いつも通りの朝
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、レイナはゆっくりと目を開いた。
枕元の時計を見る。
午前六時四十五分。
あと十分くらいなら寝ていても問題ない時間だったが、一度目が覚めてしまうと二度寝は苦手だった。
小さく欠伸をしながら身体を起こす。
窓の外では青空が広がっていた。
ここ最近は天気が安定している。
空気も暖かくなり、制服の上着が少し暑く感じる日も増えてきた。
レイナはベッドから降りると部屋を出た。
廊下を歩き、階段を下りる。
するとキッチンの方から何やら音が聞こえてきた。
「……またか」
思わず苦笑する。
匂いで分かった。
朝食を作っている。
しかもかなり本格的なやつだ。
リビングへ入ると、予想通りクロエがエプロン姿でフライパンを握っていた。
「おはよう」
こちらに気付いたクロエが振り返る。
「おはよ」
レイナは椅子へ腰掛けた。
「今日も早いね」
「目が覚めちゃったから」
「健康的だなぁ」
「レイナが不健康なだけ」
即答だった。
レイナは不満そうな顔をする。
「失礼な」
「昨日も寝る前に動画見てたでしょ」
「なんで知ってるの」
「廊下まで音聞こえてた」
「うわ最悪」
クロエが小さく笑う。
その笑顔を見て、レイナも自然と肩の力が抜けた。
こういう時間にも、もうすっかり慣れている。
最初は居候。
それだけだった。
だが今では、朝起きてクロエがいない方が違和感を覚えるかもしれない。
そんなことを考えていると、テーブルへ皿が並べられた。
「はい」
「おぉ」
思わず声が出る。
「豪華」
「普通だよ」
「朝からこれ作るの普通じゃない」
卵焼き。
サラダ。
焼いたソーセージ。
トースト。
バランスが良すぎる。
レイナ一人だった頃では考えられない食卓だった。
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせる。
穏やかな朝だった。
だが。
その平穏の中で、レイナはふと気付く。
「そういえば」
「ん?」
「最近声は聞こえないの?」
クロエの手が少し止まった。
だが表情は変わらない。
「聞こえてないよ」
「本当に?」
「本当」
少しだけ考えてから続ける。
「たぶん落ち着いたんだと思う」
あの一件以来、大きな異変は起きていない。
影界の気配もない。
少なくとも表面上は。
だからレイナも深くは追及しなかった。
「ならいいけど」
「心配しすぎ」
「前科あるから」
「それは否定できない」
クロエが苦笑する。
その様子を見て、レイナも笑った。
今はまだ。
こうして笑っていられる。
◇
学校へ向かう道。
通学する生徒たちで歩道は賑わっていた。
途中で何人かのクラスメイトと合流し、そのまま雑談をしながら歩く。
転入したばかりだったクロエも、今では普通に輪の中へ入れるようになっていた。
「クロエって意外とテストできるよね」
「意外は余計じゃない?」
「いやなんか感覚派っぽいし」
「どういう評価なのそれ」
周囲から笑いが起こる。
レイナは少し後ろからその様子を見ていた。
以前なら想像もできなかった光景だ。
人との距離を測りかねていたクロエが、今では自然に会話している。
それが少し嬉しかった。
校門が見えてくる。
生徒たちが次々と校舎へ入っていく。
その時だった。
クロエがふと足を止めた。
「……クロエ?」
レイナが振り返る。
「どうした?」
「え?」
クロエも我に返ったように顔を上げる。
「いや……」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけだった。
校舎の屋上に誰かが立っている気がした。
こちらを見下ろしているような感覚。
だが見上げた時には誰もいない。
「気のせいかな」
「大丈夫?」
「うん」
クロエはそう答えた。
けれど胸の奥には、説明できない違和感が残っていた。
◇
ホームルーム開始直前。
教室はいつもより少しだけ騒がしかった。
「そういえば聞いた?」
「またらしいよ」
「マジで?」
そんな会話があちこちから聞こえてくる。
レイナは首を傾げた。
「なんの話?」
近くのクラスメイトへ尋ねる。
「え、知らないの?」
「何を?」
「最近の失踪事件」
その言葉に、レイナとクロエは同時に顔を上げた。
「失踪事件?」
「ニュースでもやってるじゃん」
だが、その直後。
教室の扉が開く。
担任が入ってきた。
「席につけー」
生徒たちが慌てて着席する。
担任はいつも通り出席簿を机へ置いた。
しかし。
その表情はどこか硬い。
教室の空気が少しだけ変わる。
レイナは小さな違和感を覚えた。
そしてクロエもまた、胸の奥に広がる不吉な予感を感じていた。
まだ誰も知らない。
この街で静かに広がり始めている異変のことを。
そしてそれが、二人の日常を再び大きく動かそうとしていることを。
第22話を読んでいただきありがとうございました。
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それでは、また次話で。




