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SHADOW:REWRITE  作者: 終凪
第二章 日常編(仮題)

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16/29

帰る場所

 夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。


 駅前の交差点。


 流れていく人混み。


 信号機の電子音。


 学校帰りの学生たちの笑い声が、春の風に混ざって聞こえてくる。


 レイナとクロエは、その中を並んで歩いていた。


 今日は退院後の手続きや学校との話があって、一日中外を動き回っていた。


 さすがに少し疲れた。


「……足痛い」


 レイナがぼやく。


「体力落ちてるね」


「三日寝てたんだから仕方ないでしょ」


「おばあちゃんみたい」


「クロエ最近それ好きだね?」


 クロエは小さく笑った。


 その笑い方が前より自然になっていることに、レイナは少しだけ安心する。


 最初は、どこか遠慮している感じが強かった。


 笑っていても、無理に形を作っているみたいで。


 でも今日は違う。


 ちゃんと会話の流れで笑っていた。


 それだけのことなのに、嬉しかった。


「……あ」


 クロエがふと立ち止まる。


「ん?」


 視線の先。


 夕焼けの中、家族連れが歩いていた。


 小さな子供が父親の手を引っ張りながら笑っている。


 母親が困ったように笑い返していた。


 どこにでもある光景。


 けれど。


 クロエは、その景色をじっと見つめていた。


「クロエ?」


 呼びかけると、彼女は少し遅れてこちらを見る。


「……ごめん」


「いや、別に」


 クロエは少し視線を伏せる。


「なんか、変な感じして」


「変?」


「うん」


 夕焼けが黒髪へ淡く差し込む。


「家族っていう感じ、見てると」


「……」


「胸がざわざわする」


 レイナは何も言わず隣に立った。


 クロエは少し困ったように笑う。


「思い出せそうで、思い出せないんだよね」


 その言葉に、レイナは静かに目を細めた。


 クロエの記憶は曖昧だった。


 全部忘れているわけじゃない。


 学校のこと。


 言葉。


 常識。


 そういうものは普通に覚えている。


 でも。


 “自分のこと”だけが、霧みたいに抜け落ちている。


 家族。


 家。


 昔の記憶。


 そこだけが、綺麗に空白だった。


「……家、か」


 クロエがぽつりと呟く。


「ん?」


「私、多分」


 少し間が空く。


「帰る場所、ないかも」


 夕焼けの街が静かに流れていく。


 遠くで電車の音がした。


 レイナは隣を歩きながら、少しだけ考える。


「家は?」


「思い出せない」


「住所とか?」


「分かんない」


「スマホは?」


「データほとんど消えてた」


 クロエは苦笑する。


「びっくりするくらい綺麗に」


 冗談っぽく言っているけれど。


 その目は少しだけ不安そうだった。


「……そっか」


 レイナは短く呟く。


 クロエは空を見上げた。


 夕焼けの色が瞳へ映っている。


「変だよね」


「何が?」


「自分がどこへ帰ればいいのか分からないの」


 その声は、思ったより小さかった。


 レイナはそこで気づく。


 クロエはずっと平気そうにしていた。


 病室でも。


 コンビニでも。


 笑っていた。


 でも本当は。


 ずっと不安だったんだ。


 自分が何者なのかも。


 どこへ行けばいいのかも。


 分からないまま。


 それでも、平気そうにしていただけ。


「……じゃあ」


 レイナは立ち止まる。


「うち来る?」


 クロエが固まった。


「……は?」


「いや、だから」


 レイナは当たり前みたいに言う。


「住む場所ないなら、うち来ればいいじゃん」


「軽くない?」


「そう?」


「いや普通もっと悩まない?」


「でも困ってるんでしょ」


「それはそうだけど……」


 クロエは言葉に詰まる。


 レイナは少し首を傾げた。


「嫌?」


「嫌じゃない」


「じゃあ決まり」


「決断早すぎるって……」


 クロエは困ったように笑う。


 けれど、その表情は少しだけ安心して見えた。


「でも、家族の人とか」


「あー、大丈夫」


 レイナは軽く手を振る。


「親、海外いるし」


「海外?」


「仕事でずっと向こう」


「……一人暮らし?」


「ほぼそんな感じ」


 クロエは少し驚いた顔をする。


「寂しくないの?」


 その質問に、レイナは少しだけ黙った。


 寂しくない、と言えば嘘になる。


 広い家へ帰る時。


 電気のついていないリビング。


 誰もいない食卓。


 静かすぎる夜。


 慣れてはいた。


 でも。


 好きだったわけじゃない。


「……まぁ、慣れた」


 レイナは小さく笑う。


「でも最近は、ちょっと静かすぎたかも」


 クロエが目を瞬かせる。


 夕焼けの風が二人の間を抜けていった。


「だから」


 レイナは前を向いたまま言う。


「クロエが来たら、少し賑やかになるかなって」


 その言葉に。


 クロエは何も返さなかった。


 ただ。


 少しだけ目を伏せる。


 まるで泣きそうなのを隠すみたいに。


「……ありがと」


 小さな声だった。


 レイナは気づかないふりをする。


「ちなみに掃除と料理は手伝ってもらうから」


「急に現実的」


「当たり前でしょ」


「私料理できるかな……」


「できなかったら練習」


「スパルタだ」


 少しだけ笑い声が混ざる。


 夕焼けの街を、二人で歩く。


 その瞬間。


 クロエはほんの少しだけ思った。


 “帰る場所”って、  こういうものなのかもしれない、と。

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