広がる異変
翌朝。
教室へ入った瞬間、レイナは思わず立ち止まった。
昨日よりさらに空席が増えていたからだ。
最初は気のせいかと思った。
だが違う。
確実に増えている。
窓際の列。
中央の列。
後ろの列。
昨日まで座っていたはずの生徒の席が、いくつも空いていた。
教室全体が妙に広く見える。
それが何より不気味だった。
「……増えてる」
隣でクロエも呟く。
レイナは席の数を数えた。
十人。
失踪が確認された生徒は、ついにクラスの四分の一近くに達していた。
昨日の倍だ。
たった一日で。
教室の空気も重い。
誰も大きな声で話さない。
笑い声もほとんど聞こえない。
皆が同じことを考えている。
次は自分かもしれない。
そんな不安が教室全体に広がっていた。
「おはよう……」
「お、おはよう」
挨拶の声まで弱々しい。
いつもの教室ではなかった。
◇
ホームルーム。
担任は教卓の前に立ったまましばらく黙っていた。
出席簿を持つ手にも力が入っている。
生徒たちも静かだった。
やがて担任が口を開く。
「今日から当面の間、部活動を全面停止する」
予想していた者も多かったのだろう。
大きなざわめきは起きなかった。
だが誰も納得しているわけではない。
「また、下校時は必ず複数人で行動すること」
担任は続ける。
「保護者にも連絡している。不要な外出は控えろ」
そこまで言うと、一度言葉を切った。
そして。
「正直に言う」
教室を見回す。
「先生たちも状況を把握しきれていない」
誰も声を出さない。
「警察も捜査を続けている」
「学校も協力している」
「だから勝手な行動だけはするな」
最後の言葉だけ妙に強かった。
おそらく本心だろう。
教師たちもかなり追い詰められている。
レイナはそう感じた。
◇
昼休み。
クロエは窓際に立って校庭を見ていた。
レイナが隣へ来る。
「また何か見える?」
クロエは少しだけ考えてから頷いた。
「見えるというか……」
「感じる?」
「うん」
校舎全体を眺める。
普通の生徒には何も見えない。
しかしクロエには違った。
校舎を覆う巨大な影。
それが昨日より明らかに大きくなっている。
まるで建物そのものへ根を張るように。
「成長してる」
クロエが呟く。
「成長?」
「うまく言えないけど」
言葉を探す。
「何かが力を集めてる」
レイナの顔が険しくなる。
「失踪者と関係ある?」
「多分」
クロエは即答した。
「むしろ関係ない方がおかしい」
その時だった。
キーン。
耳鳴り。
クロエの身体が僅かに揺れる。
「クロエ!」
レイナが慌てて肩を支える。
「大丈夫?」
「う、ん……」
しかし顔色が悪い。
頭を押さえている。
数秒後。
クロエは荒い呼吸を整えながら呟いた。
「また聞こえた」
「助けて?」
クロエは首を横に振る。
「違う」
その瞳には困惑が浮かんでいた。
「今度は複数」
「え?」
「たくさん聞こえた」
その言葉にレイナの背筋が冷える。
たくさん。
それはつまり。
失踪者が増えているということなのか。
◇
放課後。
学校からの指示通り、生徒たちはまとまって帰宅していた。
普段なら部活動へ向かう時間帯。
しかし今日は違う。
校門から出ていく生徒ばかりだ。
学校全体が早く閉まろうとしているようだった。
レイナとクロエも帰路につく。
夕暮れが近づいている。
空は赤く染まり始めていた。
「なあ」
レイナが歩きながら言う。
「もし学校の中に入口があるなら」
「うん」
「夜に行くしかないよね」
クロエは苦笑する。
「先生に聞かれたら怒られるよ」
「今さらだろ」
「それは否定できない」
二人は少しだけ笑った。
だが。
その笑顔はすぐ消える。
クロエが突然立ち止まったからだ。
「……クロエ?」
返事がない。
視線は学校へ向いている。
かなり離れている。
もう数百メートルは歩いた。
それなのに。
クロエは学校を見つめていた。
「見える」
小さく呟く。
「何が?」
クロエは答えない。
ただ学校の方角を指差した。
レイナも振り返る。
しかし何も見えない。
夕焼けに染まる校舎が遠くに見えるだけだ。
だが。
クロエには違った。
校舎の上空。
巨大な黒い影。
まるで蜘蛛のような異形が学校全体へ覆い被さっている。
人間には見えない。
だが確かに存在している。
無数の足を広げ。
校舎へ食らいつくように。
そして。
その中心部に。
赤い目が開いていた。
クロエを見ている。
間違いなく。
真っ直ぐ。
こちらを。
「……見つかった」
クロエの声が震える。
次の瞬間。
赤い目は閉じた。
巨大な影も消える。
まるで最初から存在しなかったかのように。
しかし。
クロエだけは理解していた。
自分たちは調べているつもりだった。
だが違う。
もう既に。
向こうもこちらを認識している。
そして。
その夜。
学校では誰もいないはずの教室の中で、一つの影が静かに動いていた。
まるで何かを数えるように。
空席となった机を。
一つ。
また一つ。
そして。
まだ残っている席へ視線を向ける。
その中には。
レイナとクロエの席も含まれていた。
第25話を読んでいただきありがとうございました。
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それでは、また次話で。




