には見えない。
だが確かに存在している。
無数の足を広げ、校舎へ食らいつくように。
そしてその中心部に赤い目が開いていた。
そして、その目は間違いなく、真っ直ぐこちらを、クロエを見ていた。
「……見つかった」
クロエの声が震える。
次の瞬間、赤い目は閉じ、巨大な影も消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
しかし、クロエだけは理解していた。
自分たちは調べているつもりだった。
だが違う。
もう既に向こうもこちらを認識している。
そして、その夜。
学校では誰もいないはずの教室の中で、一つの影が静かに動いていた。
まるで何かを数えるように。
空席となった机を一つ、また一つと。
そして、まだ残っている席へ視線を向ける。
その中にはレイナとクロエの席も含まれていた。
影はまるで嘲笑するように静かに笑い声をあげ姿を消した。
◇
翌朝。
レイナは目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
窓の外はまだ薄暗い。
時計を見ると午前五時半だった。
普段なら二度寝する時間だ。
しかし今日は駄目だった。
胸の奥が落ち着かない。
昨日、クロエが見たという巨大な影。
学校を覆う異形。
そして自分たちを見ていた赤い目。
考えれば考えるほど嫌な予感が強くなる。
レイナはベッドから起き上がり、顔を洗うため部屋を出た。
階段を降りる。
するとリビングの明かりが点いていた。
「……クロエ?」
扉を開く。
そこにはソファへ座るクロエの姿があった。
まだ制服にも着替えていない。
ただ静かに窓の外を見ている。
テーブルの上にはもう冷めたココアが置かれていた。
「起きてたの?」
レイナが尋ねる。
クロエは少し驚いたように振り返った。
「レイナこそ」
「なんか寝れなくて」
「私も」
短いやり取り。
しかしお互い理由は分かっていた。
昨夜からずっと同じことを考えている。
学校で起きている異変。
消え続ける生徒たち。
そして近づいてくる何か。
レイナはクロエの向かいへ座った。
「今日も増えてると思う?」
数秒の沈黙。
クロエは視線を落とした。
「……多分」
その声は重々しい。
「止められないかな」
レイナが呟く。
「止めたい」
クロエは小さく拳を握った。
「でもまだ何も分かってないから何も出来ない.....」
それが現実だった。
敵が何なのか。
どこにいるのか。
何が目的なのか。
何一つ分からない。
分かっているのは、このままでは被害は増える一方ということだけだった。
◇
学校へ向かう道。
今日はいつも以上に人が少なく感じた。
実際に減ったわけではないのかもしれない。
だが皆どこか沈んでいる。
会話も少ない。
笑い声も少ない。
不安が街全体へ広がっている。
やがて学校へ到着する。
校門には教師の姿が増えていた。
警察官の姿もある。
明らかに異常事態だった。
◇
昼休み。
二人は校舎裏へ来ていた。
例の倉庫の近くだ。
教師たちも巡回しているため長居はできない。
だが確認したかった。
クロエは目を閉じる。
意識を集中させる。
聞こえる。
昨日よりはっきり。
昨日より近く。
そして昨日より多く。
『助けて』
『暗い』
『帰りたい』
『怖い』
『誰か』
無数の声が頭の奥へ流れ込んでくる。
クロエは思わず頭を押さえた。
「クロエ!」
レイナが肩を支える。
「大丈夫!?」
「……うん」
嘘だった。
大丈夫ではない。
だが今は倒れるわけにはいかなかった。
「聞こえる」
荒い息を整えながら呟く。
「やっぱり学校の中だ」
レイナの表情が変わる。
「場所は?」
「分からない」
クロエは悔しそうに首を振った。
「近いはずなのに」
本当に近くに感じる。
すぐそこだ。
壁一枚隔てた先にいるような感覚。
なのに辿り着けない。
その時、クロエの視界の端で何かが動いた。
人の形をした黒い影が一瞬だけ倉庫の裏に見えた気がした。
クロエは反射的に走った。
「クロエ!?」
レイナも慌てて追う。
倉庫の裏へ回る。
しかし誰もいない。
ただ、地面に奇妙な模様が残されていた。
黒い線で描かれた円、そして複雑な紋様。
まるで魔法陣のような形。
「これ……」
レイナがしゃがみ込む。
だが次の瞬間、紋様は崩れた。
砂のように 、影のように風へ溶ける。
数秒で跡形もなく消滅した。
「……」
レイナが顔をしかめる。
クロエは消えた紋様を見つめていた。
何かを思い出しそうだった。
だが届かない。
記憶の奥底で引っ掛かる感覚だけが残る。
◇
放課後。
二人は家へ帰る途中だった。
夕陽が沈み始めている。
いつもなら少し落ち着く時間帯。
だが今日は違った。
レイナもクロエも無言だった。
考えることが多すぎる。
すると、クロエが突然立ち止まった。
「……また?」
レイナが尋ねる。
クロエは頷いた。
そして学校の方角を見る。
今度ははっきり見えた。
校舎全体を覆う巨大な影。
昨日よりさらに大きい。
蜘蛛のような異形。
無数の足があり、黒い身体が脈打っている。
そして校舎の真下、地面から無数の細い糸が伸びている。
まるで校舎を絡め取るように、引きずり込むように、何かを運ぶように。
そしてその先に、無数の人影が見えた。
ぼやけていて、輪郭も曖昧だ。
だが、クロエは確信を持った。
失踪した生徒たちだった。
「レイナ」
クロエの声が震える。
「見つけた」
「え?」
「みんないる」
レイナの心臓が大きく跳ねた。
「本当!?」
クロエは頷く。
失踪者を見つけたにも関わらず表情は晴れない。
むしろ青ざめていた。
「でも」
「でも?」
「遅かったみたい。」
数秒の沈黙。
そして、クロエはゆっくりと言った。
「入口が開き始めてる」
その言葉と同時に遠くの学校の上空で巨大な影がゆっくりと口を開いた。
第28話を読んでいただきありがとうございました。
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それでは、また次話で。




