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SHADOW:REWRITE  作者: 終凪
第二章 日常編(仮題)

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15/29

外の空気

 退院の日は、驚くほど晴れていた。


 病院の自動ドアが開いた瞬間、春の風がふわりと頬を撫でる。


「……眩し」


 レイナは思わず目を細めた。


 三日しか入院していなかったはずなのに、外の空気が妙に懐かしく感じる。


 空は高く、雲は薄い。


 車の音。


 遠くの信号機。


 誰かの笑い声。


 世界は何事もなかったみたいに動いていた。


「生きてるって感じするね」


 隣でクロエが小さく笑う。


 黒髪が春風に揺れていた。


 病室で見るより、外にいる彼女の方が少しだけ柔らかく見える。


「大袈裟」


「いや結構本気」


 クロエは空を見上げた。


「病院って時間止まってる感じするじゃん」


「それは分かるかも」


 レイナは軽く伸びをする。


 身体はまだ少し重い。


 けれど、ずっと病室にいた時より気分は楽だった。


「で、どうする?」


「どうするって?」


「帰る?」


 クロエは少し考えてから首を横に振った。


「……まだ、いいかも」


「ん」


「なんか、すぐ帰るのもったいない」


 その言葉に、レイナは少しだけ安心した。


 前の彼女なら、 「迷惑かけるし帰る」 と言っていた気がする。


 小さな変化だった。


 でも、ちゃんと変わっている。


「じゃ、寄り道してく?」


「寄り道?」


「コンビニとか」


「小学生みたい」


「退院直後なんだから許して」


 クロエは小さく吹き出した。


「ふふ、なにそれ」


 その笑い方を見て、レイナの胸が少し温かくなる。


 病院前の坂をゆっくり下っていく。


 春の風はまだ少し冷たかった。


 けれど嫌じゃない。


 隣に人がいるだけで、景色の色が違って見えた。


 道端には小さな花が咲いている。


 制服姿の学生たちが駅へ向かって歩いていた。


 当たり前の日常。


 少し前まで、もう戻れない気がしていたもの。


「……クロエ」


「ん?」


「名前、慣れた?」


 クロエは少しだけ考える。


「まだ変な感じ」


「じゃあ失敗だった?」


「そこまでは言ってない」


 彼女は前髪を指先でいじりながら呟く。


「でも、不思議」


「何が?」


「名前変わっただけなのに、ちょっとだけ別人になった気がする」


 レイナは静かに聞いていた。


「前の私はさ」


 クロエは空を見上げる。


「ちゃんと笑えてたのか、よく分かんない」


 風が吹く。


 黒髪が揺れた。


「ずっと誰かのことばっか考えてたから」


「……うん」


「でも今は、自分のこと考えてもいいのかなって、少しだけ思う」


 その言葉に、レイナは目を細めた。


「いいに決まってるじゃん」


「即答だ」


「むしろ今までが駄目だったんだよ」


 クロエは少し困ったように笑う。


「レイナって時々、変なところだけ真っ直ぐだよね」


「時々って何」


「基本ひねくれてるし」


「喧嘩売ってる?」


「元気そうで安心した」


「誤魔化したな?」


 クロエはくすくす笑いながら前を歩く。


 その後ろ姿を見て、レイナは少しだけ立ち止まりそうになる。


 ――戻ってきた。


 本当に。


 まだ完全じゃない。


 どこか危うい。


 ふとした瞬間に消えてしまいそうな儚さもある。


 それでも。


 ちゃんとここにいる。


 それだけで十分だった。


 コンビニへ入ると、暖房の空気が身体を包み込んだ。


「うわ、あったか……」


「おばあちゃん?」


「退院直後の人に言われたくない」


 クロエは飲み物コーナーの前で立ち止まる。


 しばらく真剣な顔で見つめていた。


「……選べない」


「そんな悩む?」


「だって種類多い」


「今までどうしてたの」


「適当に同じの買ってた」


 レイナは少し黙る。


 たぶん。


 “自分が何を飲みたいか”を考える余裕すらなかったんだろう。


 クロエは視線を泳がせながら言う。


「おすすめある?」


「んー……」


 レイナは適当に一本手に取る。


「これ」


「雑」


「美味しいって」


「信用していい?」


「多分」


「不安しかない」


 結局、クロエはそれを買った。


 会計を終え、店の外へ出る。


 近くのベンチへ座り、二人で飲み物を開けた。


 炭酸の音が小さく響く。


 クロエが一口飲む。


「……おいしい」


「でしょ」


「ちょっと悔しい」


「なんで」


 穏やかな沈黙が落ちる。


 空は青かった。


 雲がゆっくり流れている。


 レイナはぼんやりそれを眺めながら呟いた。


「学校、どうしよっか」


 クロエの動きが少し止まる。


「……怖い?」


「少し」


 正直な声だった。


「みんな普通に接してくれるかな、とか」


「大丈夫でしょ」


「そんな簡単に言う」


「だって事実だし」


 レイナはベンチへ身体を預ける。


「もし変な空気になっても、私いるし」


 クロエは少し目を丸くした。


「……レイナ」


「なに」


「そういうこと、自然に言うよね」


「え?」


「ずるい」


「悪口?」


「褒めてる」


 クロエは小さく笑う。


 その表情は、病室で見た時より少しだけ柔らかかった。


 風が吹く。


 春の匂いがした。


 レイナはなんとなく思う。


 こうやって。


 一緒に外を歩いて。


 くだらない話をして。


 同じ空を見て。


 少しずつ戻っていければいい。


 急がなくていい。


 普通になれなくてもいい。


 それでも。


 二人で笑えるなら、それでいいと思った。

 第15話を読んでいただきありがとうございました。


 もし少しでも続きが気になったり、世界観が好きだと思っていただけたら、ブックマークや感想など頂けるととても励みになります。


 それでは、また次話で。

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