増える空席
翌朝。
レイナはいつもより少し早く家を出た。
昨夜から胸の奥に残り続けている嫌な感覚のせいで、思ったより眠れなかったからだ。
隣を歩くクロエも、普段より口数が少ない。
会話がないわけではない。
ただ、お互いに考え事をしている時間が増えていた。
通学路にはいつも通り学生たちの姿がある。
コンビニの前で談笑する生徒。
自転車を押しながら歩く生徒。
朝練へ向かう運動部。
一見すれば平和そのものだった。
それなのに。
レイナは周囲を見渡してしまう。
誰かが消えるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
「考えすぎかな」
小さく呟く。
「たぶんみんな同じこと考えてる」
クロエが前を向いたまま答えた。
校門が見えてくる。
すると、いつもより明らかに人だかりができていた。
教師。
警察官。
見慣れないスーツ姿の大人。
生徒たちが不安そうにそれを見ている。
「……本当に来てる」
レイナが呟く。
昨日クラスメイトが言っていた通りだった。
警察が学校へ来ている。
つまり学校側も事態を重く見ている。
それだけ失踪事件が深刻だということだ。
クロエは無意識に眉をひそめた。
警察の姿より気になるものがある。
校舎。
正確には、その影。
昨日より濃い。
確実に。
誰にも見えないはずの黒い揺らぎが、校舎の周囲に絡みついている。
まるで巨大な蜘蛛の巣だった。
「クロエ?」
「……行こう」
今はまだ分からない。
だが確実に何かが進行している。
そんな予感だけが強くなっていた。
◇
教室へ入った瞬間だった。
レイナの足が止まる。
「……あれ?」
教室の雰囲気がおかしい。
静かだ。
いや、静かというより落ち着かない。
ざわざわしているのに、誰も大きな声を出していない。
視線を向ける。
そして理由に気付いた。
空席。
昨日より増えている。
窓際。
中央列。
後方。
あちこちに空いた席が見える。
数秒かけて数える。
五人。
昨日失踪が確認されていた生徒も含めれば、それ以上になる。
「……」
レイナは自分の席へ向かった。
周囲の会話が耳に入る。
「連絡取れないらしい」
「昨日の夜からだって」
「マジかよ……」
「怖すぎるだろ」
普段なら騒がしいクラスだ。
だが今日は違う。
皆どこか怯えている。
当たり前だ。
失踪したのはテレビの向こうの知らない誰かではない。
昨日まで同じ教室で授業を受けていた人たちなのだから。
レイナが席に座る。
するとクロエが窓の外を見つめたまま呟いた。
「増えてる」
「何が?」
「影」
レイナは息を飲む。
「昨日より?」
「うん」
クロエは視線を動かさない。
「かなり」
その表情は険しかった。
◇
ホームルーム。
担任はいつも以上に疲れた顔をしていた。
目の下には薄い隈ができている。
昨夜から対応に追われていたのかもしれない。
教卓の前に立つ。
そして数秒黙った。
何を言うべきか迷っているようだった。
やがて口を開く。
「まず連絡事項だ」
教室が静まる。
「本日より部活動は原則停止。放課後は速やかに帰宅すること」
ざわめきが広がる。
「また、登下校はできる限り複数人で行動すること」
生徒たちの表情がさらに曇る。
かなり異例だ。
学校側がここまで強い対応を取るのは珍しい。
「先生」
一人の生徒が手を挙げた。
「失踪した人たちは本当に見つかってないんですか」
教室の空気が張り詰める。
担任は少しだけ視線を落とした。
「現時点では」
短い返答。
しかし十分だった。
誰もそれ以上質問しなかった。
◇
昼休み。
レイナとクロエは屋上へ続く階段の踊り場にいた。
最近の定位置になりつつある場所だ。
人が少なく話しやすい。
レイナは購買のパンを頬張りながら言った。
「五人か」
「うん」
クロエはジュースを持ったまま頷く。
「まだ増えると思う?」
「……思う」
即答だった。
レイナの表情が曇る。
「根拠は?」
「感覚」
クロエは苦笑した。
「でも今まで外れたことない」
それが一番嫌だった。
クロエの感覚は、影界絡みになると異様なほど当たる。
今回もそうなのだろう。
しばらく沈黙が続く。
窓の外では風が吹いていた。
穏やかな春の日。
本来なら平和な昼休み。
それなのに胸の奥が落ち着かない。
その時だった。
クロエの身体が僅かに強張る。
「……聞こえた」
小さな声。
レイナが顔を上げる。
「何が?」
クロエは答えない。
ただ遠くを見る。
そして数秒後。
かすれるような声で言った。
「助けて」
レイナの表情が変わる。
「また?」
「うん」
クロエは拳を握る。
「前よりはっきり」
聞こえた。
確かに。
誰かの声が。
悲鳴ではない。
泣き声でもない。
ただ必死に助けを求める声。
しかも。
その方向は。
「……学校の中だ」
レイナは息を呑んだ。
嫌な予感がする。
その予感は日に日に大きくなっていた。
まるで何かが近づいてくるように。
静かに。
確実に。
誰にも気付かれないまま。
学校そのものを飲み込もうとしているかのように。
第27話を読んでいただきありがとうございました。
もし少しでも続きが気になったり、世界観が好きだと思っていただけたら、ブックマークや感想など頂けるととても励みになります。
それでは、また次話で。




