声
放課後の教室には、夕陽が差し込んでいた。
窓際の席が赤く染まっている。
部活へ向かう声。
机を引く音。
笑い声。
いつもの放課後だった。
「レイナー! プリント出しといて!」
「え、今!?」
「お願いしまーす!」
「うわ逃げた」
クラスメイトが笑いながら教室を飛び出していく。
レイナは机へ突っ伏した。
「人使い荒……」
「嫌われてない証拠じゃない?」
隣でクロエが小さく笑う。
最近、クロエはちゃんと教室へ馴染み始めていた。
話しかけられることも増えたし、 自分から少しだけ会話へ入れるようにもなっている。
最初の頃みたいな、 “どこにも立てていない感じ”は減っていた。
それがレイナには嬉しかった。
「クロエ帰り支度早」
「今日は荷物少ないから」
「ずる」
レイナはだらだらとプリントをまとめる。
クロエはそんな彼女を見ながら、 少しだけ窓の外へ視線を向けた。
夕焼け。
赤い空。
校庭。
その時だった。
『――たすけて』
クロエの肩が止まる。
「……え」
小さな声。
耳元じゃない。
でも確かに聞こえた。
泣きそうな声。
『苦しい』
クロエの呼吸が浅くなる。
反射的に周囲を見回した。
誰もいない。
教室にはレイナしかいない。
「クロエ?」
レイナが顔を上げる。
「どうしたの」
「……今」
クロエは窓際を見る。
夕陽が差し込んでいる。
ただ、それだけ。
なのに。
一瞬だけ。
床へ伸びた誰かの影が、 黒く滲んで見えた。
ぞわり、と背筋が冷える。
『誰か』
ノイズ混じりの声。
クロエの瞳が揺れた。
「クロエ」
レイナの声で、はっと現実へ戻る。
「顔色悪い」
「……っ、大丈夫」
クロエは咄嗟に笑った。
でもうまく笑えていない。
レイナが少し眉を寄せる。
「ほんとに?」
「うん」
嘘だった。
分かっている。
でも。
言えなかった。
また“声”が聞こえたなんて。
また影界に触れてしまったなんて。
言ったら、レイナがきっと怖い顔をする。
クロエはそれが嫌だった。
「……帰ろ」
クロエは小さく言う。
「ん、まぁプリント終わったし」
レイナは特に追及しなかった。
でも。
教室を出る時、ちらりとクロエを見た。
その視線へ、クロエは気づかないふりをした。
◇
帰り道。
夕焼けの街は静かだった。
クロエはいつもより口数が少ない。
レイナは隣を歩きながら、 何度か横顔を見た。
「……クロエ」
「ん」
「なんかあった?」
一瞬。
クロエの歩幅が止まりそうになる。
けれど。
「なんでもない」
そう返した。
レイナは少し黙る。
「そっか」
それ以上は聞かなかった。
でも。
クロエは分かっていた。
レイナはたぶん、 気づいている。
自分が何かを隠していることに。
家へ帰る。
夕飯を作る。
ご飯を食べる。
テレビを見る。
いつもの時間。
いつもの日常。
でも。
クロエの耳には、 ずっと残っていた。
『助けて』
あの声が。
◇
深夜。
家の中は静まり返っていた。
時計の針の音だけが聞こえる。
クロエはベッドの上で目を開ける。
眠れなかった。
嫌な予感が消えない。
「……っ」
胸の奥がざわつく。
まるで、 あの時みたいに。
影界へ引き込まれる直前みたいに。
クロエはゆっくり部屋を出た。
暗い廊下。
静かな家。
その時。
階段下のリビングから、 小さな光が見えた。
レイナだった。
ソファへ座り、 スマホも見ずにぼんやりしている。
クロエが少し驚く。
「……起きてたの」
レイナは顔を上げた。
「クロエこそ」
「寝れなくて」
「奇遇」
レイナは少しだけ笑う。
でも。
その目は、 どこか真剣だった。
「ねぇ、クロエ」
「……なに」
静かな夜。
レイナはまっすぐ彼女を見る。
「また、“聞こえた”?」
第20話を読んでいただきありがとうございました。
もし少しでも続きが気になったり、世界観が好きだと思っていただけたら、ブックマークや感想など頂けるととても励みになります。
リアルが忙しくなってきたので勝手ながら更新を1時中断します。
それでは、またいつか。




