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SHADOW:REWRITE  作者: 終凪
第二章 日常編(仮題)

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14/29

名前

 白い天井だった。


 ぼんやりと滲む視界の中、最初に見えたのは蛍光灯の光だった。


 規則正しい電子音。


 消毒液の匂い。


 薄いカーテンが朝風に揺れている。


 レイナは重たい瞼をゆっくり開いた。


「……ぅ」


 喉が乾いていた。


 身体も妙に重い。


 まるで長い間、水の底に沈んでいたみたいだった。


 ゆっくりと視線を動かす。


 白い壁。


 点滴。


 窓から差し込む朝日。


 そこでようやく、自分が病室にいることを理解した。


「……病院」


 掠れた声で呟く。


 その瞬間。


 記憶が断片的に脳裏を過った。


 黒い世界。


 赤い目。


 響く声。


 誰かの悲鳴。


 白い光。


 伸ばされた手。


「――っ」


 頭が痛む。


 レイナは思わず額を押さえた。


 夢。


 そう思いたかった。


 だが、胸の奥に残る感覚が、それを否定していた。


 あれは夢じゃない。


 確かに、あそこにいた。


 その時だった。


「……起きた?」


 静かな声。


 レイナの呼吸が止まる。


 窓際。


 朝日を背に、一人の少女が立っていた。


 黒髪。


 制服姿。


 細い指先がカーテンをそっと掴んでいる。


 その姿を見た瞬間、レイナの胸が大きく揺れた。


「……っ」


 少女は少し困ったように笑った。


「おはよ」


 聞き慣れた声。


 それだけで、張り詰めていた感情が一気に崩れる。


「……ばか」


 気づけば涙が零れていた。


「ほんと、ばか……」


「え、なんで泣くの」


「泣くでしょ普通……!」


 レイナは乱暴に目元を擦る。


 少女は少し目を丸くしたあと、小さく笑った。


「そんな心配されてたんだ、私」


「当たり前じゃん……」


 震える声。


 生きてる。


 本当に。


 ちゃんとここにいる。


 それだけで胸がいっぱいだった。


 少女はゆっくりとベッドの横へ歩いてくる。


 朝日が彼女の黒髪を淡く照らしていた。


 けれどその姿は、どこか前より儚く見えた。


「身体、大丈夫?」


「……まだ重い」


「三日寝てたからね」


「……三日?」


 レイナは目を瞬かせる。


「うそ」


「ほんと」


 少女は椅子へ腰掛けた。


「急に倒れたから、みんなびっくりしてた」


「……そっか」


 レイナは小さく息を吐く。


 三日。


 そんなに時間が経っていたのか。


 妙に現実感が薄い。


 まるで自分だけ、まだ夢の続きを見ているみたいだった。


 病室には静かな朝の空気が流れていた。


 遠くから看護師の足音が聞こえる。


 窓の外では鳥が鳴いていた。


 平和だった。


 信じられないくらいに。


「……覚えてる?」


 レイナはぽつりと呟く。


 少女の表情が少しだけ静かになる。


「……うん」


 短い返事。


 それだけで十分だった。


 全部、本当にあったんだ。


 影界。


 侵食。


 白煌レイナ。


 最後の光。


 思い出そうとすると、胸の奥がじくりと痛む。


 少女は窓の外を見ながら小さく言った。


「私、結局戻ってこれたんだね」


「戻したの」


 レイナは即座に言い返す。


「勝手に消えようとしたから」


「ごめんって」


「軽い」


「厳しいなぁ」


 少しだけ笑い声が混ざる。


 そのやり取りが嬉しかった。


 何気ない会話。


 いつもの空気。


 もう戻らないと思っていたもの。


 レイナは胸の奥が熱くなるのを感じた。


 だが同時に。


 少女の横顔に、どこか影が差して見えた。


 窓の外を見る目が遠い。


 まるでまだ半分、別の場所にいるみたいだった。


「……ねぇ」


 少女が静かに口を開く。


「私さ」


 レイナは顔を上げる。


「もう普通じゃないと思う」


 その言葉に、胸が少し痛んだ。


 少女は自分の胸元をぎゅっと掴む。


「まだ時々聞こえるんだ」


「声?」


「うん」


 小さく頷く。


「苦しい、とか」


「消えたい、とか」


「助けて、とか」


 レイナは何も言えなかった。


 少女の声は穏やかなのに、どこか酷く疲れて聞こえた。


「前よりは小さいよ」


 少女は苦笑する。


「でも、残ってる」


 病室へ沈黙が落ちる。


 カーテンが揺れる音だけが聞こえた。


 レイナはゆっくりと少女を見る。


 確かに前とは違う。


 どこか危うくて、儚い。


 でも。


 だからこそ。


 一人にしたくなかった。


「じゃあさ」


「?」


 レイナは少し考えてから口を開く。


「名前、変えようよ」


「……は?」


 少女が間抜けな声を出す。


「なんでそうなるの」


「だって、“普通じゃない”んでしょ」


「いや理屈が分からない」


「今までのあんたはさ」


 レイナは静かに言う。


「ずっと一人で苦しんでた」


 少女の瞳が揺れる。


「誰にも言えなくて」


「助け求めるのも下手で」


「勝手に抱え込んで」


「勝手に沈みかけてた」


「……否定できない」


「でしょ」


 レイナは少し笑った。


「だから区切り」


「区切り?」


「うん」


 朝日が差し込む。


 白い光が病室を照らしていた。


「これからは、“戻ってくる側”の名前」


 少女は少し黙る。


 長い睫毛が伏せられる。


 まるでその言葉を、ゆっくり噛み締めるみたいに。


「……変なの」


「そう?」


「レイナらしいけど」


 レイナは少し考える。


 黒髪の少女。


 影。


 闇。


 それでも、ちゃんとこちらへ戻ってきた人。


 そして。


 朝日を浴びるその姿が、ほんの少し綺麗だと思った。


「――夕凪 クロエ」


 少女が目を瞬かせる。


「夕凪 クロエ?」


「うん」


「なんで?」


「なんとなく」


「絶対今適当だった」


「うるさい」


 少女――クロエは小さく吹き出した。


 その笑い方が少しだけ自然で。


 レイナは胸の奥が温かくなる。


「……クロエ」


 彼女は自分の名前を確かめるように呟く。


「うん」


「今日から、あんたの名前」


 クロエはしばらく黙っていた。


 やがて。


 本当に小さく笑う。


「……悪くないかも」


 その笑顔を見た瞬間。


 レイナは思った。


 あぁ。


 ちゃんと、戻ってきてくれたんだって。


 窓の外では、春の風が静かに吹いていた。

はい。二章です。日常編だー!


今回はその導入です。ここから二人は日常に戻っていきます。


もし、“こういう展開がみたい!”って要望があれば連絡ください!なるべく書きます。


 もし少しでも続きが気になったり、世界観が好きだと思っていただけたら、ブックマークや感想など頂けるととても励みになります。


 それでは、また次話で。

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