消えた人達
ホームルーム開始のチャイムが鳴り終わる。
普段なら担任が出欠を取り、そのまま連絡事項を伝えて終わる時間だった。
だが今日は違った。
教卓の前へ立った担任は出席簿を閉じると、教室全体を見回した。
その表情はどこか硬い。
生徒たちもそれを感じ取ったのか、自然と私語が減っていく。
「今日は先に連絡事項から話す」
担任の声が教室へ響く。
「既にニュースやネットで見た人もいるかもしれないが、現在この地域を含む複数の市町村で連続失踪事件が発生している」
教室がざわつく。
レイナも思わず顔を上げた。
先ほどクラスメイトが話していた件だろう。
担任は続ける。
「警察からも学校へ注意喚起が来ている。下校時はできるだけ複数人で行動すること。一人で夜道を歩かないこと。不審な人物を見かけた場合はすぐに保護者や学校へ連絡すること」
教室の空気が少し重くなる。
「先生、その人たちってまだ見つかってないんですか?」
一人の生徒が手を挙げた。
担任は頷く。
「現時点では発見されていない」
その言葉に、さらにざわめきが広がった。
「怖……」
「誘拐とか?」
「ニュースでやってたやつ?」
「うちの近くじゃないよね?」
不安そうな声が飛び交う。
担任は一度手を叩いた。
「憶測で騒ぐな。警察も捜査中だ。必要以上に怖がる必要はない」
そう言いながらも、本人も完全には安心していないようだった。
レイナは隣へ視線を向ける。
クロエは黙ったまま前を見ていた。
だが、その表情はどこか険しい。
◇
ホームルーム終了後。
一時間目が始まるまでの短い休み時間。
教室の話題は完全に失踪事件一色になっていた。
「十人以上消えてるらしいぞ」
「そんなに?」
「しかも年齢バラバラらしい」
「怖すぎるんだけど」
レイナは椅子へ座ったまま聞いていた。
すると。
「レイナ」
クロエが小さく声を掛ける。
「ちょっといい?」
その声音に、レイナはすぐ異変を察した。
「何かある?」
「……昼休みに話したい」
短い言葉。
だが十分だった。
レイナは小さく頷く。
「分かった」
◇
昼休み。
二人は人の少ない中庭へ来ていた。
春の風が吹いている。
グラウンドでは体育の授業をしているクラスの声が聞こえた。
平和な光景だった。
だからこそ。
クロエが口にした言葉は重かった。
「失踪事件、多分普通じゃない」
レイナの表情が変わる。
「理由は?」
「昨日から変な感じがする」
クロエは空を見上げた。
「説明できないんだけど」
「影界?」
「たぶん」
その一言で十分だった。
レイナは深く息を吐く。
「また始まったってこと?」
「分からない」
クロエは正直に答える。
「でも似てる」
似ている。
あの日の感覚に。
影界へ引き込まれる直前の、あの不気味なざわつきに。
「……嫌な予感しかしないな」
「私も」
しばらく沈黙が続く。
遠くから部活動の掛け声が聞こえてくる。
誰かが笑っている。
それなのに。
二人だけが別の世界を見ているような気分だった。
◇
放課後。
今日は先生の話もあったため、帰宅する生徒たちも自然と集団になっていた。
レイナとクロエも一緒に帰路につく。
夕方の街はいつもと変わらない。
買い物帰りの人。
自転車に乗る学生。
犬の散歩をする老人。
どこからどう見ても平和だった。
「本当に事件なんて起きてるのかな」
レイナが呟く。
「そう思いたくなるね」
クロエも苦笑した。
すると。
商店街の入り口に差し掛かった時だった。
クロエの足が止まる。
「……クロエ?」
レイナも立ち止まる。
クロエは一点を見つめていた。
商店街の奥。
人混みの向こう。
夕陽で長く伸びた無数の影。
その中に。
一つだけ異質なものが混ざっていた。
人影。
黒いコート。
顔は見えない。
だが。
確かにこちらを見ている。
目が合った気がした。
次の瞬間。
人波が横切る。
その姿は消えていた。
「……今の」
クロエの声が小さく震える。
「誰かいた?」
レイナは周囲を見回す。
「いや?」
クロエは黙る。
見間違いだったのだろうか。
だが。
胸の奥の警鐘は鳴り止まない。
むしろ強くなっている。
◇
その夜。
レイナの家。
夕食を終えた二人は、それぞれ宿題をしていた。
静かな時間だった。
テレビもついていない。
聞こえるのは時計の音だけ。
そんな中。
レイナのスマホが震えた。
「ん?」
画面を見る。
ニュースアプリからの通知だった。
何気なく開く。
そして。
レイナの表情が固まった。
「……クロエ」
「どうしたの?」
「失踪者」
スマホを見せる。
「また増えてる」
クロエも画面を見る。
記事によると、今日だけでさらに三人が行方不明になったらしい。
しかも。
失踪した場所はバラバラ。
共通点もない。
年齢も性別も違う。
警察も手掛かりを掴めていない。
「……おかしい」
クロエが呟く。
その時だった。
窓の外で何かが動いた気がした。
二人は同時に顔を上げる。
しかし。
そこには夜の住宅街が広がっているだけだった。
街灯の光。
静かな道路。
何もない。
はずだった。
だが。
家の向かい側。
電柱の影の奥で。
一瞬だけ赤い光が揺れたことを。
クロエだけは見逃さなかった。
第24話を読んでいただきありがとうございました。
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それでは、また次話で。




