表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SHADOW:REWRITE  作者: 終凪
第二章 日常編(仮題)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/29

届いた手

 その日の放課後。


 教室には夕陽が差し込んでいた。


 窓ガラスが赤く染まり、机の影が長く伸びている。


 いつもならどこか穏やかに感じる景色だった。


 けれどクロエの胸の中には、ずっと重たいものが沈んでいた。


 ここ数日。


 あの声は確実に増えている。


『たすけて』


『苦しい』


『誰か』


 最初は微かだった。


 今は違う。


 耳元で囁かれるような距離にまで近づいている。


 クロエは窓際の席へ視線を向けた。


 例のクラスメイトは、今日も友達と笑っていた。


 楽しそうに。


 普通に。


 何も問題がないように。


 だが、その足元だけが違う。


 影が濃い。


 黒く。


 深く。


 まるで底のない穴みたいに。


「……」


 クロエは拳を握った。


 放っておけばどうなるのか。


 それは嫌というほど知っている。


 だから。


 助けたい。


 けれど。


 また自分が飲まれるかもしれない。


 その恐怖も消えてはいなかった。


「クロエ」


 隣からレイナの声。


「帰るよ」


 クロエは振り返る。


 レイナは鞄を肩に掛けていた。


 いつも通りの顔。


 でも、その目には心配が浮かんでいる。


「……うん」


 二人は教室を出た。


     ◇


 帰り道。


 夕焼けの空はどこまでも赤かった。


 しばらく無言が続く。


 やがてレイナが口を開いた。


「今日も聞こえた?」


「……うん」


「強くなってる?」


「なってる」


 短いやり取り。


 レイナはため息をついた。


「嫌な予感しかしない」


「私も」


 クロエは苦笑する。


 するとレイナが足を止めた。


「でも」


「?」


「今度は一人じゃないから」


 クロエが目を瞬かせる。


 レイナは少し照れくさそうに視線を逸らした。


「だから勝手に抱え込むなよ」


「……うん」


 その言葉だけで。


 少しだけ胸が軽くなった。


     ◇


 異変が起きたのは、その夜だった。


 夕食を終え。


 二人で片付けをしていた時。


 突然。


 クロエの頭へ激しいノイズが流れ込んだ。


『たすけて』


 今までで一番大きな声。


 思わず膝が揺れる。


「っ!」


「クロエ!?」


 レイナが支える。


 クロエは苦しそうに額を押さえた。


「学校……!」


「何?」


「学校にいる……!」


 心臓が嫌な音を立てる。


 分かってしまった。


 声の発信源が。


 今、学校にいる。


 そして。


 もう限界寸前だ。


「行く」


 クロエが立ち上がる。


「おい!」


「今なら間に合う!」


 レイナは数秒迷った。


 そして盛大に頭を掻く。


「くそっ」


「レイナ?」


「一人で行かせるわけないでしょ!」


 クロエの目が少し見開かれる。


「急ぐよ!」


「うん!」


 二人は家を飛び出した。


     ◇


 夜の学校は静かだった。


 人気のない校舎。


 風の音。


 遠くの街灯。


 昼間とはまるで別世界。


 正門は閉まっていたが、裏手から入れる場所をレイナは知っていた。


「なんで知ってるの」


「秘密」


「絶対良くないやつ」


「今はいいから!」


 二人は校舎へ入る。


 廊下は暗い。


 足音だけが響く。


 そして。


 三階へ上がった瞬間だった。


 空気が変わる。


「……っ」


 クロエが息を呑む。


 冷たい。


 重たい。


 あの日の感覚。


 影界の気配。


 レイナの表情も変わった。


「見えるの?」


「うん」


 廊下の先。


 黒い影が広がっている。


 液体のように床を這い、教室へ流れ込んでいた。


 そして。


 聞こえる。


『苦しい』


『つらい』


『もう嫌だ』


 無数の声。


 クロエは歯を食いしばった。


 教室の扉を開く。


 そこには。


 一人の生徒が倒れていた。


 机へ突っ伏しながら苦しそうに呼吸している。


 その周囲を黒い影が包んでいた。


 まるで沈めようとしているみたいに。


「まずい!」


 クロエが駆け出す。


 だが。


 その瞬間。


 影が反応した。


 床から無数の腕が伸びる。


「クロエ!」


 レイナが叫ぶ。


 黒い腕がクロエへ迫る。


 だが。


 今度のクロエは止まらなかった。


「私は!」


 黒い腕を振り払う。


「もう逃げない!」


 胸の奥で何かが脈打つ。


 影。


 自分の中にもある闇。


 嫉妬。


 孤独。


 不安。


 全部知っている。


 だからこそ。


 飲まれない。


 理解する。


 でも沈まない。


 あの日教えられた言葉を思い出す。


 影が揺れた。


 クロエの周囲へ黒い粒子が舞う。


 しかし。


 以前とは違った。


 暴走ではない。


 制御されている。


「レイナ!」


「分かってる!」


 レイナも前へ出る。


 影を蹴散らしながら叫んだ。


「さっさと助けるよ!」


「うん!」


 二人は同時に走る。


 黒い腕が迫る。


 レイナが弾く。


 クロエが進む。


 そして。


 倒れている生徒へ手を伸ばした。


「大丈夫」


 その手を握る。


「一人じゃない」


 瞬間。


 世界が揺れた。


     ◇


 暗闇。


 そこは小さな影界だった。


 無数の黒い言葉が浮かんでいる。


 失敗。


 不安。


 期待。


 焦り。


 誰かの感情が形になっていた。


 その中心で。


 一人の影が膝を抱えている。


「……」


 クロエはゆっくり近づいた。


 影は震えていた。


 誰にも言えなかった苦しさ。


 弱音を吐けなかった痛み。


 助けてと言えなかった孤独。


 全部が伝わってくる。


 クロエはしゃがみ込んだ。


「苦しかったよね」


 影が顔を上げる。


「でも」


 クロエは小さく笑う。


「一人で抱えなくていい」


 その瞬間。


 光が差し込んだ。


 優しい光だった。


 影が崩れる。


 黒い世界が溶けていく。


 最後に聞こえたのは。


 安堵したような小さな吐息だった。


     ◇


 気づけば教室だった。


 黒い影は消えている。


 倒れていた生徒も、静かに眠っていた。


 苦しそうな表情はなくなっている。


 クロエはその場へ座り込んだ。


「終わった……」


「みたいだね」


 レイナも隣へ座る。


 しばらく二人とも動けなかった。


 やがて。


 レイナが小さく笑う。


「今回はちゃんと戻ってきた」


 クロエも笑った。


「うん」


「成長したじゃん」


「少しだけ」


「少しどころじゃないでしょ」


 二人の笑い声が静かな教室へ響いた。


     ◇


 数日後。


 学校はいつも通りだった。


 教室には笑い声がある。


 授業がある。


 昼休みがある。


 変わらない日常。


 クロエも少しずつその中へ溶け込んでいた。


 放課後。


 二人は並んで帰る。


 夕焼けの道。


 穏やかな風。


「お腹空いた」


「さっきまで食べてたでしょ」


「成長期だから」


「便利な言葉だなぁ」


 そんな他愛ない会話。


 平和な時間。


 けれど。


 二人は気づいていなかった。


 校舎の屋上。


 誰もいないはずの場所。


 そこから。


 赤い瞳が静かに街を見下ろしていたことを。


 影の中に浮かぶ一つの目。


 それはゆっくり瞬きをする。


 そして。


 誰にも聞こえない声で呟いた。


『観測完了』


 闇が揺れる。


 まるで笑うように。


 次の瞬間には、もう何もいなかった。


 ただ夕焼けだけが。


 静かに街を染めていた。

 第23話を読んでいただきありがとうございました。


 もし少しでも続きが気になったり、世界観が好きだと思っていただけたら、ブックマークや感想など頂けるととても励みになります。


 それでは、また次話で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ