昼休み
クロエの席は、レイナのひとつ後ろになった。
朝のホームルームが終わった瞬間、レイナは振り返る。
教室の空気には、まだ少しだけ慣れていない感じがある。
でも朝よりは少しだけ表情が柔らかくなっていた。
自己紹介の後から、何人かが普通に話しかけてくれていたからだ。
「クロエさんってどこから来たの?」
「前の学校どんな感じ?」
「部活入る?」
質問攻め、というほどではない。
けれど転校生特有の“注目”はある。
クロエは戸惑いながらも、一つずつ丁寧に答えていた。
その様子を見ながら、レイナは少し安心する。
もっと固まるかと思っていた。
だがクロエは、思ったよりちゃんと前を向いていた。
まぁ。
ところどころ返答がおかしいけど。
「趣味……?」
女子グループの一人に聞かれ、クロエが固まる。
「えっと……」
数秒考え込む。
「空を見ること」
「え、なんかおしゃれ」
「わかる」
「絶対雰囲気ある人じゃん」
いや違う。
レイナは心の中でツッコむ。
たぶんこの人、本当に空見てるだけだ。
「レイナ、なんか失礼なこと考えてない?」
「...考えてないです」
「今ちょっと間あった」
クロエがじとっとした目を向ける。
そのやり取りに、周囲が小さく笑った。
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
クロエが教室の空気へ溶け込み始めている。
◇
そして昼休み。
「……どうしよう」
クロエが小さく呟いた。
「何が?」
「お昼」
「食べれば?」
「そうじゃなくて」
クロエはちらりと教室を見る。
あちこちでグループができ始めていた。
机を寄せる人。
購買へ向かう人。
騒がしい笑い声。
“昼休みの空気”だった。
クロエは少しだけ居心地悪そうにしている。
「あー」
レイナはなんとなく察した。
「慣れてない?」
「……ちょっと」
昼休みって独特だ。
授業中より、よっぽど人間関係が出る。
誰と食べるか。
どこで過ごすか。
何を話すか。
そういう空気が自然に存在している。
クロエみたいなタイプには、たぶん少し難しい。
「じゃ、屋上行く?」
レイナが言う。
「屋上?」
「人少ないし」
「行きたい」
即答だった。
「早」
「静かな場所好き」
レイナは少し笑う。
二人で弁当を持って教室を出る。
廊下には昼休みの騒がしさが満ちていた。
クロエは少しだけレイナの後ろを歩いている。
その距離感が、なんとなく子猫みたいだと思った。
「今変なこと考えた?」
「考えてない」
「絶対考えた」
勘がいい。
屋上へ出ると、春の風が一気に吹き抜けた。
「わ……」
クロエが少し目を細める。
青空。
フェンス。
遠くの街並み。
静かな風の音。
昼休みの喧騒が、ここだと少し遠かった。
「落ち着く……」
「でしょ」
二人でフェンス近くへ座る。
レイナはコンビニのおにぎり。
クロエは朝レイナ家で作った弁当だった。
「……えら」
「何が?」
「弁当作ってる」
「レイナの分も作ったのに」
「あ」
クロエがじっと見る。
「忘れてた顔してる」
「そんなことないです」
「今朝普通に置いてきたよね?」
「…………」
「図星だ」
クロエは呆れたようにため息をつく。
「ちゃんと食べないと駄目だよ」
「お母さん?」
「違いますー」
そう言いながら、クロエは少し楽しそうだった。
レイナはぼんやり思う。
こういう空気。
悪くないな、と。
風が吹く。
クロエの黒髪が揺れた。
彼女は空を見上げながら、小さく呟く。
「……学校、思ったより平気かも」
レイナは隣でおにぎりを開ける。
「言ったじゃん」
「でも怖かったんだよ、結構」
「まぁ最初だしね」
クロエは少し黙る。
それから、ぽつりと言った。
「ちゃんと“いる”感じがする」
「……いる?」
「うん」
風が制服を揺らす。
「病院出てからも、なんかずっとふわふわしてた」
「……」
「でも教室入って、みんなと話して」
クロエは自分の胸元へ触れる。
「少しだけ、“ここにいていい”って思えた」
その言葉に、レイナは少しだけ目を細めた。
たぶん。
クロエはまだ不安なのだ。
消えてしまいそうな感覚が、どこか残っている。
だから今、“日常”へ触れながら確かめている。
自分がここに存在していることを。
「……ならよかった」
レイナが小さく笑う。
クロエも少しだけ笑い返した。
春の空は、驚くほど青かった。
第18話を読んでいただきありがとうございました。
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それでは、また次話で。




